国連の是正勧告は避けられないか―障がい者所得倍増議連 藤末健三事務局長に聞く (2018/2/27 政治山 市ノ澤充)
自分がいなくなったら、この子はどうやって生きていくのか
――はじめに、藤末議員が障害者就労の問題に積極的に取り組むことになったきっかけをお聞かせください。
私の友人に那部さん(編集部注:那部智史NPO法人AlonAlon理事長)という人がいて、ガンを患っていました。那部さんには障害をもつお子さんがいて、那部さんは自分がいなくなった後、その子がどうやって生きていくのか心配で仕方ないと、心を痛めていました。
那部さんからその話を聞いて、障害者の生き方や働き方について関心を持ったのがきっかけで、家族の保護がなくとも障害者が生きていける環境を整えることが大事だと思うようになりました。
障害者就労、B型事業所の平均月収は1万5千円
――障害者就労の現状と、障がい者所得倍増計画議員連盟についてお聞かせください。
日本は2014年1月に国連「障害者の権利に関する条約」を批准しており、2016年6月に国連障害者権利委員会(以下、権利委員会)に政府報告を提出しています。国内の実情を見てみると、障害者基本法の改正(2011年)はじめ様々な法整備を行いましたが、障害者の就労機会や収入の改善はあまり進んでおらず、権利委員会から勧告を受ける可能性も指摘されています(厚生労働省によると、2015年(平成27年)度における就労継続支援B型事業所の省が障害者一人当たりの平均月収額は15,033円、1時間当たり193円)。
所得向上に向けて、政府の取り組みだけでは不十分
政府としても、これまでに「工賃倍増5カ年計画」や「工賃向上計画」を実施するなどの対策を講じてはいますが、現在のところ十分な成果を上げているとは言えない状況にあります。そこで、障害者の自立支援のためには所得の向上が不可欠であるという観点から、有識者との意見交換や就労施設への視察などを通じて、現在の障害者福祉制度や法律の不備による問題点を見つけ出し、障害者の所得向上に資するような具体的行動を実施するために「障がい者所得倍増計画議員連盟」(以下、所得倍増議連)を立ち上げました。
所得倍増議連(鴨下一郎会長、藤末健三事務局長)は2013年に30人ほどでスタートした超党派の議員連盟で、昨年の衆院選前にはおよそ110人の国会議員が名前を連ねており、今回の視察も議連メンバーが参加しました。
――視察で訪れたオランダとドイツでは、どのようにして障害者の就労を支援しているのでしょうか。
視察は日本財団が計画したもので、1月14日から1週間、オランダとドイツの都市を訪れました。障害者就労は、これまでの「保護」就労から、一般雇用に近い形での就労へと見直しが進んでいます。
障害者も最低賃金の対象―オランダ
オランダでは、障害者は労働法の適用を受ける一労働者として地位を保障され、賃金も一般的な最低賃金の対象とするという考え方のもと、その差額分を支援するような施策を導入し、企業も積極的に人材を採用しています。
また、地方自治体の取り組みも活発で、ライデン市ではチョコレート工場を買い取って運営するなど、障害者に選ばれる労働環境を提供するため独自に工夫を重ね競いあっています。
国連権利委員会から勧告―ドイツ
一方ドイツは、2015年5月に権利委員会から勧告を受けており、障害者作業所から一般労働市場への移行が不十分であると指摘を受けています。ドイツの障害者作業所では、障害者は労働法規の対象となる「労働者」ではなく、最低賃金も適用されません。特に一般労働者と収入面の隔たりが大きく、日本のB型事業所も同様の勧告を受ける可能性があります。
現在ドイツ政府は、統合のための企業(ソーシャル・ファーム)を奨励していて、障害者作業所を縮小しています。ソーシャル・ファームは特別な社会的使命を帯びた企業で、障害者をはじめ労働市場で不利な条件を抱えている人(病歴や犯罪歴等)を一定数以上雇用することを条件に、人件費や税制面で政府の支援を受けています。
超党派の議員で参加、国会論議の活性化を
両国とも障害者就労のあり方について大きく舵を切っているところで、日本での政策を考える上でとても参考になりました。超党派の議員で参加したため、議会での議論も活発なものとなると思いますが、厚生労働省の職員が同行できなかったことは残念でした。
実際の政策に落とし込み、地方自治体と連携して事業を進めるのは厚労省なので、次回は彼らにもぜひ参加してほしいと思います。
――視察の成果も踏まえて、これからの障害者就労はどのようにあるべきだとお考えですか?
基本的には、保護就労から一般就労へと移行すべきと考えています。国外の事例をそのまま国内に持ち込むわけにはいきませんが、それぞれの国の手法を真似てみたときにどれほどの費用が掛かるのか試算してみるとか、どのようなメリットデメリットがあるのか検討するとかは、着手すべきです。
特に国内の就労支援事業者は、企業経営者としての意識が不足しているケースが多く、企業会計にもなっていません。資金と情報、そしてリソースの共有が必要で、事業所のネットワーク化を進めるべきだと思います。
――政治や議会、国会議員や地方議員が果たすべき役割についてお聞かせください。
もちろん制度設計や法整備が主な役割ですが、東京五輪・パラリンピックイヤーを迎えるこれからの時期、とくに政治が果たすべき役割は大きいと思います。キャラクターやポスターなどのデザインには障害者が考案したものを積極的に採用すべきですし、厚労大臣やオリパラ担当大臣の部屋には障害者アートを飾るべきです。
また、参議院会館の地下にあるコンビニには障害者就労施設で作られた商品が並ぶコーナーが設置されていますが、こういった取り組みは地方自治体でも推進すべきです。
2013年4月に施行された「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律」(以下、障害者優先調達推進法)では、国や地方公共団体等は障害者就労施設等から優先的に物品等を調達するよう努めることとされています。
自治体ごとの計画の策定状況や調達の実施状況を議会で質問し、取り組みを加速させるのはまさしく自治体議員の仕事で、積極的に情報発信すべきと思います。
――最後に、就労に限らず障害者の方々が生きやすい社会にしていくために、どのような取り組みが必要とお考えですか?
視察の際に障害者政策の推進に特化したロビー活動を行う団体のメンバーと意見交換したのですが、もっと当事者が声を上げ、意思表示するべきだと思います。彼らは選挙になると各党に対して障害者政策の拡充を要求し、選挙後は政策の実現を後押しします。
日本には800万人ともいわれる障害者の方がいるのに、政治的な発言力があまり強くありません。例えば、この参議院会館もユニバーサルデザインにはなっておらず、視覚障害の方は一人で部屋までたどり着くことができません。
NHKの国会中継に字幕を付けようとしても、これだけ技術が発達しているのにコストや正確性などできない理由を並べられて実現できていません。これこそまさしく、公共放送の使命ではないかと思います。
このままではドイツ同様、国連の権利委員会からの勧告は避けられませんが、これらの政策の実現は、当事者がかかわることによって大きく前進します。例えば東京都の北区議会では、聴覚障害者の斉藤りえさんが議員になってからわずか3年で、議会の仕組みが大きく変わったと言います。
障害者手帳を持つ聴覚障害者は36万人(世界保健機構が補聴器の利用を推奨する基準に基づくと600万人とも)。参議院ではおよそ10万票で1議席獲得できますが、当事者や、当事者により近い議員が増えることで、劇的に変えることができます。私自身も今できることに注力するとともに、政策実現のための“力”を付けていきたいと思います。
藤末健三 参議院議員 プロフィール
1964年2月18日熊本県熊本市生まれ。東京工大情報工学科卒業後、通商産業省入省。政府留学生としてマサチューセッツ工科大学経営学大学院卒業。ハーバード大学行政政治学大学院卒業。通商産業省を退官後、東京大学大学院講師、東京大学助教授、中国清華大学及び早稲田大学客員教授を歴任。2004年より現職(3期目)。
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