【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第102回 地方議会におけるファシリテーションの可能性 (2020/8/28 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第102回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「ファシリテーション」と議会
前回(第101回「地域の主体性、創造性、情熱の解放こそが職員ファシリテーターの使命」)に続き、今回も地域におけるファシリテーション、ファシリテーターについて考えたい。今回は、地方議会でのファシリテーションの活用について考える。
これまで議会にはファシリテーションやそれを行うファシリテーターは必要なかった。というのは、議会は本来議員同士で議論するべきところではあったが、執行部への質疑に終始していたからだ。また、議会が住民の意見を聴く「仕組み」も存在しなかった。
そのような議会のターニングポイントになったのが、2006年に北海道栗山町議会が「議会基本条例」(以下、基本条例)を制定し、その条例の中に「議員間討議」と「議会報告会」が位置付けられたことである。その後制定された全国の多くの基本条例にもこの2つの項目が盛り込まれている。
基本条例に位置付けられたことで議会報告会を開催する議会も増えたが、そのやり方は議員と住民の「対面式」の開催方式で、住民からの苦情、陳情、要望、個人的な演説等で炎上する議会報告会が全国的にたくさん出た。会場の雰囲気や進め方が改善されないままにつまらない場になり、参加者も減り、議会報告会の開催を止めてしまう議会も出てきた。そんな中、一部の議会の中では、「開催方法を見直したい」「何とかしたい」という動きも出てきた。
「議会報告会」における「ファシリテーション」
私にとってこの問題の解決のヒントになったのは、2014年3月に福岡県志免町の町民有志による「まちづくり志民大学」が開催した「議員と語ろうワールド・カフェ」だった(第14回「住民との距離を近づける議会報告会のあり方」)。この現場を見て大きな衝撃を受けた。ワールド・カフェとは、「カフェ」にいるようなリラックスした雰囲気の中で、小グループ単位で、参加者の組み合わせを変えながら、模造紙に意見や感想を書きながら、話し合いを発展させていくワークショップの手法だ。志免町では、津屋崎ブランチの山口覚さんと日本ファシリテーション協会フェローの加留部貴之さんの2人がファシリテーターとなり、議員と住民がワールド・カフェで直接楽しく対話をするなど、私の常識の中では考えられなかったことが目の前で展開された。
この経験を基に同年8月、岩手県久慈市議会が議会として全国で初めて議会主催の議会報告会(「かだって会議」)をワールド・カフェ方式で開催した(第20回「市民との対話が生まれる新しい議会と市民との意見交換会のあり方」)。私がファシリテーターを務めたが、このために、私は事前にワールド・カフェのファシリテーションの研修会に参加した。また、議員の皆さんがいきなり実践するのは難しいと考え、事前に議員同士でリハーサルを行い本番に臨み、大成功した。会場の雰囲気を明るくするために、赤と白のチェック柄のテーブルクロスを用意し、BGMを流す工夫もした。議員の方々も住民と対話ができる手応えを強く感じる場となった。
2回目ではファシリテーションのスキルを持つ市民がファシリテーターになり、女性のみを対象に開催してこれも大成功だった。このような事例が続き、青森県六戸町議会も対面式からワールド・カフェにスタイルを変更(第46回「住民と対話する議会を目指して」)。当初は私がファシリテーターだったが、今では議員がファシリテーターとなって継続して開催している。議員との意見交換は意外と楽しいということが口コミで広がり参加者が集まっているという。
さらに、宮城県柴田町議会では2016年の18歳選挙権導入に合わせて、柴田高校の高校生とワールド・カフェで意見交換を行った(第52回「議会×高校生の対話で地方創生を」)。高校生との意見交換は、議員にとっても大人ほどのシビアさがない分だけ取り組みやすく、高校生にとっては地域を知るなど、学びの効果が大きいことが特徴的だ。こうした議会と高校生との意見交換会をワールド・カフェで行う取り組みは、久慈市議会、六戸町議会、青森県鯵ケ沢町議会、三沢市議会、宮城県村田町議会、秋田県横手市議会でも行われ、広がりを見せている。
このように、住民との意見交換会はこれまでの対面式よりワークショップのほうが取り組みやすい。その手法も付箋を使うKJ法よりも、ワールド・カフェのような気楽なやり方の方が、議員も住民も気持ちの上でハードルが低く取り組みやすい。住民との意見交換会は、合意形成の場ではなく、住民に意見を発散してもらい、主体性と創造性、情熱を解放してもらう場だ。
また、このような場の開催前の練習として、最近若手職員と議員とのワールド・カフェも開催している。岩手県遠野市議会、宮古市議会、宮城県登米市議会、山形県西川町議会など、議員、職員双方に気付きの多い場になっている。住民との意見交換会のファシリテーターを議員が務めることができれば理想的だが、いきなりが難しければ議会事務局職員やスキルを持った市民に任せるやり方もある。
「議員間討議」における「ファシリテーション」
議会改革は今、「第2ステージ」に入っている(第86回「チーム議会で成熟した議会を目指す」)。議会のありたい姿を定めた基本条例を制定した議会も900議会に迫り、「形式要件」は整ってきた。新しいステージでは、「実質要件」が求められている。つまり、地域課題を解決する議会、住民の役に立つ議会に変化しなければならない。そのためには「政策サイクル」を回すことが必要だ(第76回「議員間討議で政策サイクルを回す(1)」 第77回「議員間討議で政策サイクルを回す(2)」)。
「政策サイクル」とは、議会報告会などから、政策のタネを拾い上げ、議員間討議を重ねて、政策型の議員提案条例や首長への政策提言など、住民福祉向上に寄与する政策に結び付けることである。そのサイクルを回す上で鍵になるのが、「議会報告会」や「議員間討議」における「話し合いの質」をいかに上げるかである。前述の通り議会報告会の運営は少しずつ良くなりつつあるが、これからの課題は「議員間討議」だと考えている。
議員間討議が上手くいかない理由は、大きく二つに分けられると思う。一つは会場、設備等のハードの問題。もう一つは議員の意識やスキルなどのソフトの問題。両方とも広い意味でのファシリテーションに含まれる。まずハードの問題だが、議会の委員会室に、ホワイトボードや付箋などの設備や道具が無い議会が多い。民間企業の会議室では、当たり前に準備されているものだ。特にホワイトボードは、議論が空中戦になり話が錯綜する状況を可視化することに効果がある。話しやすい会場の配置、雰囲気も欠かせない。
ソフトの問題としては、何よりも審議は執行部への質疑応答との意識が議員に根強くあること。また、委員会を仕切る委員長に会議を運営するスキル、ノウハウが不足していることである。これまで委員長は、当選期数順によりなることが多かったと思う。つまり、委員会の議論を仕切れるか否かは、委員長の要件に入っていなかった。場慣れも必要だが、話し合い、会議の議論が深まるように進行するファシリテーションの技術が委員長には求められる。
「対話」の共通言語化も必要だ。議会は物事を決める場なので最後は「討論」だが、その前にどれだけ、「対話」「議論」ができるかが最終的な決定の質に影響を与える。議会における「対話」とは、地域で起きている「事実」に対する各議員の意味付けを確認、共有するプロセスだ。「議論」とはそれを踏まえた全体像から問題、課題への対策を考える。そして「討論」とは最終的に物事を決める場面だ。
しかし、議員は本能的に直ぐ「討論」になってしまう傾向がある。議員間討議はルール無しの意見表明のトークショーではない。まずは「討論」と「対話」の違いをはっきりさせることがポイントだ。そして大前提として、事実を押さえて話し合いに入ることが大切だ。思い込みや憶測は要注意。「事実」と「意見」を分けることは話し合いを整理していくためにも大事な視点だ。
議員間討議は基本的に委員会単位で行われるので、委員長のファシリテーションスキルが必須だが、委員長をフォローする議会事務局職員にもファシリテーションスキルは必要だ。そんな議会事務局職員を私は「裏ファシリテーター」と呼んでいる。
高校生との意見交換会で手応えを感じた柴田町議会では、新総合体育館建設のテーマで、ワールド・カフェにより、執行部に対する質問事項、論点の抽出を行った。その後の議員間討議のプログラムは職員と私とで考え、建設への賛否は述べず、じっくり対話を行うことを意識し、職員がホワイトボードで議論を可視化して整理しながら進めた。議員と職員による「チーム議会」の取り組みである。
地方議会における「ファシリテーション」の可能性
「議会改革第2ステージ」の要諦は、議会報告会を前向きな場にして、議員間討議で対話を積み重ねる議会になれるかどうかである。その際には議員、議会事務局職員双方にファシリテーションスキルが求められる。ファシリテーションを活用して住民の役に立つ議会になれるかどうかが問われている。
議会報告会の改善の処方箋の一つは、対面式からワークショップ形式に変えることだ。全国の議会での実践が証明している。しかし、議員間討議が上手くできている議会はまだ少ない。議員間討議におけるファシリテーションの正解は私にもまだよく分からない。今後のさらなる実践を通して、理論化と議論のテンプレートのようなものが生み出せればと考えている。
コロナ禍の中で、会議のオンライン化の流れも進んでいる(第97回「取手市議会が拓く会議のオンライン化への挑戦」)。オンライン会議におけるファシリテーションの手法の構築も急務だ。引き続き現場の議員や議会事務局職員の皆さんと共に汗をかき知恵を出し合っていきたいと思っている。
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。