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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第97回 取手市議会が切り拓く会議のオンライン化への挑戦~「デモテック」で創るアフターコロナの新しい政治と行政(1) (2020/4/22 早大マニフェスト研究所)

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早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第97回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。

非常時は「現状維持バイアス」から解放される

 新型コロナウイルスとの戦いが長期戦の様相を呈してきた。ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えようと、インターネットで情報発信を続けている。山中教授は、「ウイルスへの対策は、有効なワクチンや治療薬が開発されるまで手を抜くことなく続ける必要があります。1年以上かかるかもしれません。マラソンと同じで、飛ばし過ぎると途中で失速します。ゆっくり過ぎるとウイルスの勢いが増します。新型コロナウイルスは強力です」と語る。

 非常時には、平時に強く働く現状を維持しようと考えがちな「現状維持バイアス」が弱まり、向かうべき方向への動きが立ちあがり、加速し、時間軸が一気に進む。企業のテレワーク、学校のオンライン授業など、今日本のいたるところでそうした実験的な取り組みが起きている。私も自治体向けの研修のオンライン化に向けて、反転授業用の動画教材を作成、オンライン会議システムZOOMを使った研修のオンライン・ファシリテーションにチャレンジしている。数カ月前には考えられなかったことだ。

 地方議会にも大きな変化の波が確実に押し寄せている。マラソンの勝負に乗り遅れてはいけない。今回のコラムでは、茨城県取手市議会(取手市議会HPFacebookページ)が挑戦し始めた、会議のオンライン化の取り組みを事例に、アフターコロナ、コロナ後の議会のあり方を考えてみたい。

オンライン会議の様子

オンライン会議の様子

「デモテック」とその可能性

 早稲田大学マニフェスト研究所では、新型コロナの問題が発生する以前から、ICTやAIの技術、テクノロジーを活用した多様な主体の「参加」と「集合知」により、民主主義のアップデートができないかについての研究と運動の模索を始めていた。そしてこの運動を、ICTやAIを駆使して革新的、破壊的な金融商品、サービスを生み出す「フィンテック(finance×technology)」に習い、「デモテック(democracy×technology)」と命名していた。

 「デモテック」には、選挙、政治、行政のあり方を変える大きな可能性がある。例えば、オンライン会議システムの利用だけを考えてみても、様々な活用のアイデアが浮かぶ。選挙の際の公開討論会をリアルとオンラインでつなぎハイブリッドで開催する。選挙の出陣式の時に、遠隔地にいる人とオンラインでつなぎ応援演説をしてもらう。行政のパブリックコメントをオンラインで実施、事後に住民が視聴できるようにする。

 議会においても、オンラインで市民との意見交換会を開催し、オンラインの会議で政策に練り上げ、議会からの「政策サイクル」(第76回「議員間討議で政策サイクルを回す(1)」第77回「議員間討議で政策サイクルを回す(2)」)を回していくことも考えられる。オンライン、インターネットを活用することで、リアルな政治や行政の場にはなかなか参加してくれなかった若い世代の参加が増えるかもしれない。議会で実施されている先進地の視察もオンラインで行うことが可能だ。

 会議のペーパーレス化や議論の深化を目的にタブレット端末を導入する議会も増えてきている(第11回「ICTを活用した新しい議会の姿」)。早稲田大学マニフェスト研究所が2020年3月末の段階で確認しているタブレット端末を導入している議会は、全国で285議会。災害時に情報共有のツールとして利用するなど、活用の幅は広がっていたが、「デモテック」としての活用は、当初の想定を遥かに超えるパラダイムチェンジになりうる。

オンライン会議の様子2

オンライン会議の様子

取手市議会のオンライン会議の挑戦

 取手市議会では2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症拡大により国が緊急事態宣言を発令したことを受けて、当時茨城県は対象地域ではなかったものの、同日夕に取手市議会災害対応規程に基づいて、「取手市議会災害対策会議(以下:災害対策会議)」を設置した。

 災害対策会議は、市議会災害対応規程では「議事堂に参集すること」と規定されていたが、感染症という特殊事情もあり、議員全員が一つにまとまりオンラインで開催することとした。同議会では、2020年度からタブレット端末が導入されることになっていた。また、2018年に「女性による議会改革調査特別委員会」から、取手市議会として全員賛成で、国に対して「誰もが参加しやすい社会を目指し実行性ある法整備を求める意見書」を提出していた。この意見書では、議場以外のオンラインによる議会の参加が可能になるよう、国に調査研究を求めている。つまり、取手市議会のタブレット端末の導入は、オンライン会議を視野に入れたものであった。

 しかし、タブレット端末導入は決まっていたものの配備前だったため、議員が私有するPC、タブレット端末、スマートフォンなどの情報機器を活用する方法(BYOD Bring your own device)で行うこととなった。

議長席からオンライン会議に参加する齋藤議長

議長席からオンライン会議に参加する齋藤議長

 4月8日、第1回の災害対策会議が座長の齋藤久代議長を含む正副議長、各会派の代表5人の計7人と議会事務局で、ZOOMを活用したオンライン会議の手法で試行実施された。今後の災害対策会議の運営、議員の体調異変時の報告義務などについて、予想以上に活発な意見が取り交わされた。本格実施にあたっては、議会事務局職員が丁寧な対面や電話によるレクチャーを行い、オンライン会議参加方法の取り扱い説明書(トリセツ)を作成し、議員に分かりやすく周知することとなった。

 続いて4月10日には、全議員(24人)を対象にオンライン会議も試行開催された。所用のため1人は不参加だったが、その他の23人の議員は自宅などから参加した。初めての議員も多数いたが、大きな問題なく終了した。参加した議員からは、「大変良かった」「慣れてくればもっと有効活用できる」「感染症拡大の防止の観点から有効なツールになる」など前向きな感想がたくさんあった。

オンライン会議をサポートする事務局職員

オンライン会議をサポートする事務局職員

 4月13日、オンライン会議での第2回の災害対策会議が開催され、各会派からあがってきた提言事項について一つずつ協議・確認し、議会としてまとめ執行部に伝えていくことが決定された。2回目ということで操作にも慣れる議員が増え、意見交換に集中することができた。

 4月15日、オンライン会議による2回の災害対策会議で出た意見を、新型コロナウイルス感染症についての提言及び調査事項としてまとめ、取手市新型コロナウイルス感染症対策本部長である藤井信吾市長に提出された。オンライン会議を活用することで、災害対策会議が設置され9日というスピード感を持って、議会が役割を果たしたことになる。なお、今回の取り組みに際して特別かかった費用もなかったとのことだ。

 この取り組みを議会事務局職員としてサポートしてきた岩崎弘宜事務局次長は、「次の議会開催を見据え、議会ができる新型コロナウイルス感染症拡大防止の目的達成と、このような状況下であっても、現行の法令等のルールの下で、本来の議会の権能を最大限維持・向上させるべく議会運営の試行案を模索もしていきたい」と語る。

藤井市長への提言の様子

藤井市長への提言の様子

今こそ議会のオンライン化で民主主義のアップデートを

 有事においては、首長の意思決定の優劣がはっきりする。今、日々のメデイアの報道を見て感じている人も多いと思う。非常時には、首長のトップダウンが進み、権力が強化される傾向にある。危機対応にはスピード感が求められるため仕方のない部分もあるが、ややもすれば独裁になり、民主主義が壊れてしまうリスクも抱えている。非常時こそ首長執行部をチェックする議会の役割は確実に増す。非常事態宣言発令、外出自粛の中で、議会、議員は様子見で手をこまねいていてはいけない。

 議会の役割は、住民の意見を集め、それをもとに議会で議論し、首長執行部に提案、その行動を監視することだ。従来、このプロセスは全てリアルの場で行われ、それが当たり前とされてきた。しかし、今回新型コロナウイルスの問題が発生して、オンラインに置き換えられる可能性に気付いた。取手市議会の事例が既成事実になる。一つの既成事実が世の中を変える。

 地方自治法や会議規則の問題、議員のITリテラシーの問題、セキュリティーの問題、予算の問題、壁はたくさんあるかもしれない。しかし、それを理由に議会の役割を放棄してはいけない。できない理由ではなく、できるための方法を試行錯誤する。今こそ、アフターコロナを見据え、議会のオンライン化により民主主義をアップデートする千載一遇のチャンスだ。

 早稲田大学マニフェスト研究所では、こうした議会のオンライン化を議員、議会事務局職員双方の立場に寄り添いながら支援していくことを検討している。

 

佐藤淳氏早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

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■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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