ブロックチェーンはなぜ過大評価され、過小評価されるのか (2018/10/1 オフィス金融経済イニシアティブ)
ブロックチェーンは、仮想通貨を支える基礎技術だ。(1)改ざんされていないこと、二重払いされていないことを担保できる、(2)すべての履歴が記録される、(3)中央管理者が不要となる(そのためコストが低く、災害にも強い)といったメリットがある。
仮想通貨に限らず、このメリットの応用範囲は広い。実際、これまでも様々な分野で実証実験が行われてきた。にもかかわらず、現実に適用が開始された例は少ない。そのために、評価も、過大評価、過小評価の間を行き来する。なぜそうなのか(注1)。
(注1)ブロックチェーンは、しばしば「市場取引のための技術」と誤解されるが、あくまで「情報の記録・伝達のための技術」である。それゆえに、財・サービスの台帳だけでなく、公文書や電子投票などの管理に応用できる。仮想通貨の場合は、たまたまバーチャルな世界で完結するため、「台帳の更新」がそのまま「市場価値の移転」と一致する。
「世界を変える」ブロックチェーン
ブロックチェーンが「世界を変える」と言われてきたのは、中央管理者が不要になるからである。同一の台帳を参加者の複数のコンピュータ上で共有し、リアルタイムで更新する仕組みだ。参加者だけでシステムを完結させることができ、理念上、中央管理者は不要となる(2018年6月「なぜ転出・転入届をそれぞれの役所に出さなければならないのか」参照)。
その効果はたしかに絶大だ。たとえば、世界中の人々が仮想通貨を利用するようになれば、各国の金融政策は無力となり、中央銀行は存在意義を失う。利用が多方面に広がれば、社会制度の多くが根本から覆される可能性がある。
なぜ実証実験では中央管理者が置かれるのか
だが、これまで行われてきた実証実験は、ほとんどが中央管理者を置き、参加者も限定するタイプのものだ。分類上、「ノンパブリック型」と呼ばれる(参考1参照)。
(参考1)ブロックチェーンの種類
その理由は、ブロックチェーンを構成する4つの要素技術――(1)秘密鍵・公開鍵、(2)タイムスタンプ、(3)ハッシュ関数、(4)コンセンサス・アルゴリズム――に関係する。
第1は、不正防止の強度を高めようと、「コンセンサス・アルゴリズム」を厳格なものにすればするほど、ブロックチェーンの処理に時間がかかることだ。
コンセンサス・アルゴリズムとは、二重払いを防止するために設けられた「参加者の合意形成手続き」だ。ビットコインの例では、プルーフ・オブ・ワークと呼ばれる数学問題が採用され、いち早く正しい解を得たブロックを正当なものとして扱うルールとなっている。
しかし、厳格なアルゴリズムの解を得るには、時間がかかる。ビットコインの場合も、10分程度かかると言われる。これでは、大量・高速の取引になじまない。中央管理者を置き、参加者を信頼のおける者に限定するのであれば、アルゴリズムを簡素なものとし、時間の短縮を図ることができる。
第2は、「秘密鍵」の安全な保管に不安を感じる参加者が少なくないことだ。
ブロックチェーンは、情報ブロックのなかに高強度の暗号メッセージを内包し、情報みずからが真正性を立証する仕組みだ。したがって、暗号を解くための「秘密鍵」の安全な保管が、安全な参加への必須の条件となる。
不幸にして、万一秘密鍵を盗まれ、犯人に「なりすまし」の取引を行われても、巻き戻す仕組みはブロックチェーンのなかには存在しない。第三者の手に渡ってしまえば。仮に盗まれたものであっても、正当なものとして取り扱われる。これは、盗まれたものであっても、お札(日本銀行券)はお札としての効力を失わないのと同じだ。
そうしたもとで、本年初、取扱業者コインチェックが仮想通貨を奪われる事件が起きた。秘密鍵が盗まれ、犯人が仮想通貨を引き出して、転売したものとみられている。被害額は数百億円に達したようだ。
秘密鍵が盗まれた場合のダメージは、きわめて大きい。そこで、多くの実証実験は、参加者を限定することで犯罪のリスクを軽減するとともに、中央管理者を置くことで、万一秘密鍵が盗まれた場合にも中央管理者が事後的に関与し、本来の状態に巻き戻す余地を残そうとしている。
中央管理者を置けば、ブロックチェーンのメリットが希薄化する
だが、中央管理者を置き、参加者を限定すれば、ブロックチェーンが本来もつメリットは希薄化する。もともと参加者を限定するのであれば、不正のリスクは減り、「改ざんされない、二重払いされない」ことのメリットは相対的に低下する。
そうなると、ブロックチェーンを採用するか否かの判断は、コスト次第になりがちだ(注2)。多くの実証実験が「成功」という結果を得ながらも、現実への適用に踏み切らないのは、そうしたことが主な理由だろう。
(注2)ただし、中央管理者を置く場合でも、大掛かりなシステムを構築する必要はないため、コストが低下する余地は大きい。
ブロックチェーンを使えば、公文書の改ざんは防げた
しかし、この見方は過小評価にすぎる。希薄化するとはいえ、「改ざんされない、二重払いされない」、「履歴が残る」ことのメリットは、決して軽視されるべきでない。それらは、民主主義と市場経済の根幹を形作る重要な条件だからだ。
これを明らかにしたのが、本年の公文書の改ざん問題である。公文書のように参加者(公務員)が一定範囲に限定された世界であっても、改ざんは行われる。公文書が電子化され、ブロックチェーンで管理されていれば、今回のような改ざんは起こらなかったはずだ。
市場経済にとっての視点からは、海外で行われているダイヤモンドの鑑定書が参考になる。鑑定書は、所有権を表象するものではないが、ダイヤモンドの取引にとって不可欠な書類だ。鑑定書が「改ざんされていないことを担保する」仕組みは、市場取引の信認を強化する基礎となる。
ブロックチェーンを冷静に評価し、メリットを十分に活かせ
中央管理者を置くとしても、ブロックチェーン活用のメリットは大きい。まずは、改ざんを絶対に起こしてはならない情報管理や市場取引への適用検討を急ぐべきだろう。典型的には、公文書や戸籍、住民票、年金記録などへの応用がある。
ブロックチェーンは、電子化による生産性の向上と電子情報の信頼性の向上を両立させる貴重な技術ともいえる。応用範囲も広い(参考2参照)。過大評価も、過小評価もすることなく、冷静に評価し、メリットを十分に活かしていくことが重要である。
(参考2)仮想通貨以外のブロックチェーンの応用例――多くは実証実験段階のもの
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- 著者プロフィール
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山本 謙三
オフィス金融経済イニシアティブ代表
1976年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。同年日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長などを経て、2008年5月理事。2012~2018年(株)NTTデータ経営研究所 取締役会長。2018年6月より現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、金融政策、決済、業務継続。