なぜ転出・転入届をそれぞれの役所に出さねばならないのか~ブロックチェーンが示唆する台帳共有のメリット (2018/6/1 NTTデータ経営研究所)
ブロックチェーンの基盤:分散型台帳
ブロックチェーンは、仮想通貨を支える基礎技術だ。その基盤は「分散型台帳」にある。
ブロックチェーンでは、ノードと呼ばれる主要参加者のコンピュータをネットワークでつなぎ、その上に台帳が保管される。各コンピュータ上の台帳の内容は共通で、取引が起こる都度、すべての台帳に追記がなされる。分散型とはいえ、台帳を共有しているのと同じだ。
(1)真正性(改ざんされない、二重支払いされない)、(2)トレーサビリティ(すべての履歴が記録され、遡及できる)、(3)災害に強い、(4)低コストといったブロックチェーンのメリットは、すべて分散型台帳の基盤の上に成り立っている。
しかし、台帳共有のメリットはこれにとどまらない。台帳の共有により、台帳の「基本軸」を切り替えるチャンスが生まれる。それが、ビジネスモデルの創出、業務効率化の可能性を広げることになる。
転出・転入時の手続きとは
もちろん、台帳共有の実現は、ブロックチェーンの導入に限るものではない。通常のシステムの連結でも、台帳の共有を実現できる。
重要なのは、そのメリットを十分に活かすことができるかどうかだ。ここでは身近な例として、転出・転入の手続きを参考に、台帳のあり方を考えてみよう。
下記の参考は、多くの市区町村のウェブサイトを基に転出・転入手続きを要約したものである。
転出の手続きは、旧住所のある市区町村の役所の窓口か、郵送で行う。提出が必要なのは、(1)転出届と(2)届出人の本人確認書類だ。
転出届が受領されると、転出証明書が交付される。ただし、本人確認書類としてマイナンバーカード(または住民基本台帳カード)を提出した場合には、同証明書は発行されない。住民基本台帳ネットワークを通じて、役所間で情報のやりとりができるからだろう。
一方、転入の手続きは、新住所のある市区町村の役所の窓口に必ず出向かねばならない。本人確認は目視で行う原則があるとみられる(注)。
提出が必要なのは、(1)転入届、(2)本人確認書類、(3)転出証明書(マイナンバーカードまたは住民基本台帳カードで転出手続きを行った場合は不要)、(4)マイナンバーカードなどである。
(注)マイナンバーカードの申請に当たっては、本人確認のためのパスワードの設定とその厳格な管理が求められる。にもかかわらず、マイナンバーカード保有者も転入時は役所窓口に出向かねばならないとするのは、やはり不合理だろう。システム整備を急ぐ必要がある。
「(住民としての)個人」から「(国民としての)個人」へ
それにしても、なぜ転出・転入届をそれぞれの役所に出さねばならないのか。転入先の役所で転出・転入の手続きを同時に行い、転入先の役所が転出先の役所に情報を送ればよいのではないか。本人確認も転入先の役所で確認すれば十分ではないか。
これは、住民票や戸籍を管理する台帳を、役所ごとに分断してもたざるをえなかった時代の名残り(およびインフラ整備の遅れ)といえるだろう。
イメージでいえば、こうだ。役所の台帳は、「市区町村」を基本軸に構成され、管理されてきた。台帳の基本軸である「市区町村」の下部の記入欄に、個人名を書き込んだり、消し込んだりするイメージだ。
この場合、市区町村を超える転出、転入は、台帳を管理する異なる役所で別々に手続きをとらねばならないことになる。
だが、台帳がネットワークで結ばれ、共有できるようになれば、基本軸を切り替えることができる。基本軸を「市区町村」から「個人」に切り替えるということだ。
もちろん、従来の住民基本台帳も「個人」を記録するための台帳である。しかし、これは、あくまで「市区町村」のもとでの「(住民としての)個人」を記す台帳だった。これを、「(国民としての)個人」を記す台帳に切り替える話である。
新しい転出入の手続きでは、基本軸「個人」の下部の記入欄にある住所名を書き換えるイメージとなる。住所名の書き換えが1度の行為である以上、手続きも1カ所の役所で完結するのが自然となる。
仮想通貨における台帳共有の意味
実は、仮想通貨も台帳共有のメリットを活かした構造となっている。
仮想通貨の基本軸は、「所有者」でなく、「仮想通貨1単位」だ。「仮想通貨1単位」の下部の記入欄には、仮想通貨1単位の誕生から本日までの全取引履歴が記録されている。
仮想通貨の場合、そもそも「所有者」を記録するという観念はほとんどない。仮想通貨の取引を行う者はアドレスを設定、取得するが、アドレスは多くの場合、一回限りのもので、取引の都度、新たなアドレスを設定して、実行している。
アドレスは、取引内容の暗号化の一部として用いられる。仮想通貨の取引は、「暗号を解読できる者だけが正当な取引当事者であり、次の取引の当事者となりうる」とのロジックの上に成り立っており、そのためのアドレスといえる。
もちろん、正当な取引当事者を所有者とみなすことはできる。だが、台帳にあるのは、あくまで基本軸「仮想通貨1単位」のもとでの「取引内容」である。
この構造は、所有権にかかる各国法制にとらわれない便利な仕組みということができる。仮想通貨が、全世界からアプローチしやすく、他方でマネーローンダリングに使われやすいとされるのも、こうした基本的な構造に起因している。
台帳共有のメリットを活かせ
急ぐべきは、IT化を一段と推進し、台帳共有のメリットが活かされるよう、既存の制度を見直すことだ。
とくに、問題となるのは国、自治体の事務手続きだ。役所は縦割り型が多いために、台帳が分断され、国民に二度手間を強いるものが多い。転出入手続きはその一例にすぎない。
たとえば、パスポートの発給には、戸籍抄本または戸籍謄本の提出が必要となる。本来、台帳が共有されていれば、わざわざ紙の抄本や謄本の交付を役所に申請し、それを改めて役所に提出する必要はないはずだ。
マイナンバーの導入は、新たな制度構築への第一歩とみえたが、その後の動きは鈍い。「生産性革命」は、国、自治体こそが早急に取り組むべき課題である。
- 著者プロフィール
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山本 謙三
株式会社NTTデータ経営研究所 取締役会長
1976年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。同年日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長などを経て、2008年5月理事。 2012年6月より現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、金融政策、決済、業務継続。
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