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「健康」と「経営」の対立概念が解消した先に、世界が求める経営モデルが完成する―経産官僚に聞く(後編) (2018/4/15)
男性管理職向けに「女性の健康」を啓発する出張セミナーを開催している大塚製薬株式会社「女性の健康推進プロジェクト」の西山和枝リーダーによる、経済産業省 商務・サービスグループ 政策統括調整官 江崎禎英氏へのインタビュー記事の後編です。江崎調整官は健康経営銘柄、個人情報保護法、店頭市場改革、外為法改正、薬事法改正や新法の制定など難易度の高い政策で次々と成果を出したスーパー官僚として注目されており、年間100件以上の講演と業務を両立しています。
プロセスを見ないでKPIを追うのは危険
【西山】 政府は、2020年までに指導的地位の女性比率30%を目標に掲げていますが、2017年上場企業役員の女性比率は3.7%と目標の到達は難しい状況です。健康経営銘柄に、女性の管理職比率の目標は含まれているのでしょうか。
【江崎】 健康経営銘柄に女性の管理職比率は入っていません。女性が働きやすい環境を作るために女性の管理職が増えること自体は良いと思っています。ただし、健康経営がある程度浸透する前に数値目標を決めて女性管理職の数を増やそうとすると、その地位についた女性が男性以上に男性的な対応をしてしまうことがあります。特に、女性の働きやすい職場環境作りについて、「私たちが若いころは自分で乗り越えました」「この程度のことは我慢すべきです」などと女性管理職が言い始めると議論がストップしてしまいます。
数値目標は大切ですが、プロセスを考慮しないままKPI(key performance indicator の略で、目標の達成度を評価するための主要業績評価指標)だけを追うと、自身の管理職としての業績に関心が向いてしまい、女性特有の課題解決どころではなくなることが懸念されるのです。
これまで「健康」と「経営」は対立概念だった
【西山】 女性の健康推進プロジェクトの一環で、PMS(月経前症候群)や更年期障害など女性特有の健康課題について啓発活動をしていますが、これらの症状は人によって差異があるので、症状が軽い方には普段通りに働ける人もいます。一方で出社できないほど症状が重い方もいます。
女性上司の症状が軽いケースだった場合、部下の女性がPMSや更年期で出社できないと言うと、「自分は痛みも気にせず頑張った」と責められたという話も聞きます。同じ女性でも女性の健康について正しく理解しているわけではありません。上司には部下の気持ちを汲める人がなってほしいですね。こうした問題も踏まえて健康経営では女性の問題をどのように取り扱うのでしょうか?
【江崎】 職場の多様性を促進するという観点からは、女性の健康問題が誰にも理解しやすいテーマだと考えています。ただし、女性を特別な存在として対応するのではなく、結婚、出産、育児、更年期といったライフイベントを基本として会社の人事が組まれるようになれば、男性にとっても働きやすい環境が生まれると思っています。結婚や子育て、さらには自分自身の人生をより豊かに生きるといった観点から、今の働き方が本当に正しいのかを考えるために、まずは女性の視点を取り入れることが有効だと考えています。
現在の社会は男性向けに作られていると言われますが、男性にとっても決して楽な環境ではありません。職場も働き方も時代の変化に対応して変えていく必要があります。昔のように右肩上がりの経済であれば、あれこれ考えるより、ただ頑張ることで収益も増えました。毎年給料が増えていくことで皆が納得していたのです。
これまで企業の健康保険組合の方々が苦労されてきたのは、右肩上がりの経済の中では「健康」と「経営」が対立概念だったからです。戦後復興期以来、業績を上げるためには私事を犠牲にして頑張るというのが社会の風潮でした。バブル経済のころには「黄色と黒は勇気の印、24時間戦えますか?」というCMが流行しました。その時代に、健康経営と言っても誰もピンとこなかったと思われます。健康経営は単に従業員の健康が大事とアピールすることではなく、成熟経済におけるビジネスモデルひいては企業文化を変えることなのです。
半径30メートルの人間関係が良ければ困難な課題にもチャレンジできる
【西山】 企業文化を変えるということですが、健康経営は今後どのように展開していくのでしょうか。
【江崎】 健康経営の第三ステップは職場の人間関係だと申し上げました。人は半径5メートル以内の人間関係で生きています。この範囲の人間関係が上手くいっていないと、自分の持っている能力を活かすことができません。その結果チームの業績も上がりません。プレゼンティズム(健康問題が理由で生産性が低下している状態)の原因もここにあります。
他方、半径5メートル以内の人間関係が良好であれば、チームのパフォーマンスは上がります。さらに、半径30メートル以内の人間関係が良好であれば、人はどのような困難な課題にもチャレンジします。従業員のポテンシャルが十分に引き出せるか否かは、職場環境によって大きく異なるのです。経験的にも、女性職員が気持ちよく働いているか否かによってチームの業績は大きく左右されます。
男性が理解しないと女性活躍は推進できない
【西山】 私は「女性の健康」をテーマに出張セミナーをしているのですが、女性ホルモンの働きについて話をすると、人事や健保の担当者はすぐ女性職員だけを集めましょうと言います。しかし、女性だけにしか知らせないから、男性が女性ホルモンなどの話題を避けることになります。小学校での月経の話も女子生徒だけ保健室で話を聞いて、その間男子生徒は外でサッカーをさせたりしていますが、同じことを大人になっても繰り返しています。
セミナー参加者のアンケートでは、「男性管理職にも知ってほしい」というコメントをたくさんいただきますので、今では男性管理職向けのセミナーも開催しています。女性のリーダーが増えるよりも、男性の意識を変える方が近道なのではないかと思うこともあります。今後、女性の健康への取り組みと、女性管理職比率や業績との因果関係を分析する予定はあるのでしょうか?
【江崎】 企業の業績は様々な要素が絡み合っているため、一部だけを取り出して分析することは簡単ではありませんが、女性が活躍しやすい職場は業績が上がるだろうということは推測されます。ただ、大切なのは因果関係に関わらず、女性の健康問題を取り上げるという方向性はブレないようにしたいと思います。特に、女性には男性とは違う視点で物事を見る能力があると言われていますので、この差異をうまく活かせるようにしたいと思っています。
国会議員の女性比率を上げるのは意味がある
【西山】 4月11日の衆議院委員会で「政治分野における男女共同参画推進法」が可決されました。国会議員の女性比率は1割ほどですので、女性議員が増えることで婦人科疾患など女性の健康課題への対策が進むと思われますが、先ほどの指摘のように数値目標を掲げることで弊害が生じる可能性もあると思います。この点についてはどのように思われますか?
【江崎】 結論から申し上げれば数値目標はあったほうがいいと思います。先ほど述べたようなKPIのリスクが無い訳ではありませんが、現実の女性比率があまりに低いため、有無を言わさず数値目標を設定することも場合によっては必要かと思います。
以前与党の会議で、少子化対策のテーマを朝8時から議論すると言われて驚いたことがあります。その時は「そんなことをするから少子化が進むんだ」と思いました(笑)。朝8時からの会議に出席するためには、子どもを保育園に連れていけないのです。半分とは言わないまでも、ある程度の比率で女性の政治家がいれば、早朝に会議を開催しようという発想にならないでしょう。「朝8時の会議は保育園の時間があるから無理」という話になります。現在は子育て経験の無い男性政治家が中心なので、朝8時から少子化対策を議論することに何の疑問も持たないのだと思います。
残業時間の削減から真の働き方改革へ
【西山】 KPIのような数値目標も有効な場合があるということですね。
【江崎】 現在議論されている残業時間の法的な上限も、場合によっては必要かと思います。これまで30年間でそれなりに大きな仕事に携わらせていただいたと思いますが、一カ月300時間近い残業をしてきた経験から言えば、本当に徹夜しなければできなかった仕事など無かったと思います(笑)。その時は今取り組んでいる仕事が大事だと思って頑張ってきましたが、あの時のあの作業がなければその成果に繋がらなかったかと言えば、そんなことは無いような気がします。
非常識なほど残業を経験してきた我々だからこそ、若い人たちに「早く帰っても大丈夫だよ」と言ってあげなければならないと思っています。
【西山】 民間でも「徹夜」「寝てない」自慢をする人は多いですよね。
【江崎】 いわゆるデフレ時代に入ってからは、企業の幹部の方から「最近、課長や部長になりたくないという若者が増えて困っている。彼らは将来に夢を持っていない」と言われることが少なくありません。しかし原因は若者にあるのではありません。問題は課長や部長が、彼らの前で辛そうに仕事をしていることです。上司が楽しそうに仕事している様子を見ていれば、部下だって早く管理職になりたいと思います。上司が仕事にも家庭にも苦労している姿を見せながら、若者に夢を持てという方がどうかしています。
今の若者は、自分の人生を意味あるものにするため何をすべきかが分からなくなっているだけです。上司も部下も楽しく活き活きと働いている職場を作ることが、若者のポテンシャルを引き出すことに繋がるのです。職場において「楽しくなければ仕事ではない」と言える環境を作ることが真の「働き方改革」であり、これこそが最終的に「健康経営」が目指すゴールなのです。
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