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女性が働きやすい企業は男性も働きやすい!健康経営は成熟市場を生き抜く経営戦略―経産官僚に聞く(前編) (2018/4/14)
経済産業省と東京証券取引所は2018年2月20日、4回目となる「健康経営銘柄2018」の選定企業を公表しました。健康経営銘柄は従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、企業の「健康経営」を促進することを目指しています(*1)。
経済産業省が実施した健康経営と女性特有の健康課題に関する調査では、「女性活躍の流れによりワークライフバランス関連の取り組みは比較的進んでいるが、女性特有の健康課題に対する取り組み(リテラシー向上施策や相談窓口等)は制度整備状況や認知度が低い」という結果が出ました。これを受けて今後の方針として女性特有の健康課題に対する取り組みを掲げています。
今回は、男性管理職向けに「女性の健康」を啓発する出張セミナーを開催している大塚製薬株式会社「女性の健康推進プロジェクト」の西山和枝リーダーに、「女性の健康と健康経営」について、経済産業省 商務・サービスグループ 政策統括調整官である江崎禎英(えさき よしひで)氏にインタビューしていただきました。江崎調整官は、健康経営銘柄、個人情報保護法、店頭市場改革、外為法改正、薬事法改正や新法の制定など難易度の高い政策で次々と成果を出したスーパー官僚として注目されており、年間百件以上の講演と業務を両立しています。
顧客が求める商品やサービスは寝不足の職員には考えられない
【西山】 経産省が健康経営銘柄で女性の健康に取り組む方針を打ち出しました。女性の健康増進と労働生産性を向上させるために企業側にどのような取り組みが必要なのか、江崎さんにお話を伺うのが今回の趣旨です。まず、健康経営銘柄はどのような思いで作られたのでしょうか。
【江崎】 健康経営銘柄は、従業員の健康が企業戦略上の重要な要素であることを、経営者自身に理解していただくことを目的としています。私が「健康経営」に確信を持って取り組んでいる背景には、岐阜県庁に出向していたときの経験があります。
当時はリーマンショックと呼ばれる大不況で、県内の企業は軒並み大きな影響を受けていました。景気が右肩上がりの時代は、がむしゃらに働いてコスト削減と効率性向上さえ実現できればどんな企業でも業績は伸びます。しかし、景気が鈍化しモノやサービスが溢れている時代にこの経営手法は通用しません。
興味深いことに、リーマンショックの不況の中で見事に業績を回復した企業は、その経営者の多くが女性でした。彼女たちによれば、「お客様の気持ちに寄り添った商品やサービスを提供することができれば、不況と言われる時代でも仕事は十分あります。残業で疲れ果て寝不足の状態ではお客様の気持ちにより沿うことなどできません」というのです。「健康経営」は成熟経済や不況の時にこそ真価を発揮する重要な経営戦略なのです。
目先の成果でもわかりやすさが大事
【西山】 とても本質的な問題意識から制度設計されているのですね。一方で、健康経営銘柄に応募する企業は株価が上がる、優秀な人材を獲得できるなど目先の成果が動機になってしまっているようにも感じます。選定企業からはどのような反響がありますか。
【江崎】 選定された企業からは「優秀な人材確保につながった」「取引先やその他の企業から高い評価が得られた」「メディア露出の機会が増大した」「株価が上がった」など様々な成果が報告されています。また「投資家との間で健康経営が話題になるか」という問いに対して、銘柄選定企業の80%が「成長戦略の中に位置づけて投資家に説明」と回答するなど、健康経営を経営戦略の一環として取り組む企業も現れています。確かに目先の成果と思われるかもしれませんが、健康経営を普及するための第一ステップとしては大成功だと考えています。
世界が求める健康経営のゴール
【西山】 段階を踏んでいくとのことですね。第一、第二、第三のステップとゴールについて教えてください。
【江崎】 第一ステップはできるだけ多くの企業に健康経営に取り組んでいただくことです。特に、企業経営者に対する分かりやすさとインパクトが重要なので「健康経営銘柄」などの顕彰制度を中心に取り組んでいます。お陰様で健康経営銘柄選定の前提となる「健康経営度調査」の回答法人数は第1回が493法人、第2回が573法人、第3回が726法人、第4回が1,239法人と、応募総数は年を追うごとに加速度的に増えています。
中小企業に対するアンケートでも当初は健康経営について知っている企業は1割程度でしたが、今では半数以上の企業が知っていると回答しています。また、これまで健康経営について知らなかった企業でも、その内容を説明するとその多くが今後取り組んでみたいと回答しています。
第二ステップは健康経営の効果を検証することです。昨年行った調査では、健康経営に取り組んでいる企業の従業員は、取り組んでいない企業の従業員に比べて健康状態が良いことが示されました。来年は健康経営銘柄も5年目になることから景気要因を排除した分析が可能になると考えられるため、健康経営に取り組む企業の業績が有意に向上しているとの検証を行う予定です。
現状では健康経営はまだまだ従業員サービスという側面が強いのですが、従業員の健康と業績の関係を立証できれば、経営戦略としての健康経営という趣旨が明確になります。つまり、健康経営への取り組みは企業にとって「コスト」ではなく「投資」であることが確認されるのです。
第三ステップは、職場の人間関係です。成熟経済における企業マネジメントは、より能力の高い同質の人材を集め、昇給や昇進といったインセンティブを使って生産性を上げる、従来のマネジメント手法では十分ではないと考えています。職員同士が協力し合いお互いに支えあう職場環境、とりわけ働く人々の多様性が安定感と生産性に結び付く新たな企業経営、企業戦略の形を実現することで「健康経営」が完成すると思っています。
今後日本だけではなく世界中が高齢社会を迎え経済も成熟するなかで、こうした経営モデルは重要になると考えています。効率性をひたすら追求する時代から、高齢者、女性、障害者など多様な視点からお客様の気持ちに寄り添うことで新たな価値を見出す仕組みへと転換することが重要なのです。世界で最も高齢化の進んだ日本において世界が求める経営モデルを実現することが健康経営の目指す最終的なゴールです。
新しい制度を作る前に「ちょっとしたこと」から始める
【西山】 健康経営に3つのステップがあることをお話しいただきました。女性の健康はどこに位置付けられるのでしょうか。また、今後の具体的な取り組みについて教えてください。
【江崎】 女性の健康については第二ステップで取り組みます。ここで大切なのは、女性が働きやすい環境づくりを行うに当たって、できるだけ柔軟な発想で取り組むことです。特に、男性中心の企業では、女性のために何かしっかりした対策を行わなければと構えてしまい、かえって具体策に行き詰まってしまうことも少なくありません。
例えば女性を受け入れるために女性専用の特別な施設を設備しなければなどと考えると、途端にハードルが高くなってしまいます。実際には机の位置を少し変えたり、エアコンの温度をほんの少し調節するだけでも職場環境が改善することが少なくありません。
こうした視点は、東日本大震災の被災者支援の際に学びました。当時、岐阜県の商工労働部長として被災された方々が必要とされる物資や機材を調達し現地に届ける仕事をしていました。食料や衣類はもちろん、椅子や暖房器具、衛生用品など現地で必要と思われるものは何でも送ろうと頑張っていました。
ところが、被災地の女性に「一番困っていることはなんですか?」ときいたら「男女のトイレが隣同士にならんでいること」と言われたのです。我々は男女別のトイレを確保したことで問題が解決したと思っていたのですが、女性の気持ちになれば、すぐ隣のトイレに男性と一緒に並ぶことは大変なストレスなのです。男性と女性のトイレの場所を離しただけで大変感謝されたのです。
不調のサインを発することを社会の常識に
【西山】 ちょっとした声を拾って、簡単なことから始めるというのはとても重要ですし、ハードルが低くて取り組みやすいですね。そうした声を取り上げるためにどのような仕組みを考えていますか?
【江崎】 実際には、女性自身も何をしてほしいかと改めて問われると分からなくなってしまうものです。また、自分の要求がただのわがままに思われたり、職場の人間関係を壊したりするのではないかといった懸念もあり、なかなか言い出せないものです。
そこで、女性が職場で困っていることを川柳にして、匿名で伝えてもらうのはどうかと思っています。ストレートに要望を伝えることが憚られる内容も、ユーモアを交えて遠回しに伝えることで心理的なハードルが下がります。男性の側も笑いながらも「これ自分のことだ」と気づいたら、こっそり直すと思います(笑)。
【西山】 確かに女性は「上司が仕事の指示を出す時に、ギャグを言うのを辞めてほしい」とか、「課長が毎日同じネクタイをしているのが気になって、指示が耳に入らない」とか、男性からしたら意外なことを気にしています(笑)。女性の健康推進プロジェクトとしては、女性の健康問題などを解決するために、プレゼンティズム(健康問題が理由で生産性が低下している状態)の改善が重要だと思っています。この問題はどのように解決できると思いますか?
【江崎】 女性に限らず、プレゼンティズムを可視化することが重要ではないでしょうか。また、プレゼンティズムは何も職員だけに限りません。例えば、調子が悪いときはパソコンのカバーに付けたライトが赤色になっていれば、「今日は課長のパソコン赤いから、話しかけるのをやめておこう」とか「課長に叱られたけど、今日は赤い日だからしかたがない」など被害者意識を持たなくて済みますから。また同僚同士でもお互いの体調を簡単に伝えることができれば、人間関係はずっと楽になると思われます。
雑談を奨励すれば同僚の「ちょっとしたこと」に配慮ができる
【西山】 欧米では、月経前に調子が悪いときは、PMS(月経前症候群)と書かれたマグカップでコーヒーを飲んだりしているそうです。日本ではPMSなどで体調が優れなくても、隠して我慢するのが美徳になっているところがあって、これは変えた方がいいと思っているのですが。
【江崎】 確かに日本社会では、家庭の問題など個人的な事情は表に出さないことが美徳という意識があります。こうした意識を変えるには、ちょっとした工夫が必要です。
私が課長の時代には、職場で常に雑談することを奨励していました。すると、雑談の中でコンサートの切符を買ったことが話題に上っていれば、当日仕事が忙しくて職場全体が帰りづらい雰囲気になっていても、隣の職員が「今日コンサートでしょ?お金払ったのだからコンサート行きなよ」と声を掛けたり、奥さんの調子が悪いとの話題が出ていたら「今日は早く帰ったら」と、こちらが指示を出さなくても職員同士で仕事の調整をしてくれました。そうするとコンサートに行った人や家庭サービスができた人は、翌日全力で働いてくれるのです。
多くの職場では、個人的な事情があっても、上司や同僚が残業していたらつい我慢してしまうのが一般的です。その我慢が重なると職場そのものがストレスになり、プレゼンティズムになってしまうのです。残業対策など仰々しい取り組みをしなくても、気づくだけ、理解するだけでも職場の雰囲気は大きく変わるものです。
※脚注1 「健康経営銘柄」(経済産業省HP)
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