【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第79回 議会改革第2ステージ「学習する議会」を目指して (2018/11/30 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第79回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「マニフェスト大賞」を通して学び合い「善政競争」を
地方自治体の議会、首長等や地方創生を支える市民等の優れた活動を表彰する、第13回「マニフェスト大賞」授賞式が、2018年11月5日、六本木アカデミーヒルズで開催された。グランプリには、愛知県犬山市議会が選ばれた。犬山市議会では、ビアンキ・アンソニー議長のリーダーシップのもと、市民が議場で発言するだけでなく、発言者が議員と意見交換を行う「市民フリースピーチ」を行う等、住民と歩む議会を目指してきたことが高く評価された。
マニフェスト大賞の目的は、優れた取り組みが広く知られ互いに競うようにまちづくりを進める「善政競争」の輪を広げることである。13回目を迎え、確実にその輪は全国に広がっている。
このコラムでも何度も書いてきたが、議会改革は今、第2ステージに入っている(第54回「対話による議会改革第2ステージ」)。議会のありたい姿を定めた「議会基本条例」を制定した議会も、800を超えている。新しいステージでは、地域課題を解決する議会、住民福祉の向上に寄与する議会になるために、「政策サイクル」(第76回「議員間討議で政策サイクルを回す」)を回すことが求められてくる。
経営学の分野で、マサチューセッツ工科大学経営大学院上級講師のピーター・M・ゼンゲは、旧来の階層的なマネジメント・パラダイムの限界を指摘し、自律的で柔軟に変化しつづける「学習する組織」の理論を提唱している。地方創生時代、地方議会も「学習する組織」にならなければならないのではないか。
日本における「学習する組織」の大家であり、チェンジ・エージェント代表取締役の小田理一郎氏によると、「学習する組織」とは、「目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、延ばし続ける組織」である。地方議会に当てはめてみると、「学習する議会」とは、「住民福祉の向上に向けて効果的に行動するために、議会としての意識と能力を継続的に高め、延ばし続ける議会」ということになる。
今回は、「議会改革第2ステージ」をより進化させていくために、「学習する組織」の概念を、地方議会に応用することに挑戦したいと思う。
「学習する組織」5つのディシプリン
ゼンゲは、「学習する組織」になるためには、中核的な学習能力の三本柱として「志を育成する力」「共創的に対話する力」「複雑性を理解する力」の能力と実践をバランスよく伸ばす必要があると述べている。
「志の育成」とは、「個人、チーム、組織が、自分たちが本当に望むことを思い描き、それに向かって自ら望んで変化していくための意識と能力」。
「共創的に対話する力」とは、「個人、チーム、組織に根強く存在する無意識の前提を振り返り、内省しながら、ともに創造的に考え、話し合うための意識と能力」。
「複雑性を理解する力」とは、「自らの理解とほかの人の理解を重ね合わせて、様々なつながりでつくられるシステムの全体像とその作用を理解する意識と能力」である。
また、この三本柱は、「志の育成する力」は「自己マスタリー」と「共有ビジョン」、「共創的に対話する力」は「メンタル・モデル」と「チーム学習」、「複雑性を理解する力」は「システム思考」の5つのディシプリン(discipline 学習領域)から成り立っている。以下、簡単にこの5つのディシプリンについて、小田氏の「学習する組織 入門」を参考に説明する。
「自己マスタリー」とは、「継続的に個人のビジョン、本当に大切なことを明確にし、それを深めることであり、エネルギーを集中させること、忍耐力を身につけること、そして、現実を客観的に見ること」である。
「共有ビジョン」とは、「組織が創り出そうとする未来の共通像」であり、「組織全体で深く共有されるようにする目標や価値観、使命」である。
「メンタル・モデル」とは、「私たちがどのように世界を理解し、どのように行動するかに影響を及ぼす、深く染み込んだ前提、一般概念であり、あるいは想像やイメージ」を指す。組織メンバーの個々のメンタル・モデルは、思考スピードを上げるメリットもあるが、それが勝手な解釈、決めつけ、囚われとなり変革の足枷になる場合も多い。
「チーム学習」とは、「グループで一緒に、探求、考察、内省を行うことで、自分たちの意識と能力を共同で高めるプロセス」である。組織内での「対話(ダイアローグ)」の文化の定着を意味する。「対話」とは、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得るものだ。議会での「対話」の重要性については、このコラムでも何度も述べてきた(第26回「ファシリテーションを身につけ議会に対話の文化を」)。
「システム思考」とは、「システムの全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的な枠組み」である。ここでいう「システム」は、一般的に相互作用する要素の集合体のことを指す。問題が起こった時に反応的に対処するのではなく、複雑性を理解し、より計画的、戦略的、創造的に解決する思考法だ。
「学習する議会」5つのディシプリン
「学習する組織」の5つのディシプリンをベースに、私なりに「学習する議会」の5つのディシプリンとして整理し直すと次のようになる。
「学習する議会」における「自己マスタリー」は、「議員版マニフェスト」だと思う。ゼンゲは「学習する組織」の中で、志には目的とビジョンの二つの側面があるとしている。目的とは、自身の人生の目的、存在理由。ビジョンとは、現実には実現していないが、私たちの心の中に描く未来の姿である。議員版マニフェストにも、政治家になる目的とありたい地域のビジョン、それを実現するための具体的な政策が示されるべきだ。
2019年の統一地方選挙から、地方議員選挙でのマニフェストビラが解禁される(第57回「選挙から地方議会のあり方を変える」)。執行権の無い議員にマニフェストが書けるのかと言う人もいるが、選挙に際して志と具体な政策をマニフェストとして住民にしっかり提示する義務がある。
「学習する議会」の「共有ビジョン」は、「議会基本条例」である。共有ビジョンとは、組織のメンバーが共有して描く未来のありたい姿。「私たちは何を創り出すのか?」「私たちはどうありたいのか?」という問いへの答えである。議会基本条例は、議会のありたい姿を掲げ、そのありたい姿実現のための手段が示された住民との約束であり、議会としてのマニフェストである。
ゼンゲは、組織の共有ビジョンに対する行動意欲を7段階に分けて紹介している。「無関心」「反抗」「嫌々ながらの追従」「形だけの追従」「心からの追従」「参画」「コミットメント」の7段階である。議会基本条例に対する、「形だけの追従」までの段階から、「心からの追従」以降のステージに議員の意識を移行できるかが議会改革を停滞させない肝だと思う。
「メンタル・モデル」と「チーム学習」はともに、「議員間討議」を機能させるために必要な前提条件だ。「議会基本条例」で議員間討議を謳っていても、実際にうまく実施できていない議会が多い。議員、議会はこういうものだという「思い込み」は、それぞれの議会に良い意味でも悪い意味でもある。個人の議員としても、自分の思い込み、思考の癖は必ずある。
議員間討議を行うためには、自分自身が持つ、そうしたメンタル・モデルに気付き、それを保留して、現実に即したものか、目的の達成に役立つものかどうか、内省、検証する必要がある。また、それが行えるには、議会内で思う存分に腹を割って話す機会があるかどうか、そうした文化が議会にあるかどうかが重要だ。
「チーム学習」とは、組織として、探求、考察、内省を行うことで、自分達の意識と能力を共同で高めるプロセスのことを言う。それを実現させるためには、共感的な聴き方と内省的な話し方による「対話」が必要だ。議員それぞれが自身のメンタル・モデル、議会のメンタル・モデルに気付き、手放すことが無ければ、議員間討議は成立しない。質の高い議員間討議を実現するには、議員相互の理解を深め、日々の「チーム学習」「対話の筋トレ」は欠かせない。
議会改革第2ステージで目指す、政策サイクルを回し、政策提案ができる議会になるためには、地域の課題を「システム思考」で捉えることは不可欠だ。システム思考とは、現実の複雑性を理解するために、物事のつながりや全体像を見て、その本質について考える思考法だ。これまでの議会、行政の政策の議論は、原因と結果を単純な線形で考え、世の中には正解がある前提で、それを実行すれば解決するという単純な考え方がほとんどだったと思う。しかし、複雑性が高まった現在、良かれと思って実施した政策が意図と異なる結果を生じる場合も多い。
システム思考の考え方の基本になるのは、自分自身も無意識のうちに問題を生み出し、その原因となっているという考え方である。これは従来の、議会はチェック機関であればよいという考えには相入れない。議員も地域の課題の主体だ。システムの一部として課題の原因でもあり、その解決の大きな責任を担うということである。
議会改革第2ステージ「学習する議会」を目指して
マニフェスト大賞の授賞式で、グランプリを受賞した犬山市議会のビアンキ・アンソニー議長は、受賞のコメントで以下のように話している。
「マニフェスト大賞の場が一番大切なのは、お互いに学び合えること。それにより議会のレベルが上がる。犬山市議会もレベルアップのために活用したい。これからの時代、一人の議員の活動も大事だが、議会として力を出せないといけない。そのためには、市民参加を進め、議員間討議を活用し、政策提案できるようになる。その結果として市民の希望に近づく」
これは、「議会改革第2ステージ」の議会のあり方を分かりやすく語っている。それは、正に「学習する議会」になることである。
理論物理学者のアインシュタインは、「われわれの直面する重要な問題は、その問題を生み出した時と同じレベルの思考では解決できない」と言った。議会改革第2ステージも、思考のパラダイムの変換が必要だ。そのヒントになるのが「学習する議会」の概念だと思う。今後とも、その理論化と実現の方法論を考えていきたい。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。