【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第72回 「OST」で高校生の主体化と自己組織化に挑戦~牧之原市の「地域リーダー育成プロジェクト」 (2018/4/27 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第72回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
牧之原市の「地域リーダー育成プロジェクト(CLIP)」
静岡県牧之原市では、2005年に西原茂樹前市長が当選以来、これまで「対話による協働のまちづくり」の取り組みを本気で実践してきた(第38回)。筆者もその取り組みに10年間伴走してきた。その牧之原市が、2015年度から取り組んでいるのが、市内の県立高校(榛原高校、相良高校)等と連携した「地域リーダー育成プロジェクト(以下CLIP クリップ)」である。
「CLIP」は、高校と地域が連携し、地域を理解して愛着を深め、より地域に誇りを持つ人材を育成するとともに、行政や大学など、地域とのつながりを密にし、将来、地域を担う人材や地域の課題解決に貢献する人材を育成する取り組みだ。大人が高校生に何かを教えるのではなく、大人との「対話」の場を通して高校生に何か新しい気付きを感じてもらう、そんな場がCLIPである。
初年度の2015年度は、対話を知るということで、プロのファシリテーター(津屋崎ブランチ 山口覚さん)の協力で、高校生と地域の大人との対話の場を作り、高校生が対話を体験し、その効果を実感してもらった(第41回)。
2年目の2016年度には、運営組織の立ち上げを行った。高校生の自主性を育むため、これまで牧之原市が育成してきた「市民ファシリテーター(以下:市民ファシリ)」(第43回)と高校生有志、教員、市職員により、「学び合いの場デザイン会議」を立ち上げ、地域の大人とのワークショップ(「学び合いの場」)のデザインを考え、実践した(第58回)。また、プロのファシリテーター(津屋崎ブランチ 山口覚さん、フューチャーセッションズ 野村恭彦さん、日本ファシリテーション協会 加留部貴行さん、サステナビリテイダイアローグ 牧原ゆりえさん)によるファシリテーションの研修を、牧之原市民の高校生が通う市外の県立高校でも実施した(第60回)。
3年目となる2017年度は、「OST(オープン・スペース・テクノロジー)」という対話の手法に新たに挑戦した。高校生の「主体化」と「自己組織化」を促す為である。今回のコラムでは、2017年度の「CLIP」の取り組みを紹介するとともに、対話の方法論としてのOSTの効果について考えたい。
「OST(オープン・スペース・テクノロジー)」とは
「OST」は、「ワールドカフェ」等と同じ対話の方法論の一つである。重要な課題について関係者を一堂に集めて、参加者自らが解決したい、話し合いたいテーマを自発的に設定、自主的に話し合いを進めていく対話の手法だ。日本語で「自由会議」と訳す場合もある。参加者の主体性、当事者意識と、自己組織化能力を最大限に引き出すことにより、参加者が納得できる合意に到達できる様にするところに最大の特徴がある。組織開発コンサルタントであり、写真家でもあるハリソン・オーエンにより、1985年に開発されて以来、多くの国で広く活用されている。
OSTでは、自分が興味、関心ある課題を自己選択し、その課題に深く創造的に取り組む。人間は、基本的に関心を充足して生きたいと欲するものなので、自分が選んだ課題に取り組む時、情熱がみなぎり、主体性、当事者意識が生まれ、その結果として、新しい集合的洞察、知識、知恵を生み出す。また、場を管理することを手放すと、個の自発性が生まれ、自ずと全体の秩序が生み出され、自己組織化が起きる。「OST」は、組織や地域にとって、重要な課題を見極め、課題に取り組む情熱と関心とを表明させ、互いに学び合い、解決策を見出す一連のプロセスである。牧之原市の「CLIP」では、「OST」により、生徒にスイッチが入り、行動を起こす力をつける、そんな場になっている。
2017年度の「地域リーダー育成プロジェクト」の取り組み
「CLIP」の3年目の大きな変化として、「OST」に挑戦した以外にも、榛原高校の1年生の総合的な学習の時間に市民ファシリによる「対話を学ぶ授業」が正式に位置付けられたことがあげられる。これまでの2年間は、放課後の時間を使って、希望する生徒のみを対象に、ファシリテーションの研修会を実施していたが、2017年度から、「対話を学ぶ授業」が必修となったことになる。
研修は3回シリーズ、それぞれ、(1)ファシリテーションを知ろう、(2)15年後どんな大人になっていたいですか?、(3)グラフィック・ハーベステイング(第50回)をやってみよう、をテーマに開催された。その他、榛原高校の2年生、3年生や相良高校の生徒の希望者にも、放課後に同じ3回シリーズが開催された。
実践の場である「学び合いの場」は、8月から12月にかけて、全6回開催された。6回を通して、サステナビリテイダイアローグの牧原ゆりえさんの指導と、市民ファシリの支援をもらいながら、高校生の主体性を生み出す為、OSTの手法を活用したプログラム、プロセスデザインを行った。また、参加者の多様性を確保する為、「学び合いの場」には、高校生の他、中学生、大学生、市民や市内在勤の大人、市職員等にも参加してもらった。市内の企業には、市役所の担当者が出向き、地域の高校生の人材育成の意味からも積極的な協力をお願いしている。
高校生が主体的に運営に関わった6回の内容と参加者の内訳は以下の通りである。
(1)日時:8月14日
内容:参加者同士の関係性を作ること。
参加人数:高校生28人、大学生2人、大人15人 (合計45人)
(2)日時:8月23日
内容:私たちの思いを実現するために貴方がやってみたいと思うことは何ですか。
参加人数:高校生44人、大学生7人、大人28人 (合計79人)
(3)日時:9月14日
内容:総合計画に位置付けられた4つのテーマ、「教育環境」「雇用環境」「住環境」「思いが実現できる地域づくり」についてどんな可能性があると思いますか。
参加人数:高校生46人、大人20人 (合計66人)
(4)日時:10月25日
内容:前回の4つのテーマについて、これから深めていきたい「問い」を出し合おう。
参加人数:高校生38人、大人23人、市外大人14人 (合計75人)
(5)日時:11月25日
内容:プロジェクトを作るとはどういうことか皆で学ぶ。お互いのアイデアを膨らませ、助け合うプロセスを学ぶ。
参加人数:高校生19人、大人25人、市外大人14人 (合計 58人)
(6)日時:12月15日
内容:プロジェクトを深めまとめること。「自分にとっての学び」を振り返ること。
参加人数:中学生1人、高校生24人、大人21人、市外大人11人 (合計57人)
6回の「学び合いの場」を通して、以下の15のプロジェクトの種が生まれた。
- 学生と地域のつながりを深める。
- 外国人と高校生の交流の場を設ける。
- 牧之原の1エリアを英語しか使えないまちにする。
- 地域医療について理解を深めてもらう様な医療講演会をする。
- 地域の魅力を発信する。
- 茶畑の茶摘み体験を目玉に県外からの観光客を集める。
- 海外に行き外国人を静岡に連れてきて観光地を案内する。
- 市民ファシリテーターの皆が儲ける方法を考える。
- 初めて会う人と気楽に話せる様になる環境を作る。
- 校則を変える。
- 何かをしてみたいと思った時に、その何かを探せる情報提供のシステムを作る。
- 地域のママのお手伝いをする。
- まちの高校生を集めて対話のサロンを開く。
- 共通の意見を持つ人で団結して、何かを実現する。
- 皆から出た探求型の問いについて探求する場を作る。
以上の15のプロジェクトである。
今後、行政は、策定予定の総合計画の実施計画に高校生の意見を盛り込み、事業の予算化を視野に入れるとともに、高校生は、それぞれのプロジェクトのプロジェクトリーダーを決め、プロジェクトを支援するステークホルダーを巻き込み、アクションにつなげていく予定である。中には既に動き出しているプロジェクトもあり、「12.地域のママのお手伝いをする」のチームは、1月に「高校生と親子たちのゆる~い交流会」を開催し、高校生と子育て世代のお母さん達が協力し合って料理を作り、交流、意見交換を始めている。これも「OST」により高校生の「主体化」が図れた結果である。
「地域リーダー育成プロジェクト」の効果と今後
静岡大学大学院学校組織開発領域に所属する静岡県立富士宮東高校の小林佐知子教諭は、「CLIP」の学習効果を測る為、いくつかの調査を実施している。2017年10月に実施された「地域社会における高等学校の在り方に関する調査」(対象:牧之原市民及び市内事業所勤務者 150人 内有効回答130人)によると、榛原高校生に期待することとして、地域を知る、地域の将来を担う、地域の住民とつながるという他、コミュニケーション力、広い視野を持つ力、主体的に課題を見つけ解決していく力が挙げられている。
12月に行われた「榛原高校のカリキュラムに関する調査」(対象:榛原高校1年生、2年生 計452人 有効回答数452人)によると、「CLIP」に参加した生徒は、榛原高校地域連携協働委員会が21世紀型能力として掲げる、「言語・数量スキル」「表現力」「論理的思考力」「課題設定・解決力」「社会参画力」「協働力」「他者理解」の7つの項目すべてが伸びたというアンケート結果が出ている。その中でも「他者理解」「協働力」「表現力」が伸びたと実感する生徒が多いようだ。
自分の考えを対話を通して形成し、目標を共有しながら他者と協力して課題解決に向かう中で、当事者意識をもって参画する力が身に付いた結果である。また、参加する回数が多ければ多いほど、「社会参画力」が身に付くという数字も出た。小林教諭は、調査を基に、「CLIP」は、「対話」を通して異なる他者と協働し、「行動を起こす力」(社会参画力)を高校生が身に付けることができる貴重な場であると結論付けている。また、地域連携・協働を充実させる為には、部活動や学習とのバランスを考える必要がある。「社会総がかりの教育」の実現が課題とまとめている。
今後も、牧之原市では、「地域リーダー育成プロジェクト」を地方創生実現の鍵になる事業と位置付け、継続していく。2018年度は、前年度に生まれたプロジェクトを総合計画の実施計画に位置付け、予算化、高校生と大人が協働で事業を実施するステージに入る。
榛原高校でも、「対話を学ぶ授業」を続けていくと、2019年度には、全生徒が「対話」とファシリテーションに触れることになる。1年生で、ファシリテーションやグラフィック研修を受け、「学び合いの場」での大人との対話を通して、気付きと主体的なアクションにつなげる。2年生は、「学び合いの場」を通じて、地域の課題解決のプロジェクトに大人と一緒に取り組む。3年生では、プロジェクトの更なる推進と、新たな地域課題の発見、解決に取り組んでいく。そして卒業生は、OB、OGとしてそれぞれの関わり方で地域づくりに参加する。こうした流れが定着すると、「牧之原市の市民力」の底上げが確実に実現することになる。
地方創生、18歳選挙権の文脈で、高校生と地域の連携、「高校生×地域」の取り組みが、全国に広がり始めている。嬉しいことではあるが、問題は、その取り組みの質と出口だと思う。高校生に地域の課題を分析させ政策提案を行ってもらうことは、悪いことではないが、高校生だけで考えさせた場合、視野の狭い思い付きのフラッシュアイデアしか出てこない。また、テーマが先生や自治体から与えられた場合、高校生にとっては受け身となり、やらされ感になる。ただ単に政策提案だけさせて終わった場合にも、プレゼンの練習にはなるのかもしれないが、地域に参画している思いの醸成は難しい。
その点では、前回のコラムで紹介した松本県立松本工業高校の松本市議会と連携した「リアル請願」の取り組みは、実際のまちづくりに反映される為、地域への参画意識を実感できる(第71回)。また、今回の牧之原市の「CLIP」は、「OST」での対話を通して、高校生の「主体化」と「自己組織化」が図れている。こうした取り組みが全国に広がってほしい。
◇ ◇ ◇
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。