【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第43回 市民をまちづくりの主役に~牧之原市における市民協働ファシリテーターの実践 (2016/3/24 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第43回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「市民をまちづくりの主役に~牧之原市における市民協働ファシリテーターの実践」をお届けします。
「フォーラムまきのはら」の失敗がスタート
このコラムで、何度も紹介している静岡県牧之原市で行われている、「対話による協働のまちづくり」(第38回「対話が創る地方創生」)も、スタートから順風満帆だったわけではありません。様々な試行錯誤があり、今の姿があります。
2005年10月、西原茂樹市長が当選した時のマニフェストには、「市民参加と協働の推進」が掲げられていました。2006年4月、協働の取り組みの最初として、「フォーラムまきのはら」が立ち上がりました。約100人の市民が参加し、子育てや健康福祉、環境、まちの活性化など7テーマの検討グループによる話し合いが始まりました。
最初のうちは、たくさんの市民が集まっていましたが、テーマに対して関心が高く専門的な知識を持つ人や、声の大きな人の発言がその場を占めるようになり、発言できない一般的な市民の参加が少なくなりました。その後、発言していた人も、話を聞いてくれる人が少なくなったこともあり、参加しなくなるようになりました。今考えると、話し合いの場の持ち方、進め方が悪かったということです。「百人会議」のような市民参加の場を設けたものの、うまく機能しない自治体の典型的なパターンです。
そんな状況の中、2007年市長のマニフェストを市民主導で評価する「市民討論会」を開催しようということとになりました。その中心となる市民メンバーが、「会議ファシリテーション普及協会」の釘山健一さんから、話し合いを進めるスキルであるファシリテーション、ワークショップのやり方を学ぶことになりました。そこが大きな転換点となり、牧之原市の市民との対話の場「男女協働サロン(以下サロン)」が生まれました。その場を運営する「市民協働ファシリテーター(以下、市民ファシリ)」がまちづくりの担い手となった瞬間です(マニフェスト学校「マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり 前編」)。今回のコラムでは、牧之原市の市民ファシリの実践から、まちづくりの現場で、ファシリテーターをどのように育て、活用していくかを考えたいと思います。
『自治基本条例』で対話の場と人材育成を位置付ける
「対話(ダイアローグ)」とは、「討論(ディベート)」のように互いの立脚点を明らかにし、相手を論破するのではなく、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得る、そんな話し合いのやり方です。「フォーラムまきのはら」は、対話の場ではなく、討論の場になっていたのだと思います。
対話の効果は、参加者の気付き、関係性(つながり)の構築、そのプロセスの中での腹落ち、合意形成、前向きな次へのアクションなどがあります。また、対話を効果的に行うには、話し合いを促進させるファシリテーションのスキルが必要になります。英語のファシリテート(facilitate)の意味は元々「促進する、円滑にする、スムーズに運ばせる」というものです。ファシリテーションを定義すると、「話し合いにおける相互作用を促進させる働き」となります。簡単にいうと、話し合いを上手に進めるコツ、会議の交通整理を行うスキル、とでもいえるでしょうか。牧之原市での対話の場がサロンであり、その場の運営を担うのが市民ファシリです。
2011年10月から施行されている牧之原市の『自治基本条例』の第14条には、「自由な立場でまちづくりについて意見交換できる対話の場の設置」と「協働のまちづくりを進めるための人材の育成」が規定されています。サロンと市民ファシリは、条例に基づく取り組みということになります。本気で、対話とファシリテーションを地域に定着させるには、条例によるルール化、決意表明も必要になります。
様々な対話の方法論を学ぶ
牧之原市では、前述の通り「会議ファシリテーション普及協会」の釘山さんから、最初にファシリテーションを学びました。参加者の主体性を引き出すためには、会議は思いっ切り楽しくなければならないという考えが釘山さんのファシリテーションのベースにあります。そのため、会場の飾りつけにもこだわります。釘山さんから教えてもらった会議の3つのルール、(1)自分ばかり話さない、(2)頭から否定しない、(3)楽しい雰囲気を大切にする、は今でも牧之原のサロンの会場に貼り出されています。まずは話し合いへの参加を促す、そのためにも楽しい場を作り、参加者の関係性を構築することを目指したファシリテーションを取り入れました。
サロンを重ねるうちに、市民ファシリの中には、質の高い話し合いの場を作りたい、そのためには、様々なファシリテーションのスキルを身に着けたいという気持ちが芽生えてきました。
2012年7月、市内の10の小学校区ごとに結成した「地区自治推進協議会」のうち、津波が想定される沿岸5地区で、地区ごとの防災計画を策定することになりました(マニフェスト学校「マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり 後編」)。話し合いの結果を、計画などのアウトプットとして出すためのファシリテーションが必要になりました。牧之原市では、「世田谷トラストまちづくり」の浅海義治さんからワークショップを進める上での3つのデザイン力を学びました。どのような人、団体に対話の場に参加してもらうかといった「参加形態のデザイン」。実際の話し合いやワークショップの進め方や運営方法を決める「プログラムのデザイン」。そして、単発のイベントで終わらせるのではなく、計画作りといった目的を達成するための一連のフローを考える「プロセスのデザイン」の3つです。
ワークショップの目的は、良いアイデアを出すこと、計画を作ることだけではありません。出てきたアイデアを実行しようと参加者が立ち上がることです。ファシリテーターには、話し合いを上手に整理するだけではなく、参加者に気付きを起こさせ、行動につなげるスキルが必要になります。そうした問題意識から、牧之原市では、「フューチャーセッションズ」の野村恭彦さんから、対話をアクション、そしてイノベーションにつなげる方法論を学んでいます。特に、未来志向(バックキャステイング)の考え方、実行力のある多様なステークホルダーを集めるワークショップの「問い」の重要性、問いのオーナー(問題提起者)の思いと本気さなどが、市民ファシリの新たな気付きになっています。
2015年10月から始まった県立榛原高校との「地域リーダー育成事業」(コラム第41回「地方創生に向けた学校と地域との連携・協働の在り方」)がきっかけで、市民ファシリは、「津屋崎ブランチ」の山口覚さんから、「ワールドカフェ」という対話の手法を学びました。ワールドカフェとは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中、小グループ単位で、参加者の組み合わせを変えながら、自由に対話し、話し合いを発展させていくワークショップの進め方です。計画、行動といったアウトプットとはまた違った、参加者の心の変化、気付き、アウトカムを意識するようなファシリテーションのやり方です。
そのほか、「サステナビリティダイアローグ」の牧原ゆりえさんからは、「グラフィックハーベスティング」というファシリテーションの手法を習いました。グラフィックハーベスティングとは、対話の内容を文字だけではなく絵を含めて記録し、対話から生まれた成果を振り返り共有し、次へのアクションにつなげていこうとするものです。牧之原市が取り組んでいる公共施設マネジメント(コラム第42回「地域の公共施設のあり方を市民との対話で考える」)では、グラフィックの研修を受けた市民ファシリが、当日の会場でのグラフィックレコーデイングのほか、配布やまとめ用の分かりやすい資料の作成などに大活躍しています。
地域の状況と目的によって使うファシリテーションが変わる(コラム40回)ことは、市民ファシリが学びを続けることにより、分かってきたことでもあります。
若者をまちづくりに巻き込む「茶々若会(ちゃちゃわかい)」の取り組み
2014年5月、若手の市民ファシリを増やし、新しいサロンの担い手になってもらおうということで、20~30代の「茶々若会」が発足(メンバー30人)しました。地区長から推薦を受けた地域の若手が研修を受け、2015年度から、市内の10地区のまちづくり計画の策定、実践である「地域の絆づくり事業」のファシリテーションを担っています。茶々若会の一人池ヶ谷さんは、家業の農業を継ぐためにUターンしてきた若者です。農業とファシリテーターの「兼業ファシリ」で、堂々とメインファシリテーターを務めています。
また、子育てママの絹村さんは、最初は嫌々参加していましたが、グラフィックの研修で開眼。今では、牧之原のサロンでは、絹村さんのグラフィックは欠かせません。まちづくりへの若者の参加が少ないことが全国的な課題になっています。そんな中、あえて若者だけの組織を作り、実際にまちづくりのファシリテーター役を務めていることが評価されて、茶々若会は、2015年の第10回マニフェスト大賞で優秀マニフェスト賞(市民)を受賞しています。
成功の要因は学びと実践の連動から
2016年3月現在、牧之原市にはまちづくり協働ファシリテーターと呼ばれる市民ファシリが37人います。市民ファシリは、牧之原市のまちづくりの重要な担い手になっています。自治体として、職員向け、市民向けにファシリテーションの研修を行う自治体はたくさんあります。しかし、なぜ、牧之原市のような市民ファシリが生まれてこないのか。それは、研修の学びと実践がつながっていないからだと思います。
牧之原市の場合、研修を受けた市民ファシリは、すぐに実践の現場であるサロンに出ることになります。いきなりメインファシリテーターは難しいかもしれませんが、司会、緊張をほぐすアイスブレイク担当、テーブルファシリテーター、グラフィッカー等、できる役割から任されていきます。学びを実践に連動させなければ、せっかく学んだ道具もさびてしまいます。また、レベルに合わせた様々な学びの場を提供することも必要です。
牧之原市の実践は、市民ファシリがまちづくりの主役になれることを実証しています。市民ファシリが中心を担う、対話による協働のまちづくりの取り組みが、全国に広がってほしいと思います。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
- 早大マニフェスト研究所 連載記事一覧
- 第42回 公共施設のあり方を市民との「対話」で考える~牧之原市の公共施設マネジメント
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