【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第71回 松本市政史上初、「請願」で高校生の声を市議会に!~長野県立松本工業高校の取り組みから (2018/3/14 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第71回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
高校生にも保障されている「請願権」
憲法16条では、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止、又は改正その他の事項に関し、平穏に請願をする権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と、国民の請願権について保障している。
請願とは、公の機関に対して要望を述べる行為である。請願法によると、請願する者は、氏名、住所を記載し、所管の官公庁又は内閣に文書の形で請願することになっている。請願権は、憲法15条が保障する参政権とともに、国民の意思表明の重要な手段である。
2016年の公職選挙法改正で、選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられた。18歳に達した高校生が参政権、選挙権を持つことになった。しかし、請願権には年齢制限がなく、18歳未満の高校生も権利主体になる。高校生に認められた請願権を活かした高校生の地域参加の取り組みが、2017年の第12回マニフェスト大賞最優秀シチズンシップ推進賞を受賞した長野県立松本工業高校の取り組みだ。
松本工業高校 有賀久雄先生の思い
長野県立松本工業高校の社会科教師の有賀久雄先生は、「民主主義を担う良き市民を育てたい」という思いから、高校社会科教師になった。若者の低投票率の問題に危機感を感じ、2000年の長野県知事選挙から模擬投票を実施してきた。20歳になったら授業を思い出し投票に行ってほしい、という思いからだ。
模擬投票といっても、架空の候補者や政党に対する投票ではなく、実際の選挙の際に実際の候補者、政党に対する模擬選挙に拘っている。リアルな選挙で模擬選挙を行うと、生徒の取り組みの姿勢とその後の政治への関心が断然違う。
18歳選挙権の実現により、これまでの模擬投票の取り組みを一歩進めようとしたのが、模擬請願の取り組み。有賀先生が2008年、視察先のノルウェーで知った「学校報告」制度(国会議員が地元小学校を訪れ国会報告と子どもの質問に答える)も大きなヒントになった。今回の取り組みは模擬請願を目指していたが、松本市議会の全面的な協力により、模擬請願ではなく、本物、リアルの請願になった。
議員との交流授業から「リアル請願」へ
松本市議会からの高校生との交流ができないかとの相談から、2016年12月、1年生の「現代社会」の授業に松本市議会交流部会の議員を招いた。議員からの、(1)松本市議会のあらまし、(2)議員は普段どんなことをしているのか、(3)明日からできる政治参加(陳情、請願の方法)の説明の後、高校生と議員との意見交換が行われた。
その後の授業では、交流授業で出た質問や要望を振り返る形で話し合いを行った。その結果、「公共交通の充実」と「自転車利用者の問題」の2点に意見が集約されることになり、有賀先生の後押しもあり、中心となる生徒5人で請願書の作成を行った。
2017年2月21日、松本工業高校の生徒は、2つの請願書を松本市議会に提出した。1つは、「高校生や高齢者など交通弱者に配慮した、公共交通の充実を求める請願書」。高校生が多く利用するアルピコ交通上高地線の朝の混雑解消のための増便。同路線を利用する高校生の運賃補助等が挙げられている。
もう1つは、「自転車利用者に優しい街づくりを求める請願書」。自転車専用レーンの安全確保。中心市街地の無料駐輪場設置を求めている。両方とも、鉄道や自転車を通学で利用する高校生の切実な思いである。
松本市議会では、「議会基本条例」の第6条、「議会は、市民が議会活動に参加する機会の確保に努めなければならない」の規定に基づき、委員会審査時に陳情、請願者の趣旨説明の機会を設けている。それにより、高校生は同年3月10日、市議会建設環境委員会に生徒だけで出席して、電車運賃や自転車専用レーンの実態を自分の言葉で説明。説明後に、議員が請願者である高校生に質疑を行った。
委員からは、「一般市民にとっても切実な問題だ」「若者の視点からの街づくりの提言を尊重したい」等の発言があり、全会一致で本会議に送られ、本会議でも採択された。松本市政史上初の高校生請願になった。リアル請願は、高校生だけで行うのは難しい。有賀先生の様な積極的な高校の先生や、松本市議会の様な若者の意見を議会に反映させたいという本気の議会の協力があってこそ実現できる。
「地方自治は民主主義の学校」
請願が採択されたということは、議会の意思であり、重いものだ。もちろん、首長執行部も必要な措置を取らなればならない。松本市でも高校生からの請願を受けて、中心市街地商店街の無料駐輪場は場所の選定段階に入り、また高校生への通学費補助も2019年度での実施を検討中とのことだ。
「地方自治は民主主義の学校」という有名な言葉がある。これは、イギリスの政治家ジェームス・ブライスによるものである。我々に身近な地方自治は、主体的に参加することによって、民主主義の運営についての基本的な事柄を学び、政治や行政に関する素養を身につけることができる学校になるということだ。請願書提出は、選挙権がまだ無い高校生にとって、政治、行政、地域に関心を持つ大きなきっかけになると思う。松本工業高校のリアル請願の取り組みは、正に民主主義の学校である。
有賀先生は、孔子の『論語』から次の言葉を語る。
「後世畏るべし、焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」
(若者こそ畏敬すべきである。未来を生きる若者が私たちより劣っているなどとどうしていえようか)
◇ ◇ ◇
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。