【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第41回 地方創生実現に向けた学校と地域との連携・協働の在り方~静岡県牧之原市と県立榛原高校との「地域リーダー育成プロジェクト」から (2016/3/15 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第41回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「地方創生実現に向けた学校と地域との連携・協働の在り方~静岡県牧之原市と県立榛原高校との『地域リーダー育成プロジェクト』から」をお届けします。
地方創生実現に向けた学校と地域との連携・協働の在り方
2015年12月、中央教育審議会(以下:中教審)から、「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」の答申が出されました。その中では、時代の変化に伴う学校と地域の在り方として、子どもたちを社会の主体的な一員として受け入れることが記されています。そして、子どもも大人も含め、より多くの、より幅広い層の地域住民が参画し、地域課題や地域の将来の姿などについて議論を重ね、住民の意思を形成し、様々な実践へつなげていくことが重要だと書かれています。子どもと多様な大人が、未来志向で地域の姿を語り合う場が必要だということだと思います。
また、地域における学校との協働体制について、高校生などが地域の商店街、企業、NPOなどの団体、地方公共団体などと連携し、地域課題の解決に参画する取り組みが進めば、キャリア教育の推進や地域貢献にもつながるとともに、地域に愛着を持ち、自分が学んだ地域で働きながらその地域を活性化していくことにつながっていくことも期待される、としています。
答申が示すありたい姿が実現すると、地域に誇りを持ち、将来的に地域に帰ってくる子どもたちが増えるということです。地方創生が目的とするところの人口減少の克服に寄与することになります。しかし、答申が目指すレベルで、学校と地域が連携・協働し、成果を上げている地域はまだまだ少ないと思います。
岐阜県可児高校の事例から分かる学校と地域との連携・協働の効果
数少ない成功事例としてあげられるのが、本コラムの第37回「議会と高校生が創る地域の未来」で紹介した、岐阜県可児市議会が行う県立可児高校との「地域課題懇談会」だと思います。地域課題懇談会とは、議会のネットワークを活かし、医師会、銀行協会など各種団体の協力を得て開催される、若い世代、高校生の意見を聞く場です。
その高校側の仕掛け人である、可児高校の浦崎太郎先生(中教審生涯学習分科会学校地域協働分科会専門委員)は、高校生が大人と一緒に地域課題の解決策を探る学びの場は、課題解決に対する直接的な貢献度は低いが、地域課題に対する理解や当事者意識が高い市民の育成には効果があると話しています。また、医療や起業など、難度の高い地域課題の解決に必要な高い実力を大学などで身に着けて帰郷(Uターン)する専門人材の育成という面でも、地域づくりの先行投資として期待できる、としています。
私も大学の教員として日々感じていることは、両親、学校の先生以外の大人との接点がほとんどない学生が増えているのではということです。子どもの遊び方が変わったことなどもあり、地域の多様な大人との接点が不足し、社会、地域のイメージができず、将来の目標、学ぶ目的が明確にならない。そんな問題意識から、私は、学生たちが地域の大人と、本気で触れ合える場を数多く提供することを意識しています。
今回は、静岡県牧之原市が中教審の答申が出る前の2015年10月から、地方創生先行交付金などを活用しながら、市内の県立榛原高校と実施している「地域リーダー育成事業」を紹介し、学校と地域との連携・協働の在り方を考えたいと思います。
牧之原市の「地域リーダー育成プロジェクト」事業
牧之原市の「地域リーダー育成事業」の目的は、学校と地域が連携・協働し、地域を理解し愛着を深め、より地域に誇りを持つ人材の育成を推進するとともに、行政や県内大学(静岡県立大学)等地域とのつながりを密にし、将来、地域を担う人材や地域の課題解決に貢献できる人材を育成することです。牧之原市は、このコラム(第38回:対話が創る地方創生)で何度か紹介してきたように、西原茂樹市長のリーダーシップにより、これまで対話による協働のまちづくりを積極的に推進しています。今回の事業でも、牧之原市が大事にする「対話」の基本原則、スキルとしての「ファシリテーション」が十分に取り入れられています。
この事業には、希望する榛原高校の高校生15人、静岡県立大学の学生10人がエントリー、牧之原市の市民ファシリテーターの皆さんなど地域の方にも参加し、全5回の日程(授業終了後の放課後)で開催されました。
まず、第1回目は、牧之原市で行われている対話の場「男女協働サロン」を体験してもらう意味で、会議ファシリテーション普及協会の小野寺郷子副代表によるファシリテーションの研修会を開催しました。参加した高校生には、「全員に発言してもらう」意味やスキルの学びを通して、「楽しい会議」を作り上げていくことに興味を持ってもらいました。
第2回目は、この事業の趣旨を理解してもらうために、西原市長による対話型の講演会「地域に夢を持とう~The Power Comes From Inside~」が行われました。一方的に聞くだけではなく、牧之原市の過去、現在の話から、20年後の未来を、大学生、高校生が一緒に考えました。高校生は地元を再確認、大学生は牧之原市を知ることができる貴重な場になりました。
第3~5回は、福岡県福津市で「まちづくりファシリテーター」とし活躍する津屋崎ブランチの山口覚さん(コラム第36回:対話をプラットフォームにした地方創生のカタチ)にファシリテーターを務めてもらい、高校生、大学生、地域の大人による対話の場が展開されました。山口さんは、4~5人の少人数で席替えをしながら対話を行う「ワールドカフェ」の手法を使い、感じたこと思ったことをクラフトペーパーに直接メモ書きしてもらいながら、ワークショップを行いました。
第3回は、「15年後にどんな大人になっていたいか?」「なりたい大人になるために必要な場、人、経験とは?」の問いで話し合いました。参加者の心得として、「否定せず話を聴く」「断定しない」「沈黙を歓迎する」「あっ!という気持ちを大切に」「落書き、メモをする」の5つが示され、大人にはさらに、「説教しない」「同意を求めない」「経験のみ語る」の3つのルールが追加されました。
対話の中で、高校生からは「将来の選択肢をもっと知りたい」「世代間がつながる場が欲しい」「役に立つ人について考えることが大事」などの意見が出されました。大人からも、「自分たちの持っていない意見が高校生から聞かれた」など新鮮だったという感想がたくさん出ました。
第4回は、「なぜ多くの若者は都会で暮らしたいと思うのか?」「戻りたい地域とは?」の問いで対話を重ねました。高校生からは、「東京は選択肢が多い、広い世界を知ってみたい」「地方はモノがなくても人の温かみがある」「都会には何でもあるが誰かが作った上に乗っているだけ、田舎には何もないが、ゼロから創れる」などといった意見が出ました。高校生と大学生と地域の大人が、地域の良さを再確認する場になりました。
第5回は、「地域で役立つ人になるにはどんな力が必要か?」「新しい発想による新しい仕事を考えよう!」の問いが投げかけられました。特に2番目の問いを考えるヒントとして、発明、発想の仕方が提案されました。組み合わせ法(○○×□□のように、あまり関係なさそうなものを組み合わせて新しいアイデアを出す方法)です。「植林×登山」、「公共×マルチ商法(マルチ商法の手法で良いことをどんどん広める意)」など、多彩なアイデアが出てきました。
5回のプログラムを終えて、榛原高校の高校生からは、「違う世代と話すことにより価値観が変わった」「広い世界が知ることができた」「1人ひとりの考えだけでは限界があることが分かった」といった感想がありました。大人からの感想も、「若者の話を聞いていると未来が明るくなる」「多様な人が集まる場はパワフルだ」と前向きに評価する意見がほとんどでした。私も1人の大人として、第3回と5回のワールドカフェに参加しましたが、高校生が、正解のない問いに対して一生懸命考え、大人や他の人の意見から、自分の意見を深めていく様子を直に見て、対話の可能性を感じることができました。
縦割りを乗り越え学校と地域との連携・協働を
高校生段階での市町村の担い手育成は、これまで見過ごされてきたと思います。原因は、高校を所管する都道府県と市町村の縦割りの壁です。また、そこには、総務省と文部科学省、首長部局と教育委員会、住民自治と社会教育の大きな壁もあります。中教審の答申は、その壁を乗り越える意欲を示したものだと思います。
可児高校の浦崎先生も、これからの時代、学校外の多様な人々とともに、子どもや若者の成育環境を編み直していく作業が必要だと訴えています。子どもと多様な大人との「対話(ダイアローグ)」の場が必要になります。また、その対話の場の運営にも工夫が必要です。地域の状況と目的によって対話の場を運営するファシリテーションの手法は変わってきます(コラム第40回)。高校生と大人との対話の場では、参加した高校生の心の変化、アウトカムを意識して、何かが生み出され、参加者を勇気づける山口さんのようなファシリテーションが必要になります。
可児市議会や牧之原市の取り組みが1つの既成事実になり、学校と地域との連携・協働が全国に広がることが、地方創生にとって、成果が出るまで時間は掛かりますが、レバレッジの効いた効果の大きい手法だと思います。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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- 第40回 地域の状況と目的によってファシリテーションは変わる~協働のまちづくり4市合同研究会
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