【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第59回 コロナ禍の中で挑戦する防災へ (2021/1/14 青森県三戸町役場総務課防災危機管理班長 上田義貴)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
人材マネジメント部会での気づき
2018年1月早稲田大学大隈記念講堂のステージで、青森県三戸町から初参加した私たちは、ついに全国の自治体から選出されるエキシビジョンマッチへ臨みました。私たちの1年間の活動テーマは「『称賛』と『対話』」でした。
『称賛』は、職場の雰囲気を少しでも良くしようと、褒め合う文化を定着させるため、庁舎内に「称賛コーナー」を設置しました。模造紙にりんごの木を描き、りんご型の付箋に、職員が相手に感じた仕事や地域活動に対して褒め称えることを記載し、三戸町の特産であるりんごを付箋で多く実らせるよう取り組みました。
大人が大人を褒め合うことに抵抗感があったものの、自分以外の職員が、どのような仕事に取り組んでいるのかを知ることができるなど、情報共有の場となり、また、ミラーリング効果により、褒められた職員が自信を持って積極的に動ける土台ができ、職員同士がお互い好意を持って仕事をするようになったことで、職場の雰囲気に変化が生まれました。
『対話』は、「Next Generation Meeting」という非公式の対話の場を設けました。ワールドカフェ方式による対話は、いつもと違う雰囲気を醸成し、お互いの悩みを共有できたり、普段見ることができない職員の姿を見ることができました。また、公式の職員研修では、「問いかけカード」による「ストーリーテリング」を実践しました。
職員が自ら話す子どもの頃の体験談や力を入れている仕事や失敗談などのエピソードは、普段は聞くことができない本音や背景を感じることができ、職員間の壁を超えた関係性の構築が見られました。そして、この研修へ参加した職員の満足度は94.2%と高く、職員の笑顔が印象に残るものでした。
小さなアクションでしたが、大隈記念講堂で発表したあの日から、地域や組織の理想である「ありたい姿」を具体的にイメージし、それに向かって取り組んでいくという価値前提に、情熱を加えることで、「郷土に誇りを持ち、組織内での努力が称賛され、対話を通じた熱意と情熱が能動的な動きに変わる」という、組織のありたい姿に辿り着きました。
価値前提の考え方を大切にしていたつもりが…
三戸町内の中央部には独立した段丘があり、戦国時代にはこの段丘に三戸南部氏により三戸城が築城されました。城の周りには天然の堀の役目を果たす熊原川と馬淵川が流れ、三戸城は標高差90メートルを誇る天然の要害山城でした。今でもこの熊原川と馬淵川は私たちの生活に潤いと安らぎを与えてくれますが、大雨などによる増水時には、容赦なく牙をむくこともあります。
今年7月、大雨警報の発令により町内では降り始めからの雨量が160mmを超え、熊原川の氾濫が危ぶまれたことから、町では261世帯535人に避難指示を発令しました。新型コロナウイルス感染症の影響もある中で、命を守る行動は、感染症対策を含め、住民が安心して避難ができるよう準備をする必要があり、分散避難やソーシャルディスタンスの確保など、限られた資源をフル活用し最善を尽くしたものでした。
しかし、議会からは、不十分な対応と指摘をいただき、その時の都合で意思決定をする「事実前提」の考えであったことに気づかされました。意思を決定する場において、何を大切にして、何を目指すのかという「価値前提」の考え方で、お互いを尊重し合っているのか、誰かの気持ちを蔑ろにしてはいないか、あらゆる立場の人のことを想像し、納得が得られているのかを意識することが必要だと考えました。
町職員の9割が参加した避難所運営訓練
コロナ禍で町のあらゆる行事の中止が余儀なくされる中、今年7月に避難指示を発令している三戸町にとって、「三戸町避難所運営訓練」は実施すべき行事として位置づけられ、令和2年10月10日(土)に訓練を開催しました。
三戸町は過去5年間で毎年、風水害による避難勧告等を発令しており、コロナ禍での複合災害には、新しい避難所スタイルの構築が求められていました。発災時は、避難所を運営する職員対応の統一を図る必要があることから、全職員に参加を依頼したところ、約9割の職員が参加しました。
また、災害時応援協定を締結している団体に対して、感染予防策を踏まえ、実際の応援内容に沿って訓練に参加していただきました。その中で、包括連携協定を締結している八戸学院大学とは、職員に対する公衆衛生に関する講習会も開催でき、正しい手洗い方法を徹底することで、職員から感染者を出さない予防策を学ぶことができました。
今回の訓練は、飛沫感染を予防する高さ145cmの間仕切り段ボールの組み立てやAIサーマルカメラの自動検温により一般避難者と、発熱など感染の疑いがある人を区別し、感染疑い者を専用スペースへ誘導するほか、ウイルスから身を守る安全な防護服の着脱方法など、感染予防策を徹底した避難所運営を実践しました。この訓練を約9割の職員が体験し、複合災害対応をイメージできたことは大きな一歩となりました。
また、災害時応援協定団体とは、協定を締結して完了ではなく、締結後のつながりとして、訓練を通じた「協働」でお互いの役割を確認し、人と人とのつながりを深め、「共助」を紡ぎ出すことはとても大切だと感じました。
その他に、講評でご協力いただいた八戸市職員で、東日本大震災発生時に防災を担当していた館合裕之さん(防災士)は、「防災担当だけではない職員が、災害に対する心構えを共有した三戸町は、速やかな避難行動で多くの命を救った『釜石の奇跡』と同じように、今回の訓練を生かし、有事の際は迷うことなく行動を起こすことで、三戸の奇跡が可能だと感じた」と述べていただき、率先して避難できる場づくりの重要性を認識しました。
訓練後の振り返りと『対話』×『防災』への挑戦
三戸町と友好都市である静岡県牧之原市は、対話による協働のまちづくりを進めており、三戸町でも牧之原市を参考に、同市の西原茂樹市長(当時)を招いた「まちづくり人財塾」を2017年にスタートしました。閉塞感を対話で打破する戦略は、役場から議会、そして地域へ広がっており、「対話の場」の目的や参加者の考え、意見を共有することでその場が一体となり、批判的な意見でさえもポジティブな解釈に結びつけることができ、なにより、参加された方々の表情が変わってきたことを感じています。
避難所運営訓練における振り返り(アンケート)では、様々な意見が出されました。その中には「本格的な災害が発生した場合、交通が途切れ、役場の職員も被災する。住民が自分の命を自分で守る意識を持つことが最も重要だ」との意見があり、町職員だけではなく、それまで防災に関わる機会の少なかった住民も、自分事として安全なまちづくりの一役を担えるよう「対話の場」を設けることが重要だと感じました。
小さな声をも拾い上げる『対話』に、『防災』を掛け合わせることで、住民が、自分の命は自分で守るという行動を起こすきっかけとなることが地域のありたい姿であり、率先して避難できる避難所を準備しておくことは、『三戸の奇跡』に繋がるものだと確信しております。その奇跡を可能なものにすることが、今の私の情熱プラス価値前提への挑戦です。
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- ■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。