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【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】

第58回 一隅を照らす!介護保険負担限度額等更新手続きにおける3密を避けるための来庁不要への取り組み (2020/11/27 静岡市葵区葵福祉事務所高齢介護課係長 一瀬剛)

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「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。

   ◇

 3年前に当サイトに掲載した「下水道BCP(下水道業務継続計画)」の取り組みは、「管路部会」に「施設・調達部会」「本部運営部会」「環境づくり部会」が加わり、さらに2年間限定のプロジェクトチームも新たに設置される中、私はすべての設立や運営に携わりました。

 役職や年齢に関係なく、部内の多くの職員が自ら発案、行動するようになってきた中で、今後の展開への準備もしていたのですが、人事異動により後ろ髪を引かれる思いで2020年4月、葵区役所高齢介護課に着任しました。

コロナ禍の申請手続きを即断即決で変える

 着任早々、新型コロナウィルス感染症への対応を全庁的に重く受け止めている中で、ある業者から相談がありました。

「市役所に社員を行かせたくない。介護保険の申請手続に関する書類提出を郵送などで対応願えないか」

 当時、区役所では業者に対し、申請時に窓口まで来てもらうことを求めていました。即座に私は課内で係長職を兼ねるTさんと協議。取りまとめを行う課に報告し、1時間後には郵送による対応を受け入れると回答しました(後に、このTさんがキーパーソンとなります)。

 当然のごとく、この決定に他課からは「勝手なことをしないでほしい」という不満の声が挙がりました。

 新型コロナウィルス感染症の予防は市役所への来庁者(住民)の安心安全を守るためのものです。感染症の拡大は話し合っている間も待ってくれません。国難ともいえる時期の中、現場の即断即決は当然のことでした。

 また、私とTさんは異動したばかりで、職場にあった固定概念(ドミナントロジック)を知る前ということもあり、「ありたい姿」と「本来あるべき姿」を共通認識とし、行動できましたし、私の部下に早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会(以下「人マネ」と略)で学んだ職員がいたことも大きなことでした。

集合写真

一瀬さんと介護保険第1係、第2係の皆さん

住民の「3密」を避けるために

 介護保険制度では、6~7月が繁忙期になります。毎年8月1日に「負担限度額認定証(以下「負担限」と略)」と「社会福祉法人等利用者負担額軽減確認証(以下「社福減」と略)」の更新が行われ、葵区では両方合わせ延べ2500件弱の申請が集中し、例年多くの住民が短期間に窓口前に並びます。そうなるといわゆる「3密」を避けることはできません。

 「高齢者は窓口で書き方を教えないと大変」という固定概念も従来から残っていましたが、実際に窓口にお見えになるのは制度を利用する(要介護認定を受けている)高齢者ご本人であることは滅多になく、大半は親族(子や配偶者)です。配偶者が高齢の場合でも、申請手続きを理解できない方が来ることはほとんど無く、「高齢者は理解するのが大変」という前提も見直せるのではないか?と思い、この更新申請についてもこれまで以上に郵送提出を強くPRすることとしました。

 私はこの準備のため、以下の取り組みを行いました。

<1>5月末時点の目標

  1. 各更新事務における職場の現状を把握する。
  2. 特に今年度は否応なく「変化」が求められる。係員に自らがその変化の中にいるという意識を緩やかに浸透させる。

<2>手段

  1. 超短時間ミーティングの実施
  2. 庁内グループウェア内の共有フォルダに「係の部屋」を作成。各自の経験をデータで共有。

1の超短時間ミーティングは以下のルール設定で行った。

  • (1)1回の時間は概ね10分以内
  • (2)市役所の業務に関することなら誰が何について発言しても良い
  • (3)第一声を挙げたものがファシリテーター
  • (4)場所は自席で勤務時間内に行う

<3>意識したこと

  1. 緩急
    冒頭部分の業者からの相談への対応は「急」を要するもの(外発的動機付け)。
    繁忙期までの期間は「緩」を意識。外発的で急な変化は戸惑いや抵抗を生みやすい。変化の必要性を部下自身が内発的(動機付け)に気づくための時間。
  2. 参加意識
    職員の参加者意識を徐々に高めることと気持ちの準備の大切さは、下水道BCPの実務経験から得た学び。

<4>効果

  1. 昨年度までは係長と係員が1対1で相談していたが、係全員で話し合うことで多くの意見が出るようになり、係員の参加意識や係内の一体感が高まったとの声が出た。
  2. 年齢、経験年数を問わず、係員が自ら問題や疑問を発言し、解決に導くための行動を見せるようになった。

集合写真

 2011年度に参加した人マネでは、「ありたい姿と現状とのギャップが取り組むべき課題」と学びました。そこで私は次のように定義しました。

<1>ありたい姿

住民にとって本当に良い市役所とは「足を運ばなくても用が済む市役所」である。

  1. 3密の発生を防ぐため、窓口混雑を発生させない。
  2. 職員の疲労回復のため、更新時期に例年常態化している休日出勤を行わせない。

<2>現状

住民が来庁することが前提となっている。来庁した住民にとって親切、分かりやすい市役所を「良い市役所」と思っている。

  1. 繁忙期前期は窓口前に長蛇の列が発生(別室待機も実施)
  2. 更新時期は休日出勤が常態化
  3. 郵送提出率は25%

<3>取り組むべき課題

市役所に来なくても手続きできることをもっと広める。

  1. 郵送提出可能の周知方法を改良
    →勧奨通知の封筒にメッセージを載せるゴム印の作成
  2. 休日出勤前提業務という強い認識
    →休日出勤をしない方針の表明と進行管理を係長(私)が行う

<4>目標

  1. 繁忙期における郵送提出率50%(前年実績25%の倍に設定)
  2. 休日出勤しない
  3. 郵送でも十分できるという前例を作る

<5>意識したこと

  1. 効果を数値化する(郵送提出率、件数)
  2. 数値化できない場合は「できた」「できなかった」で評価する
  3. 結果について必ず理由を考える
封書

「窓口が大変混雑します。新型コロナウィルス感染予防のためなるべく郵送でご提出ください」と変えた勧奨通知

 6月上旬、両制度の更新対象者に勧奨通知を送付する時期になりました。従来は封筒の隅の方に「郵送でも提出できます」といった表記しかなかったものを、「窓口が大変混雑します。新型コロナウィルス感染予防のためなるべく郵送でご提出ください」と変えました。

 結果、郵送提出率は「負担限(葵区対象2,000件強)」が66%、「社福減(葵区対象400件弱))が40%。合計約2500件のうち約62%となり、目標を大きく上回るだけでなく、窓口混雑も最後まで発生しませんでした。

 受付体制は例年、窓口4名、フロア案内係と番号札係を各1名の計6名を交代制により実施していましたが、期間途中で窓口3名のみを交代制で実施することに変更したことで、残る3名をシステム入力や申請内容の審査業務に回せました。これにより、例年は時間外勤務で対応していた事務を勤務時間中に着手できるようになり、繁忙期間中の時間外勤務もおおむね20:30には終了し、全体で約20%の削減ができました。常態化していた休日出勤もゼロを達成。過去に在籍した職員も「休日出勤ゼロは記憶にない」と口を揃えました。

 住民からの苦情は1件もなく、むしろ「仕事を休んで区役所に行かずに済む。郵送提出は助かる」という声ばかり寄せられました。

 人マネで学んだ「何をやるのか?も大切だが、誰が言うのか?も大切」という教えは、下水道BCPを担当した当時から今に至るまで何度も思い出しました。

 異動したばかりだった私は、係員から手続き等を教わる毎日でした。その中でまずできることといえば、郵送提出への批判に対しては全て矢面に立ち、係員を守り切ることでした。

 また、行政は前例がないことに対し慎重になる傾向があるとすれば、その前例を作ろうと決意し、目標に挑む姿勢を貫きましたが、この時点で私にできることはこれくらいしかありませんでした。

 「係長行政」という言葉があります。行政組織を揶揄する言葉として使われることがある反面、組織における係長の重要性を示していると思います。事実、今回の郵送提出を強く推進できたのは係長職を兼ねるTさんと何度も対話し、共通認識を持てたことも大きな要因です。この拙文を全国の係長もお読みになるかもしれませんが、係長には現状を変えることができる大きな可能性があると記しておきます。

 この成果を「大きな業務改善」と言う方もいますが、まだ1回だけ郵送提出率が向上しただけです。継続させて初めて改善、改革だと思います。私は人マネと下水道BCPにより、実務を通して学んだことを活かしただけです。とはいえ今回の成果は、当課及び当係職員の真摯な姿勢抜きで語ることはできません。本当に感謝しています。

 今回の新型コロナウィルス感染症は、私たちの価値観や行動を大きく変える出来事です。不安や苛立ちがある中で、制約を受けながら皆が過ごしています。それでも地方行政は、市民生活の日常を途切れさせず、且つ地域の未来が明るいことも示し続けなければなりません。

終わりに

 例えば子どものための政策は、どこの部署にいても考えることができるのではないか(早稲田大学マニフェスト研究所 中村健事務局長)。

 転んでも起きれば良い。最初に思ったとおりの頂上に行かなくても継続すれば何らかのピーク(頂上)に行けるのではないか(新潟県 佐野哲郎幹事)。

一瀬剛さん

静岡市葵区葵福祉事務所高齢介護課係長 一瀬剛さん

 私は子どもと一緒に、地元や兵庫県、香川県などにプロスポーツチームの試合観戦に行きます。会場にいる目を輝かせる子どもたちの姿は、前回書いた目指すピークである「子どもたちが魅力を感じることができる社会の実現」という思いを私の中で改めて繋いでくれます。

 下水道BCPと介護保険の負担限、社福減の郵送提出は、業務としては直接関係ありませんが、私の歩みの中ではこれも繋がっています。今回のことも自由に考え、歩み続けたからこそ辿り着いたピークの1つです。

 次のピークが何か今はわかりませんが、社会の未来を担う子どもたちと若手職員に何かを残すために私は歩み続ける気がします。

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■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。
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