【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第31回 「使えて当たり前」を“変えない”ために~静岡市下水道業務継続計画(BCP)の取り組み (2017/5/25 静岡市上下水道局下水道部 下水道総務課 総務係 一瀬剛)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
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下水道は、家庭や事業所から出される汚水や生活排水だけでなく、雨水を処理する役割も担っています。もし下水管や処理場が使えなくなると、単に処理できないということだけでなく、いたる所に汚水があふれることで悪臭が発生しますし、地下水などを汚染することによる伝染病の発生もあり得るなど、公衆衛生を守るために大きな役割を担っています。
静岡市の下水道事業は、大規模な災害で職員、庁舎、設備等にかなりの被害を受けても、あらかじめ定めた優先度に沿って復旧作業や通常業務を実施できるよう、「業務継続計画(BCP)」を2011年4月1日に策定し運用を開始しています。そして2015年度には大幅な改訂をしました。
ご存知の方も多いと思いますが、静岡市は南海トラフ巨大地震で甚大な被害が予想される地域です。そして市内7カ所の浄化センターのうち5カ所が、静岡県第4次地震被害想定における津波浸水区域になっていることもあり、BCPの重要性は非常に高いものとなっています。
静岡市下水道部の取り組み
静岡市下水道部は2016年度から、災害拠点として建設された上下水道局新庁舎にて本格的に執務を開始しました。その直後に熊本地震があり、「21大都市災害時相互応援に関する協定」により熊本市に職員を派遣。部内の危機意識も高まり、BCPに沿った防災訓練を実施しました。訓練終了後に部員対象の下水道部防災訓練アンケートを実施したところ、「点検地図が分かりにくい」「備蓄資材の管理に改善が必要」「点検資材を増やせ」「本当にできるのか」といった、部員がBCPの有効性に疑問を持っていることを示す姿が浮かび上がりました。
このような声を解決し、BCPの有効性を高めるために1歩踏み出す2017年度、私が静岡市下水道BCPの主担当となりました。
何かを変えようとするとき、多くの場合、従来よりも上積みすることに取り組むと思います。しかし下水道は使うことができて“当たり前”です。今日も下水道を使うことができ、大雨による道路冠水や汚水が私たちの生活空間にあふれることを防ぐことができるという“当たり前”を“変えない”ことをずっと続けるための挑戦を始めることになりました。
BCPを考える部会設立
まず私はアンケートを再分析し、必要な物品の補充、調査用図面の改良、訓練方法の改善といった7項目に分類しました。これらの解決が急務と感じた私は、「BCP及び防災訓練検討部会」の結成することを部内で提案したところ、2017年度は管路部門に特化した「BCP管路部会」としての設立承認を受けました(「管路」とは、汚水や雨水を流す、地中に埋まっている管のことを指します。なお、BCPには浄化センターなどの「施設」への対策も含まれます)。
この部会には18人が参加し、役職も年齢も幅広い職員が集まりました。そこで部会員の意識を1つにするため、そして話し合いを円満に進めるために、5本の矢(ルール)を作り、これをメンバーと守りながら対話を進めることにしました。
BCPは地震や津波などが発生した際、早期復旧を目指し発動されますが、災害復旧のためにどのように運用していくのか、職員がどのような意識を持ち、訓練していくのか等、日頃から常にその内容をチェックし、改訂や更新を怠らないことも求められるもので、決して策定すればよいというものではありません。
しかし開催に先立ち職員からは、BCPへの意識や理解に対する疑問だけでなく、「BCPを決めただけになっている」、「職員に責任だけを課しているのではないか?」といった昨年のアンケート同様の厳しい声が寄せられました。
「大事なのは生き残ること」
また、私が感じていた内容以前に、認識をしなければならない大切なことがあったことも、5月16日に開催された第1回会合で知ることとなります。
それは、阪神・淡路大震災や東日本大震災で現地支援した職員から、「一番大事なのは自分自身が生き残ること。生きていなければ職員が集まることもできない」という発言があったからです。BCPも実行されて当たり前ではなく、まずは自らの命を守らなければ災害発生時に活動できなくなってしまうのです。日頃から一個人として、災害に備えることの大切さを皆で認識しました。
こうした中で対話を進め、2017年度は職員のBCPだけでなく、「災害に対する意識を高めていけるようなBCPにすること」を目指すこととし、その内容や訓練の充実のため、まずは資機材の購入から着手し、静岡市の下水道BCPを職員1人1人が身近に感じることができるように進めていくことになりました。
“当たり前”を“変えない”ために
2011年度に参加した人材マネジメント部会で、私はマネジメントやリーダーシップについて深く学びました。その後もこの部会で運営委員を続けてきた今の私ができることは、BCP管路部会のメンバーが一緒に歩み続けるためのマネジメント、リーダーシップです。
静岡市の下水道を住民の皆様が当たり前に使い続けることができる姿を変えないために、部員全員が災害への意識を今まで以上に高め、BCPを身近に感じることができるよう、BCP管路部会を通じ、実施レベルを高めることに挑みます。
第1回会合で感じたことはネガティブなことばかりではありません。それは、部員皆がBCPについて話したがっていることが分かったからです。今までは議論することはあっても対話する機会はなかったのでしょう。このBCP管路部会ではメンバー同士たくさん語り、物事を対話により進めることが下水道部の文化となれるような土台を作りたいと思っています。
私には6歳になる娘がおり、周りには明るい笑顔の友だちがいます。こうした子どもたちが魅力を感じることができる社会の実現は、下水道からでも考えることができると私は思っています。
「未来を担う子供たちに安心を贈る」という究極のホスピタリティの実現のために。今年は「仕方ない」「こんなものだ」の2つの言葉は口にせず、少しでもBCPを前に進めていきます。
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- ■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。