“未来を開く“日本財団パラアスリート奨学生の挑戦06―陸上・鈴木選手 (2018/3/30 日本財団)
「感謝の心で世界一めざす」
陸上競技・鈴木雄大
どこか面差しが、サッカーの名選手・中村俊輔に似ている。
「そうですかぁ? でも、そう言われるとすごく、うれしいです。ずっと子どもの頃から憧れの選手でしたから・・・」
この半年で、日本パラ陸上界のホープに駆け上がった鈴木雄大は、高校までサッカー選手だった。静岡県大会出場レベルではあったが、左足から絶妙なフリーキックを繰り出す「シュンスケ」を目標に技を磨いていた。
その左足はいま、2020年東京パラリンピックの陸上競技100メートル、400メートルと走り幅跳びでメダルをめざす大事な利き足でもある。
「サッカーをしていたときもよく走りましたけど、陸上競技で走ることが専門になると練習方法から違います。最初は戸惑いもありましたけど、だんだん慣れてきて練習にもついていけるようになりました」
陸上競技を本格的にはじめて、まだ1年に満たない。それまで、サッカー王国・静岡でサッカー一途の中学、高校生活を過ごした。就職も決まり、あとは「思いでづくり」と考えていた高校3年生の鈴木に、体育の先生が声をかけてくれた。「静岡でパラリンピック選手発掘のプロジェクトが開かれるよ」と。
「いい記念になるかなと思って、参加してみたんです」。ほんの軽い気持ちだった。走ることは嫌いではない。小学校、中学校時代は学校でも1、2を争う俊足である。「結構いい感じで走りましたね」
その鈴木の走りを注視していたのが、2016年リオデジャネイロ大会400メートルリレーで銅メダルを獲得した山本篤、佐藤圭太。ふたりのパラリンピアンはすぐに、「一緒に陸上をやろうよ」と声をかけてくれた。
そして、日本財団が日本体育大学のパラアスリートを対象に助成している奨学金制度のことも教えてくれたという。
すぐに返事をしたわけではない。「1カ月ほど、毎日、考えました。今まで考えたこともない話でしたし、自分にそんな可能性があるのか、わからなかったですから・・・」
長い時間、悩んだ末に選択したのが、日体大進学と陸上競技挑戦という答えだった。
「学校や就職する予定だった会社に事情を話したら、みなさん、僕のわがままを受け入れてくれて、逆に励ましてもらいました」
両親は黙って後押ししてくれた。小さいときから特別なことを言われたことはない。ただ、「人に『挨拶だけはきちんとしなさい』と、それだけでした」。挨拶は人としての基本である。いま、満足に挨拶もできない子どもたち、いや大人がどれだけ多いことか。鈴木のさわやかな受け答えは、両親の「挨拶」の教えに起因しているといってもいい。
先天性欠損による前腕機能障害。鈴木は左肘から先がないまま、生まれてきた。それでも「いままでハンディを感じたことはない」と笑う。両親や同級生たちが特別な意識をもたずに接してくれたことが大きい。「日々、あたりまえのように生活していましたし、ハンディがあることなど忘れていました」
だからこそ、両親や同級生、周囲の人たちには「感謝」の思いしかないという。
サッカーをしていた頃、いや、生まれてから義手をはめたことはなかった。日体大に進み、陸上を本格的に始めるようになり、バランスを取るため、初めてつけてみた。「思っていたより違和感がなく、僕にはうまくはまった(フィットした)んですね」
6月の健常者の日本選手権特別レースに出場すると、100メートルで11秒46をマークした。そして、自信を深めて臨んだ世界ジュニア選手権では、100、400メートルと走幅跳に出場。すべてに自己記録を更新して金メダルを獲得した。とくに400メートルでは50秒33の日本新記録を樹立、この記録は今年の世界選手権4位に相当する。
「特別な練習というのはありません。大会3週間から5週間ほど前から、練習メニューをこなしてきただけです」。とはいいつつ、少しずつ欲も生まれた。100メートル11秒30、走り幅跳び6メートル51。この記録を伸ばすとともに、「来年こそ100メートル10秒台を出したい。世界を相手にする絶対条件ですから。400メートルも50秒台を切り、48秒台を」と話す。
レジェンド山本篤にかけられた言葉が「励みになっている」。大学の先輩でリオデジャネイロ大会女子陸上400メートル銅メダルの辻紗絵には「走り方をはじめ、わからない練習方法を教えてもらっている」。
恵まれた環境の中から、自分の課題も見つかった。筋力不足。まだ全身が細く、力感がない。この冬は筋力強化に取り組むという。目下、高校時代に痛めた左足首に違和感があって走り込みができないこともあり、ウエートトレーニングに割く時間を増やす。そして目標とする2020年まで、「感謝の思いを忘れず」精進していくつもりだ。
鈴木雄大(すずき・ゆうだい)
1998年6月6日生まれ、19歳。静岡県伊豆市出身。現在・日本体育大学体育学部社会体育学科1年、将来は「自分の経験、感じたことを伝えていく、発進していく仕事につきたい」。174センチ、66キロ。趣味は「やっぱりサッカー」
【パラ奨学生】
2020年東京パラリンピックを控え、日本財団では世界レベルでの活躍が期待できる選手を対象に創設した「日本財団パラアスリート奨学金」制度に基づき、今春からパラアスリートへの奨学金給付を始めました。障害者スポーツ教育に実績のある日本体育大学の学生、大学院生ら19人が給付を受け、実力向上に励んでいます。このコーナーではそうした奨学生たちの活動などを随時紹介し、パラ競技とパラアスリートへの理解を深め、支援の輪を広げるとともに、2020年東京パラリンピックへの機運を高めていきます。
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