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「すべての子どもに家庭を」バーナードス前CEOロジャー・シングルトン卿に聞く (2017/4/25 政治山)

子どもの権利を明記し責任の所在を明らかにする法改正

 2016年5月27日、改正児童福祉法が成立し、2017年4月1日から全面施行されます。本改正では、すべての児童が適切な養育を受ける権利を有することが明記されました。

 具体的には、児童虐待の発生防止策として全国の市町村に母子健康包括支援センターの設置を求めるとともに、自立支援に向けた児童相談所の設置を、現在の都道府県と政令市、中核市に加えて特別区にも認めることとなります(現在、中核市では金沢と横須賀2市のみで、他の中核市への設置も促す方針)。

 また、里親の開拓から児童の自立支援までの一貫した里親支援ならびに養子縁組に関する相談・支援を児童相談所の業務として位置付け、児童の安全確保のための体制や権限の強化も盛り込まれています。

 保護を必要としている子どもは約46,000人。うち9割近くが施設で暮らしている日本。すべての子どもたちが家庭または家庭と同様の環境で養育されるためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。

 かつて「施設から家庭へ」と舵を切った英国において、大きな役割を果たしたバーナードス(※旧バーナードホーム)。前CEOとして2005年までの20年間、家庭養育への大変革を主導したロジャー・シングルトン卿にお話をうかがいました。

ロジャー・シングルトン卿

ロジャー・シングルトン卿

家庭で養育される権利は、すべての子どもに

政治山
バーナードスの事業についてお聞かせください。
ロジャー卿
かつてバーナードホームは1866年に設立され、多くの孤児院を運営していました。保護の対象の多くは戦争孤児で、当時は重要な役割を果たしていました。しかし1970年代から施設の解体をすすめ、1989年には最後の大規模施設を閉鎖しました。その年に名前をバーナードスに変えたのです。
政治山
1970年代に大きく方向転換したのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
ロジャー卿
それは研究機関などの調査結果に基づいたものでした。施設で育った子どもは家庭で育った子どもと比べて情緒的に不安定で、言語能力が低かったり、発達障害なども多くみられる傾向が明らかでした。子どもには、特定の大人に継続的に愛される環境が必要なのです。子どもたちの健全な発育のためには施設での養護よりも家庭での養護が望ましいと考え、里親支援に注力するようになりました。

公共政策こそ定量で評価すべき

政治山
日本では、保護を必要としている子どもたちの9割近くが施設で暮らしています。英国の子どもたちはどのような状況にあるのでしょうか。
ロジャー卿
英国では社会的養護を必要としている子どものおよそ75%が里親家庭で暮らしています。また、11歳以下の子どもはすべて施設ではなく家庭で暮らしています。バーナードスでは、里親支援、養子縁組、障害児支援等で、年間20万人の子どもを支援しています。
政治山
「施設から家庭へ」という事業は着実に進んでいるのですね。その成果はどのように評価されているのでしょうか。
ロジャー卿
調査は継続的に行われていて、施設から家庭に戻された子どもの情緒は安定し、発達障害なども減少または軽減する傾向が報告されています。英国は国を挙げてこの事業を推進していますが、このような公共性の高い事業こそ成果は定量的には評価されるべきです。

ロジャー・シングルトン卿2

理念を実現するには大変革が必要

政治山
日本では今年、児童福祉法が改正され、すべての児童が適切な養育を受ける権利を有すると明記されました。
ロジャー卿
理念としてそれを明確にするのはとても重要なことです。その方針に従って、様々なルールが決められ、施策が実行されていきます。日本の制度をすべて理解しているわけではありませんが、児童相談所の設置の促進と権限の拡大は、大きな前進となるのではないでしょうか。
政治山
一人でも多くの子どもが家庭で暮らせるようになるには、何が重要でしょうか。
ロジャー卿
まずは政府が強力に支援することが必要です。それから、施設で働く人たちが新しい仕事に対応できるように訓練する必要もあります。
政治山
子どもたちの養育の場が施設から家庭へと変わるということは、施設で働く人によっても事情が変わるということですね。
ロジャー卿
例えば、いま子どもたちが暮らしている施設は、子どもたちの保育園に変わることが考えられます。当然、仕事の内容も変わってきますよね。それから、里親の支援なども。今回視察に訪れた二葉乳児院は里親の支援も行っており、とても好事例と言えるのではないでしょうか。
政治山
確かに、日本では待機児童の解消が多くの地域で課題となっています。施設も大きく変わらなければならないということですね。
ロジャー卿
おそらく施設のマネージャーは頭を抱えることでしょう。預かっている子どもの数に応じて事業費が定められている場合は、その数を減らして事業を縮小していくことになります。私たちが経験したように施設を閉鎖し、養子や里親の支援やマッチングをする団体に変わるような決断も必要になるかもしれません。

親権よりも子どもの利益が優先されなければならない

政治山
それは大きな決断ですね。里親や養子縁組に関わる事業を行う主体は、どのような団体が望ましいのでしょうか。
ロジャー卿
公共団体、非営利団体、営利団体、どのセクターでも構わないと思います。それぞれにメリットとデメリットがあります。ただ大前提として、すべてのセクターに共通する事業を評価・検証する厳格な基準を設けることが必要です。
政治山
日本では民間事業者を規制する養子縁組あっせん法案が議論されていて、残念ながら事業停止命令を受けた悪質業者もあります。英国ではどのように制度を整えたのでしょうか。
ロジャー卿
もちろん、すべて許可制にして、厳密に検査をしています。その際も先ほど述べたような基準が、例外なく適用されるべきです。
政治山
日本社会は血縁や親権を重視する傾向にありますが、これは里親や養子縁組を推進するうえで障害にはなりませんか。
ロジャー卿
その価値観は国によって異なるものですが、やはり親権よりも子どもの利益が優先されなければなりません。養子縁組したものの子どもに適切な環境が与えられていなければ、ソーシャルワーカーの判断で速やかに保護されなければなりません。それは実の親でも同じことです。

ロジャー・シングルトン卿3

政治の役割はアドボカシー

政治山
施設から家庭へと変革していく際、カギとなるプレーヤーは誰になるのでしょうか。
ロジャー卿
もちろん社会全体での取り組みが必要ですが、強いて挙げるなら、やはり児童相談所でしょう。ときには強制力を持ち、実親や養親、里親の意向を制限することもあります。その制度と運用を整えなければなりません。また、国や自治体による養親や民間団体(Agency)への資金援助も必要となってくるでしょう。
政治山
少し話は変わりますが、日本では人工妊娠中絶が年間18万件(2014年)を超えており、 妊娠が継続できなかった理由として、半数以上が「子どもは欲しかったが経済的な理由で諦めた」と回答しています。この問題にも共通するところはあるのではないでしょうか。
ロジャー卿
その通りですね。その実親への支援はまさに政府が行うべきで、英国でも40年以上続けています。繰り返しになりますが、すべての子どもに、健やかに育つ権利があります。私が暮らす国では、14歳以下の子どもであれば、不法移民の子どもも、私の孫も、同じケアを受けることができます。
政治山
最後に、私たちのサイトは一般の方のほかに、議員や職員など政策形成に関わる方にも多くご覧いただいています。政治が果たすべき役割について一言お願いします。
ロジャー卿
政治の役割は、まさしくアドボカシーです。社会のあり方や家族の尊さ、子どもの居場所、そういった価値を認め、人に伝え、広めていかなければなりません。また、政治家は有権者次第で良くも悪くもなります。私たち一人ひとりが「子どもたちにもっと良い環境を」と願い、声を上げていけば、そのような社会になっていくのではないでしょうか。

<取材協力>ロジャー・シングルトン卿
ロジャー卿は、1960年代より弱い立場にある子どもと家族を支援する実践者、管理職、政策立案者、政府のアドバイザーとして尽力してきました。現在は、ルーモスの常務及び児童保護における専門コンサルタントとしての責務を果たしています。その功績により、女王から2度の表彰を受け、2005年にはナイトの称号を与えられました。

※バーナードス(旧バーナードホーム)は1866年にイギリスで設立され、1989年に名称変更。現在は、里親支援、養子縁組、障害児支援等を行う児童福祉チャリティ団体で、英国最大規模の非営利団体です。

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