保護より機会を―障害者の就労支援「はたらくNIPPON!計画」担当者インタビュー (2016/11/29 政治山)
日本財団が2015年4月にスタートした「はたらくNIPPON!計画」は、障害者の就労を支援する新しい取り組みです。12月3日から4日にかけて開催される「就労支援フォーラムNIPPON 2016」に先立って、この事業を推進する日本財団ソーシャルイノベーション本部国内事業開発チームチームリーダーの竹村利道氏と、同チームの福田光稀氏にお話をうかがいました。
月額工賃1万5千円、まずは3万円を超すモデル事業を
- 政治山
- はじめに、「はたらくNIPPON!計画」がスタートした背景をお聞かせください。
- 竹村氏
-
福祉施設で働く障害者が得る月額工賃は、全国平均で1万5千円ほどです。一般企業で働く人はほんの一握りで、誰もが当たり前に働くことのできる環境は整っていません。
国内では労働力が不足し、莫大な社会保障費が財政を圧迫していますが、一人でも多くの障害者が労働力として活躍できるようになれば、障害者にとって自信になるだけでなく、地域の活性化や財政の健全化にも貢献することができます。このプロジェクトは、そんな働き方を支援するための取り組みです。
- 政治山
- 月額の工賃が1万5千円とすると、それだけで生活していける人はいませんよね?
- 竹村氏
-
はい。まず労働の対価として支払われるのが、賃金や給料ではなく「工賃」と呼ばれていることに違和感を覚えますが、その工賃に障害年金や生活保護費等を加えて、日々生活しています。
一方事業者は、障害者を雇用することによって得られる助成金として、1日当たり6千円から7千円、月22日稼働すると一人当たり13万2千円から15万4千円を受け取り、多くの事業者がそれを原資に事業を展開しています。つまり障害者に対して直接給付するよりも、10倍から20倍のコストをかけて「社会参加」を支援しているのが実情なのです。
- 政治山
- 財政難が続くと、いつまでも維持できる制度ではありませんね。
- 竹村氏
- 例えば工賃が5万円を超えると、生活保護を受けなくても良いようになるかもしれません。生活環境によってはタックスイーターからタックスペイヤーに変わることもあります。何倍ものコストをかけているからこそ、わずかな人数でも自立に向かえば、大きな成果を得ることができます。
- 政治山
- 働くことで障害者の自立を促すということですが、具体的な取り組みを教えてください。
- 竹村氏
- 「モデル構築プロジェクト」と「就労支援フォーラムNIPPON」を大きな2つの柱としています。「モデル構築プロジェクト」は工賃を3万円、5万円と増やしていけるような事業を創出し、横展開可能なビジネスモデルとして展開することを目指しています。
- 政治山
- 実際に、工賃が5万円を超えているような事例はあるのでしょうか?
- 竹村氏
- まだありませんが、実現に向けた動きは始まっています。鳥取県と日本財団の共同プロジェクトの一環として実証事業を計画しており、今年度から着手してまずは工賃3万円台を目指しています。
「No Charity, but a Chance!」
- 政治山
- 竹村さんはご自身でも「ワークスみらい高知」というNPO法人を運営されていますが、障害者の就労支援がなかなか前進しないのは何故だとお考えですか。
- 竹村氏
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最大の原因は、障害者は何もできない、何もしなくて良いという思い込みです。日本人ならではの優しさによるものかもしれませんが、障害者に必要なのは保護よりも機会、つまり「No Charity, but a Chance!」ということなのです。
これは大分県の整形外科医で社会福祉法人「太陽の家」の創設者でもある、中村裕博士(1927-1984年)の言葉です。中村博士は日本パラリンピックの父とも言われ、大分県は障害者支援が活発で、車いすマラソン発祥の地としても知られています。
- 政治山
- 国内では、いつ頃から取り組みが始まったのでしょうか。
- 竹村氏
-
日本で障害者の就労支援が本格的に議論されるようになったのは、1964年(昭和39年)、前回の東京オリンピック・パラリンピック以降のことです。当時の課題は障害者の社会参加であり、権利の保護でした。
それは今も変わっていませんが、21世紀となって15年経ち、国や自治体の財政もひっ迫する中、障害者福祉のあり方も大きな変革を求められています。すなわち、社会参加から社会活動へ、権利保護から義務の履行へ、社会を構成する一員として障害者と健常者が区別なく暮らし、働くことのできる社会へと変わっていかなければなりません。
- 政治山
- 今年リオデジャネイロで行われたパラリンピックでは、多くの日本人選手が活躍しました。
- 竹村氏
- 彼らに共通して言えることは、「福祉に関わられていなかったこと」です。アスリートである彼らにとっては挑戦する「機会」こそが最大の支援なのです。もはや障害者であることが疎まれる時代ではありません。勤労や納税、教育の義務を果たす、一人の社会人なのです。障害者自立支援法は障害者総合支援法に改められましたが、法律の趣旨はあくまでも障害者の自立です。にもかかわらず、日本には障害者が働くことのできる働く場所が少ないと思います。
- 政治山
- 諸外国と比べて不十分ということでしょうか。
- 竹村氏
-
例えばテーマパークの駐車場ですが、日本の場合はお客様用の駐車場に障害者専用スペースが多いのですが、アメリカのテーマパークや先進的な企業だとバックヤードにも必ず車いすスペースが設けられています。サービスを受ける側は当然として、サービスを提供する側でも障害者が活躍しているのです。
車いすのアナウンサーがいても良いじゃないですか。もちろん一朝一夕にはいきません。それでも50年後には、「昔は健常者と障害者という分け方があってね」と車いすの先生が生徒たちに教える、そんな日が来ることを描いているんです。
生まれ方より育ち方、補助や助成は諸刃の剣
- 政治山
- 今年4月に施行された障害者差別解消法などは追い風になるのでしょうか。
- 竹村氏
-
前進ではありますが、これまで同様「保護」の視点に立ったもので、まったく不十分だと思います。主に厚労省が対応することになると思いますが、実際には地域活性化という観点からは総務省や経産省と関わることもあります。
また、「障害は生まれ方より育ち方」と言われることがありますが、「障害者とはこうゆう人だ」というレッテルを貼られて育つと、自分には何もできない、働くことなんてとんでもないと思い込むようになります。そうなってしまっては、いざ社会に出るときに活躍できる場所があったとしても踏み出すことができないんです。なので当然、教育や文化に影響力を持つ文科省や教育委員会も深く関わらなければなりません。
村木さん(編集部注:前厚生労働省事務次官 村木厚子氏)が言うように、どの子どもに対しても、「大きくなったら何になりたい?」と語りかけてほしいんです。当たり前に健常者と同じように振る舞う乙武さんは、まさにその体現者だと思います。
- 政治山
- 福田さんも色々な就労の現場をご覧になっていると思いますが、どのような感想を持ちましたか?
- 福田氏
- 障害者が働く職場の多くには、諦めの雰囲気が漂っています。事業者は障害者に期待せず、簡単な作業を指示するだけ。障害者は言われるがまま、うつむき加減に作業をする。失礼かもしれませんが、今の時代にこんなところがあるんだと驚きました。
- 政治山
- 就労の場を提供するだけでは不十分なんですね。
- 竹村氏
- 補助や助成といった制度は諸刃の剣なんです。コンプライアンス上の雇用義務は果たすものの戦力とは見做していない、単純作業だけをさせている事例も多く見られます。企業によっては客から見えないバックヤードで黙々と作業させるところもあれば、客前に出て接客する障害者もいる。障害の度合いを理由にする人もいますが、その多くは2次障害だと思います。何もできないし、しなくていいよ、という積み重ねが軽度の障害も重度の障害に変えてしまうこともあるんです。責任ある仕事と達成感のある報酬を得ることで、人は胸を張って生きていくことができます。そんな就労の場を実現したいと考えています。
就労支援フォーラムにはヒントが山ほどある
- 政治山
- 最後に、12月3日~4日に開催される「就労支援フォーラムNIPPON 2016」の見どころをお聞かせください。
- 竹村氏
- サブタイトルにある通り、障害者雇用のヒントが山ほどあります。事業者はもちろん、地方の活性化や財政健全化にも役立つかもしれません。成功事例だけでなく、失敗事例からも多くのヒントを得られる貴重な機会だと思います。
- 福田氏
- 就労支援に関わる様々な分野を「横串に刺す」というか、職種や枠組みを越えて一堂に会することで、新しいものが生まれるのではないかと期待しています。
- 政治山
- フォーラムの参加申し込みはすでに満員御礼とのことなので、イベントの様子も別途ご紹介したいと思います。本日はありがとうございました。
<取材> 市ノ澤 充
株式会社パイプドビッツ 政治山カンパニー シニアマネジャー
政策シンクタンク、国会議員秘書、選挙コンサルを経て、2011年株式会社パイプドビッツ入社。政治と選挙のプラットフォーム「政治山」の運営に携わるとともにネット選挙やネット投票の研究を行う。
- 日本財団は、1962年の設立以来、福祉、教育、国際貢献、海洋・船舶等の分野で、人々のよりよい暮らしを支える活動を推進してきました。
- 市民、企業、NPO、政府、国際機関、世界中のあらゆるネットワークに働きかけ、社会を変えるソーシャルイノベーションの輪をひろげ、「みんなが、みんなを支える社会」をつくることを日本財団は目指し、活動しています。
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