感性重視のネイチャー経営でボード業界の変革目指す波乗り社長の信念 (2019/3/13 瓦版)
株価より気圧。元プロサーファーの経営の舵さばき
時代はAI。経営判断までAIに任せることも可能な時代に、スマホ片手に風になびくように自由きままに日々を過ごす経営者がいる。元プロサーファーで、(株)H.L.NAの代表を務める中村竜氏だ。まさにネイチャー経営と呼ぶにふさわしい、感性重視の経営の舵さばきは、時代の過渡期に息詰まる企業のジタバタぶりとはあまりに対照的で、軽やかだ。
予定は未定。スマホ片手に自由気ままに飛び回る
1日の予定は常に未定。2週間に一度、ミーティングがあるが、それさえも波があるとわかればスライドされる――。経営者・中村のスケジュールは、あるようでない。それが実態だ。「これがあるから」とスマートフォンを示す中村が日課としていのは、気圧のチェックのみ。ビジネスパーソンが株価を気にしている間に、中村は自然の鼓動を気にかけながら海岸や海外を飛び回っている。
まさに自由気まま。何かに縛られることなく、中村氏は感性を大事にしながら経営の嗅覚を研ぎ澄ましている。「社会的にこうしたほうがいいってことがあるけど、その通りにして本当にいい結果が得られるのかといえば、そうとは限らない。成功した会社のやり方を真似しても必ずしもうまくはいかない。だから、自分たちのルールを大事にしてブレないようにすることを大切にしている」と中村氏は明かす。
達観しているようなそのスタンスは、大自然と存分に向き合う中で培われた。「サーフィンは、海岸へ行っても波が来なければ乗ることができない。何もできないまま終わることもある。それも含めてサーフィン」。成功している企業が波だとして、それは波が来たから乗れたに過ぎない。同じ波には乗れないし、乗るために待っても来ないこともある。だからこそ、自分たちの信念や感性を信じるしかない――。
プロサーファーから経営者に転身した中村氏。その理由は「閉鎖的なボードスポーツの雰囲気を変えるため」だ。自身の経験も踏まえ、サーファーがプロとして活躍する土壌が未整備なことに課題を感じ、ならばより敷居を下げ、より多くの人に身近に感じてもらえる環境をつくりだそう。それを具現化したファーストステップが、ボードスポーツの世界では敬遠されていたeコマースへの参入だ。
「ボートの世界はやっている人のイメージとは少し違っていて非常に保守的。Eコマースは何かと理由をつけて否定するような空気でした。そうこうしている間に海外からダイレクトに乗り込まれて、ガラパゴス状態になりそうだった。そうした危機感も含め、雰囲気を変える意味でもeコマースに参入する必要があった」と中村氏は当時を振り返る。空気や数字じゃない。まさにサーフィンを愛する者としての嗅覚で、中村氏は前例のない一歩を踏み出した。
ボードスポーツをより身近にしたい。その思いは、雇用の面でも反映されている。「身近になるだけでなく、せっかくなら深く知ってもらい。だから、ボードスポーツ経験者をどんどん雇用している。そのことが、サーファーがサーフィンを続けていく上でのサポートにもなる」と中村氏。ボードスポーツでトップレベルまでいっても、リタイア後、全く別の分野へ行ってしまう人も多いという。こうした状況を憂う中村氏にとっては、会社はその受け皿としても意味もある。
「僕自身一線を退いてはいるけど、今も現役。それは常にサーファーと同じ目線でいたからという部分もある。辞めた途端コメンテーターなる人もいるけど、それではボードスポーツの本当のよさを伝えていけない」と自由奔放にみえる中村の頭は、ボードスポーツへの愛で満ちあふれる。だから、きままに飛び回るその先々でしっかりと足跡を残し、ビジネスの種を拾ってくる。
感性重視でブレない秘訣
感性重視のネイチャー経営。あいまいなようだが、その判断基準は、明確だ。ブランドの価値向上につながる、ボードスポーツの普及に貢献するが2本の柱。その象徴といえるのが、東京と静岡で展開するスケートパーク。12歳以下無料で、採算は後回しとなっている。一般的なビジネスの定石に従えば、有料は当然の判断。だが、目指すのはそのすそ野拡大。そこは絶対に譲れないラインとなる。
常識に縛られない奔放社長。ともすれば、そんな印象が強いかもしれないが、決してそんなことはない。中村氏が言う。「社員にも常に波の高い日はサーフィンのために休暇を取っていいよといっています。面白いことを追求して、そこで感じたことを仕事に活かしてくれる方が大事。社員がそうでないと僕だって自由にしていられないからね」。こうした広い視野とバランス感覚こそが、ブレずに突き進む原動力となっていることは間違いない。
ルールやノルマは会社に規律や厳格さをもたらすかもしれない。それが売り上げを推進することもあるだろう。だが、同時に社員の心身の疲弊という副産物ももたらしかねない…。働き方改革は、そうした弊害をなくしながら、より生産性を高め、自分らしく生きることを実現するためのもの。その解はひとつではなく、会社の数だけあるのが健全だ。
大きな自由と明確なビジョンが絶妙のバランスで釣り合うことで事業を推進する同社。2020年の東京五輪ではボードスポーツが正式種目に採用され、強烈な追い風が吹きつけているが、「何も変わらない」と全く浮かれない中村氏。前例やデータに振り回されながら、多くの企業が行き詰る中、沈着冷静でどこか楽観的にもみえるのは、自力ではどうにもできない自然を相手にしてきたからこそなのだろう。先が見えない時代の経営こそ、AIよりもこうした達観の方が、案外有効なのかもしれない。
中村竜(なかむらりゅう)
1976年、神奈川県鎌倉市生まれ。中学1年からはじめたサーフィンで、ジュニア大会で優勝。それがきっかけとなり、CM出演が決定。その際、スカウトされ芸能界へ。ドラマ出演するなど芸能活動をしながら、サーフィンも両立。2000年にはサーフィンのプロテストに合格する。2009年には株式会社H.L.N.Aを設立。小さなeコーマスからスタートし、現在は国内ゼビオスポーツ内に10店舗を展開するなど、着々と拡大している。
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