人生100年時代、マルチステージを生き抜くプロティアンキャリアという考え方 (2019/1/23 nomad journal)
働き方が多様化する現代において、自らキャリア開発を行う「キャリア自律」が注目を集めている。組織に捉われず自分で育てるプロティアンキャリアという考え方。今回は、プロティアンキャリアの理論に迫り、これからの「新しい働き方」を実現する考え方を紹介していきます。
お話を伺った方:田中 研之輔氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授。
1976年生まれ。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめ、2008年に帰国。専攻は社会学、ライフキャリア論。著書に『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『先生は教えてくれない大学のトリセツ』(ちくまプリマー新書)、『ルポ 不法移民 アメリカ国境を越えた男たち』(岩波新書)など他十数冊。社外顧問・取締役を歴任。新作に『辞める研修 辞めない研修 新卒研修の組織エスノグラフィー』(ハーベスト社)
自分で自分のキャリアをハンドリングする。今、注目の“プロティアンキャリア”とは
現在、1つの会社に就職して定年退職を迎える人は年々減っていく時代になりました。組織よりも個人のキャリアが長くなることが当たり前になり、誰しもがいくつかの組織を移動することになる。そのときに唯一変わらないものが「自分のキャリア」です。従来のキャリア論は組織に帰属する「組織内キャリア」と言われていましたが、今後は自分で自分のキャリアをハンドリングして育てていくことが大切になります。
人生100年時代と言われ、ビジネスシーンでのドラスティックな変化も激しい。ビジネスモデルが続かなくなる会社もあるでしょう。そうなると、自分の人生の長さに対して変わっていかなければならないことが非常に多くなります。プロティアンキャリアの「プロティアン」とは、「変幻自在」という意味です。自分自身を自在に変化させるしなやかなキャリア概念が、社会的に求められているのです。
プロティアンキャリアの重要性 停滞を脱し、生きがいを満たす
プロティアンキャリアで抑えるべき概念
プロティアンキャリアを考えていく上で抑えておくべき概念が二つあります。
■キャリアプラトーに対する、プロティアンキャリア
一つ目は「キャリアプラトー」、すなわち「キャリアの停滞状態」です。人が同じ場所でルーチンワークを続けると、成長できなくなる。飽きてきて、苦しくなり、喪失感に襲われる。この解決策を探った先に私が行き着いたのがプロティアンキャリアです。プロティアンキャリアは変化すると同時に、成長し続けられるキャリア概念でもあるからです。社会だけでなく個人としての観点で見たときも、やりがい、働きがい、生きがいを満たしていける手法であると言えます。
■キャリアキャピタル三要素を基盤にした、プロティアンキャリアの形成手法
そして二つ目は、「キャリアキャピタル」と呼んでいる概念です。変幻自在なキャリアを形成していく上で、ただ多様な選択をしていくのではなく、どのような資本をつくっていくのかを考える、プロティアンキャリアを考える上で重要な要素だと思っています。その内訳は、「経済資本」「文化資本」「社会資本」の3つ。経済資本はお金のこと。文化資本は例えば語学、デザイン、カメラなどさまざまなスキル。MBAを取得するとすれば、これも文化資本を貯めるための戦略と言えます。社会資本としてはネットワークや信頼性の高さ、属しているコミュニティの数などが挙げられます。
これらのキャピタルのボリュームを測り、自分にとって今現在どの資本が足りないのかを分析し、ポートフォリオを描く。これがプロティアンキャリアにおける自分のステージを捉える方法です。
従来のキャリア論では組織の中で何年目、どの職位かという観点で考えることになりますが、プロティアンキャリアでは自分自身でキャリアを培うために、「自分が培うべき資本は何か、それを得るために今この組織にい続けていいのかどうか」を考えることになります。
文化資本と社会資本の形成が、経済資本を得るチャンスにつながる
上記の3つのキャピタルをいかに戦略的に貯めていくのかがプロティアンキャリアのポイントです。多くの人はまず経済資本を得ようとしますが、1つの組織の中にいては難しくなります。例えばAさんとBさんがいたときに、同じボリュームで働いていて平均年収が600万円だとしたら、一人だけ2000万円をゲインすることはできません。そこで出てくるのがパラレルキャリアという方法ですが、パラレルキャリアで経済資本を得るチャンスが巡ってくるのは、文化資本か社会資本を持っている人に限られます。
モデルを挙げてみましょう。経済的な自立を目指す女性がいた場合、一つの組織に属しながら、サブとして月5万円、10万円の仕事をしてパラレルキャリアを築く方法があります。このキャリアの価値は、社会資本、文化資本を貯められるということです。A社の中で年収600万から650万円への成長を遂げるよりも、600万円を維持しながら5万円、10万円の仕事をいくつも重ねていったほうが、最終的に価値が跳ね上がります。それは20代でも50代でも同じことで、どのステージにおいても文化資本、社会資本を貯めていく行動をした方がいい。経済資本は後からついてきますから。
経験とネットワークに投資できる、パラレルキャリアの強み
私自身も社外顧問をずっとやっていましたが、報酬は基本的に先方の言い値です。ただし、新入社員の月収以上の報酬はもらわない。
私にとって社外顧問の本当の報酬は、文化資本と社会資本を貯められることなのです。経営会議に出て実際にサービスをデザイナーと制作してローンチまで行い、それがどれだけユーザーにリーチしたのかデータを見られること自体が私自身にとっての対価となるわけです。経験に投資できるのがパラレルキャリアの強みでもあります。
結局、そういう働き方を選ぶと最終的に収益も上がっていきます。「安くてもいい」という人が来るわけですから、会社の顧問は無理なく続き、それが5社走り出せば30万の報酬で1社担当するよりもゲインできる。しかも、5社を比較していけば大きな経験と広いネットワークになり、自分自身のPDCAも早くなります。
以上のようにプロティアンキャリアを築くなら、ボリュームを貯めるために2枚目の名刺を持てばいいし、本を出せばいいし、越境学習すればいい。文化資本、社会資本が貯まっている人には人や情報、スキルが集まり、そこからビジネスが生まれ、お金が集まります。
プロティアンキャリアへ踏み出すきっかけ 「今」の不満と「未来」の不安を考えてみる
とはいえ、現在の立ち位置に何の不安も不満もないのならそれで構いません。一方で、例えば部長の職位で、定年まであと5年、早期退職に手を挙げてくれと言われている方もたくさんいるはずです。同じように年収の不満、いつまで働けるのだろうといった雇用条件に対する不安があるとすれば、一度自分の軸に立ち戻ってプロティアンキャリアについて考えてみてほしいと思います。プロ人材を目指すなら、サーキュレーションさんに登録すれば65歳を超えても働くことができるわけですから。
自分の強みがわからないという場合は、さきほどの3つの資本を軸にして考え、足りないところを埋めていく、あるいは得意分野を伸ばしていく。どちらの場合でも、大切なのは複数のコミュニティにおいて幅広く出会いを求めることです。10人の新卒候補者に対する研修を10回やっても社会資本は貯まりませんが、新卒研修を10社に向けて10回やれば貯まっていく、というシンプルさです。違うコミュニティと相対する分、失敗も多いからこそ得るものも大きくなるはずです。
65歳で会社を退職しても、100歳までは35年。まだ10年は働きたいと思ったときに何ができるのか、準備をしておく必要があります。65歳で賃金カットされ、退職金と年金だけで暮らしていくだけでは右肩下がりになるでしょう。だからこそ、計画的に文化資本や社会関係資本を蓄積し、経済資本に転換する準備をしていく、と考えることが大切です。
誰でも自分のキャリアを見つめ、自分自身のキャリアを走っていくことができる
現在、女性の社会的な活躍が推奨され、働き方改革などの制度も導入されていますが、改革というラディカルな旗揚げをされると現場にはハウリングが起きます。そこを丁寧にチューニングしていかなければならない。現場で何が起きているのかを一番に見ていかなければならないと思います。急に新しいキャリアモデルをつきつけられても、「自分はこんなふうにはなれない」と思う人も多いはずなのです。そのとき、誰でもできるのは「自分のキャリアを見つめること」です。
事業にKPIを出すことも大事だけれど、まずは自分のキャピタルを貯めること。ボリュームがたまらなくなったら組織を出るタイミングかもしれないし、貯め続けられるならまだまだいてもいいかもしれない。組織の中ではなく、自分で自分のキャリアを走らせる中で、一人でも楽しく豊かに働ける人を増やしていけたら、と思っています。
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取材:信澤 みなみ
株式会社サーキュレーション 社長直轄組織 新規事業準備室
1988年生まれ。早稲田大学人間科学部にて産業・組織心理学を専門分野に「人のパーソナリティーに紐づくストレッサーと生産性の関係性」を研究。組織環境に依存する働くあり方に疑問を持ち、卒業後、日本の働き方・組織のあり方の変革を目指しサーキュレーションの立ち上げに参画。企業経営者向けコンサルタント、人事部立ち上げを経て、個人と組織が信頼で結ばれる社会をつくるべく新規事業を準備中。複数メディアにてパラレルキャリアアドバイザーとしてコラム掲載。
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