成年後見制度、財産管理が目的ではなく、その人らしい暮らしを支える手段であるべき (2022/3/23 政治山)
2000年に発足した成年後見人制度は、知的障害や精神障害、認知症などによって一人で決めることに不安や心配のある人が様々な契約や法的手続きを行う際に支援する制度ですが、障害者権利条約の理念に沿った政策実施となっているのでしょうか。障害者の意思決定について、日本財団公益事業部の袖山啓子氏にうかがいました。
認知症患者は2025年には700万人に
2014年に日本が批准した「障害者の権利に関する条約」第12条には「法律の前にひとしく認められる権利」が定められています。それを受けて国内の様々な法制度も整えられてきましたが、成年後見制度には十分反映されておらず、権利侵害に当たるのではないかという指摘もあります。
判断能力が不十分な場合でも、可能な限り本人の希望に沿った意思決定を尊重しなければなりませんが、現行制度下では“保護”に重点が置かれています。例えば財産管理について、法律行為のリスクを回避するために通帳と印鑑を預かるだけでは、「本人がどうしたいのか」という意思を尊重する“支援”とは言えないのです。
一人での意思決定が難しい障害には、知的障害や精神障害だけでなく、認知症も含まれます。国内の認知症患者は500万人を超え、2025年には700万人を超えると言われています。障害の度合いにもよりますが、この意思決定のあり方は、多くの人にとって身近な課題なのです。
高齢となった両親は地方に、働き世代の子どもたちは都市部へ、という家族も多いですが、両親が二人で暮らしているうちはまだ良くても、一人になると日々の生活や買い物、色々な心配事が顕在化してきます。そんな時、子どもたちは親に「これから、どうしたい?」とは聞けずに、暗黙の了解であるかのように施設に預けるというケースを多く見てきました。
一人になったからといって、それまで暮らしてきた地域生活のすべてが失われるわけではありません。子どもたちに迷惑をかけまいとして、これまでと変わらない環境で暮らしたいという本音を言い出せない人も多くいます。
私たちは、一人ひとりの声に耳を傾け、時間をかけて本音を聞き出し、地域を巻き込んで、本当に本人がどうしたいのか、その意思決定を支援していくことを目指しています。未成年の障害者であれば、成人した後はどのように暮らしていきたいかを一緒に考え、認知症の人にはグループホームで暮らす人の話を聞く機会を提供するなど、様々な角度から意思決定を手伝うのが理想です。
一人の人として「カウント」されていない日本
世代によって受ける印象が異なるかもしれませんが、地域社会の中では、「あなたはどうしたい?」と聞かれることが少ないように思います。周囲と同じであることに安心する空気が濃いと、発達障害など少し“違う人”がはみ出してしまいます。そんな中では個の尊重は危うく、自己決定は難しいのです。
オーストラリアに視察に行った際、印象的だったのは「Every Australian Counts.」というメッセージです。同国には移民が多く、先住民にもアイデンティティがあり、多種多様なルーツを持った人たちが集まっていて、とても多様性に富んでいます。私たちはこれを「皆が大切」と訳しています。
障害者も一人の人としてきちんと「カウントする」という理念は障害者権利条約に沿ったものですが、これをもとに作られたオーストラリアの諸制度と比べると、日本の制度は障害者を「カウントしない」ように作られているように見えてしまいます。
先進事例は研究して発表するだけでなく、それを受けて実践してくことが必要です。今は、神奈川県のNPOと大分県の社会福祉法人で意思決定支援事業を実施中です。コロナで停滞していますが、今後実践を重ねて検証していきたいと考えています。
意思決定の支援は担い手の育成から
障害者の意思決定において、権利擁護センターや中核機関と連携して、十分な支援が実現するケースもありますが、その担い手は決して多くありません。社会福祉士などの個人の資質や頑張りによるもので、システマチックな取り組みはないのが実情です。
オーストラリアが最初に取り組んだのは、当事者の声に耳を傾け、支援に必要な組織や人とつなぐ“ファシリテーター”の養成でした。可能な限り当事者が選んだサポーターも交えて、様々な知見や経験を持つ人たちを巻き込んでいく仕組みが、プログラムとして確立しています。先ほど触れましたが、日本財団では先ずこうした仕組みを日本に紹介する事業を2017年度に支援し、日本でも運用できるように工夫して、2021年度には神奈川と大分での実践を支援しているところです。
現在この事業を実践している一般社団法人日本意思決定支援ネットワークでは、相手の気持ちを読み取るツール「トーキングマット」の日本語版を作成し、有資格者の育成を行っています。
他にも、イギリスのMCA(メンタル・キャパシティ・アクト=意思決定能力法)や、カナダのACP(アドバンス・ケア・プランニング=人生会議)などの先進的な取り組みも調査して、日本に合った制度設計と支援体制づくりを進めていく必要があります。
障害のある人、認知症の人が自らの可能性を最大限に生かして人生を歩むことができるような社会が構築されることを願っています。
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