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子ども基本法を考える特別対談前編-子どもの権利侵害を防ぐため、基本法の制定と子どもコミッショナーの設置が急務 (2021/8/18 政治山)

 菅義偉首相は来年度中の「子ども庁(仮)」の創設を目指していますが、わが国には子どもの権利を定めた「子ども基本法」が整備されていません。なぜ基本法が必要なのか、どのような理念のもとに制定されるべきなのか、日本子ども虐待防止学会 奥山眞紀子理事長と日本財団公益事業部 高橋恵里子部長の対談をお届けします(文中敬称略)。

子どもの権利条約の批准から27年、未整備の基本法

【奥山】 日本が子どもの権利条約を批准したのは1994年なので、実に27年前に批准したのですが、当時は、日本では子どもの権利は守られているというイメージがあって、子どもの権利が守られていないのは発展途上国のことなのではないかといった意識があったと聞いています。

 確かに1994年ですから、虐待の問題といっても本当にごく一部の人たちが声を上げ始めた頃で、虐待の統計も1992年から統計が取られるようになったので、少しずつ分かり始めたという頃なんです。

日本子ども虐待防止学会 奥山眞紀子理事長

日本子ども虐待防止学会 奥山眞紀子理事長

 よく言われるのは、わざわざ子どもの権利を定めなくとも、権利のことは憲法に書いてあるからいいじゃないかということなのですが、やはり憲法は国民を対象として、主に大人の権利に関して書かれているわけです。

 大人の権利として、例えば生存権というのは当然のことながら命は守られるという権利があるわけですが、考えてみると、最近になってやっと「虐待死」というものも表に出てきました。それまでは、表に出てこない、子どもが殺されても平気だという世界だったわけです。

 家庭の中で殺されるというか虐待死してしまっても、結局表に出てこないで終わってしまうということが、憲法ができてからも長い間続いてきた、そういう時代であったわけです。子どもは弱い立場であって、守られなければならないし、子どもは一人では生きていけない存在なので、適切なケアを受けなければなりません。

 そういう権利が、国民に限らず日本にいるすべての子どもにあるということを考えることと、子どもは成長し発達していく存在なので、その発達が保障されなければならないという、大人にはない権利保障をしなければならないということもあって、子どもの権利をきちんと考えていく必要があるのだと思います。

 条約批准後、虐待の問題は非常に大きな社会問題になってきて、2000年に虐待防止法ができたわけです。そのときに虐待は子どもへの重大な権利侵害であるということを入れてほしかったのですが、立法府の中に、「権利」という言葉に抵抗があったようで、その言葉は入りませんでした。ただ2004年の改正のときに「児童虐待が児童の人権を著しく侵害し」という言葉で権利侵害であることが第一条に入れられました。時代も少しずつ変わってきていると思っています。

 弱い立場の子どもは声をあげることもできず、どうしても権利保障が最後になってしまうのではないかということです。実際、日本では子どもの生きづらさというのはかなり目立ってきていて、例えばほぼすべての世代で自殺は減少傾向にあるのに、子どもの自殺は増え続けています。そういうことから見ても子どもの生きづらさが増加している可能性があるというのは明らかなのではないでしょうか。

 そういう意味で、もっと早く子ども基本法ができているべきだったとは思いますが、やっと、2016年の改正児童福祉法の中で「子どもの権利」が明記され、子どもが権利の主体であるということが明確にうたわれました。その後、本当に悲しい事件でしたが、目黒や野田の事件の後に、子どもの権利を守らなければという機運も高まっているということもあり、今こそ、本来あるべき、子どもの権利法をきちんと作るべき時ではないかというのが、私たちの考えということになると思います。

子どもの権利よりも優先されることの多い「親権」

【高橋】 私は、日本財団で社会的養護の事業を担当してきましたが、親の権利と子どもの権利が厳しく対立する話を聞くことも少なくありません。そういう場面で私が感じたことは、やはり民法に「親権」というものがしっかり書いてあるからなのか、どうしても児童相談所とか学校の先生が親の権利や意向を優先してしまい、子どもの権利が守られていないシーンが多いと思っています。

 野田市の事件では、教育関係者が子どもの書いたアンケートを父親に見せるということがありました。また、子どもが虐待で一時保護されると、保護された子どもは学校にも行けないことも多く、閉鎖空間の中で長期間過ごさなければいけないこともあります。悪いことをしていない子どもの方が隔離されて、虐待をした親の方は自由にしているというのはおかしい、と言っている子どももいました。

 親の権利だけが優先されるような場面が多くて、なぜ子どもの権利が守られないのかと考えると、それはやはり子どもの権利法がないからということに尽きると思います。2016年の児童福祉法改正で子どもの権利が理念として書かれたことは画期的でしたが、教育や司法の場面には適用されません。子どもの権利条約には、子どもの最善の利益を最優先すべき書いていますが、それを実現するためにはやはり子どもの権利基本法が必要だということで、何ができるかを考えて日本財団で検討会を立ち上げ、議論を重ねてきました。

奥村理事長(左)と日本財団公益事業部 高橋恵里子部長

奥村理事長(左)と日本財団公益事業部 高橋恵里子部長

【奥山】 先ほど高橋さんがおっしゃったように、民法に「親権」が規定されていて、親権、親権と言われればそれを尊重しなきゃとなるんですが、子どもの権利はどこにも書かれていないので、何それっていう感じになりますよね。

 実際、私はずっと病院に勤めていたのですが、かなり大きな障害があっても手術すれば命も助かるし長く生きられるお子さんに関して、見た目の問題がよくないということで手術を拒否される親御さんもいるのです。

 お子さんには障害を持っていようとも生きる権利があるのだというお話をさせていただくと、「子どもに権利?」と驚かれる親御さんが多いのです。そのようなことからも、社会の中で「子どもの権利」が一般的にはなっていないと感じています。親権という言葉は皆さん知ってるんですけど、子どもの権利を知らないっていうことも結構あると思います。

子どもの権利条約を知っていますか?

「子どもの権利条約を知っていますか?」セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの調査より

【高橋】 セーブ・ザ・チルドレンの報告書に書いてあるのですが、子どもの権利条約を聞いたことがあって、内容を知っているという人はすごく少ないです。大人で「よく知っている」と答えたのは大人が2.2%で子どもが8.9%、「聞いたことがない」と答えたのは大人が42.9%で子どもが31.5%で、聞いたことがない人が全体の4割いるんですが、大人の方が知らないんですよ。これでは一般的に知られているとは言えませんよね。

CRC(国連子ども権利委員会)も法整備を勧告し続けている

【奥山】 子どもの権利条約は1994年に日本が批准しましたが、1989年に国連で決議されて、日本は5年たって批准しました。アメリカ以外の国連に加盟しているすべての国が批准しており、最も多くの国で批准されている条約です。

「子どもの権利条約 一般原則」
生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
差別の禁止(差別のないこと)

 この条約の条文は54条から構成されています。その中で、他の権利を守る前提となる、上記の4つの一般原則というのがあります。

 1989年から社会状況も変わっていますので、新たな内容を追加補強するための選択議定書が出されていますし、条約の更なる実施を促進し、条約を締約している国の報告義務のサポートとして、一般意見というのも出されています。先般日本でも話題になった体罰禁止も一般意見として纏められています。一般意見などを含めて子どもの権利条約と考えるべきなのです。

 条約ですから、締約国には義務が課されているわけで、5年に1回国連への報告義務があります。これは評価が遅れてしまうときはあるんですけれども、報告をして、その報告に対してCRC(国連子ども権利委員会)が評価して、勧告などを含んだ総括所見というのが出されます。

 ちなみに今CRCの委員長は日本の大谷美紀子先生(日本ユニセフ理事、弁護士)です。日本人として初めて委員になられ、財団の検討会のアドバイザーを務めてくださったのですが、最近、さらに委員長になられました。

 日本への毎回の総括所見の中で、子どもの権利に関する法律をきちんと作ってくださいと言われ続けてるんですが、なかなか日本には響きません。ヨーロッパの国なんかはそういうふうに国連から言われると、すごく影響があります。日本では、無視ではありませんが報道も少なく、内容が伝わっていないのが現状です。実際には子どもの権利に関する包括的法律を作るようにと勧告され続けているのも知られていないのです。

子どもの権利侵害は遠い国の話ではない

【高橋】 世界的な潮流というところでいくと、特にEU、ヨーロッパ方面に関しては、かなりそういう取り組みが進んでいますが、発展途上国において、戦争や内戦などの暴力から子どもを守ることも大きな課題となっています。

 それと児童労働とか児童ポルノ等も深刻な問題です。むしろ日本だとそれを外国の子どもの権利侵害、課題として見ていて、日本にはあんまり問題がないようなことを教えるところも、まだあるみたいです。

 自分たちに権利があるとは教わらず、海外ではこういった子どもたちが権利の侵害を受けてるんですと。実際には学校で下着の色が決まっているとか、ブラック校則なども子どもの権利が守られていない実例ではないかと思います。

 国内で進まない理由については、子どもの権利を認めると子どもがわがままになるんじゃないかという考えがあることが一つの原因のように感じます。やはり子どもの権利という概念を理解してもらうこと、一般にも広く知ってもらうことが大切だと思います。

【奥山】 私は、ずっと子どもの虐待のことを一生懸命やってきたわけですけども、かつては、子どもに権利などあるのか? という意見が多かったのですが、最近は少しずつ理解が広まってきていると思います。

 先ほどお話しした児童福祉法に、2016年に子どもが権利の主体であるということを示す条文が入ったわけですが、国会では誰も反対しなかったということはあって、そういう土壌はある程度できつつあるのではないかと思います。ただ、LGBT法案を見ても、もちろん反対も大いにあるんじゃないかとは思います。

高橋部長(左)と奥村理事長

高橋部長(左)と奥村理事長

条例制定や権利擁護機関設置で先行する地方自治体も

【高橋】 理念だけ作ってもあまり意味がないんじゃないかっていう見解もあると思いますが、それに対しては、やはりそうは言っても、子どもの権利をまず国内の法律できちんと定めるということが必要です。それがあることで例えば裁判とかでも、子どもの側に立って戦えるようになると、ある弁護士さんがおっしゃっていました。また、私たちの提言している子ども基本法には子どもコミッショナー――オンブズパーソンとも言いますが――の制定も含んでおり、これができることによって、実際に子どもの立場に立って、国に制度改善を促していくような機能が作られると考えています。

 また、地方には子どものための条例を作ろうという動きはかなり出てきています。条例自体は50以上、世田谷区や川西市など子どもの権利擁護機関を設置している自治体も30以上はあります。

【奥山】 私の目から見ると、国でやらないから、地方からスタートしているということもあるように見えます。子どもの条例を作って、子どもの権利を守るために子どもの権利委員会を作るという取り組みは、川西市が最初だったと思います。東京都には条例ができていますし、川崎市や埼玉県もかなり早くから取り組んでいます。なので日本では、地方からしびれを切らして広がり始めているというのが現状だと考えることもできると思います。

 子どもと直に接していくのは基礎自治体ですので、基礎自治体で頑張らなければいけないことも多いのですが、国として子どもの権利保障のために変えていかなければいけない制度や施策もありますし、日本の国の中で、こちらの自治体では子どもの権利が守られているけど、あちらでは守られていないというのも許されないのです。そういう意味で条約を締結している主体である国が明確な姿勢を見せなければいけないと思います。

【高橋】 子どものことについては、この1年ぐらいでものすごく機運が高まっているように感じます。子ども庁もそうですが、次の選挙では「子ども」がイシューになると言っているぐらいで、多分かつてなかったと思うんですよね。これは貴重な機会だと思います。

(後編へ続く)

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