待ちの姿勢から早期発見、早期支援へ―「子ども第三の居場所」で永松悟 杵築市長に聞く (2021/5/20 政治山)
大分県杵築市内の児童館に併設された「子ども第三の居場所」は、日本財団の支援を受けてB&G財団が2019年に立ち上げ、NPO法人「こどもサポートにっこ・にこ」が運営する子育て支援の拠点です。
杵築市では、「第2期杵築市子ども・子育て支援事業計画」の中に「子ども第三の居場所」事業を明確に位置付け、市長を先頭に関連部局が連携して子育て支援を推進しています。大分県職員として福祉・医療分野に長く携わり、児童相談所で児童福祉司として勤務した経験を持つ永松悟 杵築市長に、この事業の意義と子育て支援の展望をうかがいました。
外からは見えにくい困難な家庭事情
――子どもたちが抱える様々な困難について、市長の課題認識をお聞かせください。
子どもたちの困難は経済的困窮だけでなく、親との関係や友人とのコミュニケーション、学習の遅れなど様々ですが、多くの場合これらの問題は互いに関わりあっています。社会課題として「子どもの貧困」とよく言われますが、これは親の問題です。家庭の経済状況は、子どもたちの日々の食事や受けられる教育の質、交友関係などにも影響します。
本市では、生活保護世帯の数は減少していますが、ひとり親世帯と就学援助受給世帯が増加しています。子どもたちにとって厳しい家庭事情を、親は隠したがります。子どもとの上手な関わり方が分からない、愛情はあっても時間をかけて接することができない、子どもは親の顔色を窺いながら声をかけてもらうのを待っている、大変そうな親を困らせまいと我慢する、このような家庭には支援が必要なのですが、制度だけを整えても行政としては親が申請してくるのを待つことしかできません。
すると、実際に申請してくるときには深刻な状況に陥っていて、支援も困難を極めるという事例も散見されます。そうならないように、早期発見・早期支援を可能にする体制づくりが必要だと考えています。
壁を取っ払って情報共有、組織間連携
――早期発見・早期支援のために、どのような取り組みをされているのでしょうか。
私は児童相談所に勤務していた際、教育委員会や学校との連携に課題を感じていました。もちろん熱心な先生ばかりなのですが、組織としての情報共有や外部との連携はなかなか進みませんでした。
そのような経験から市長就任後すぐに、市庁舎1階にあった「子ども子育て支援課」を教育委員会のある2階、「学校教育課」の隣に移しました。教育行政と児童福祉行政に関わる担当者同士がコミュニケーションをとりスムーズに連携することで、家庭への早期支援に貢献しています。
また、本市では児童虐待を未然に防ぐ目的から、児童福祉の相談部門と母子保健の相談部門を一つにまとめて「子育て世代包括支援センター」を設置しています。そこで受けた相談や実施した家庭訪問の内容からハイリスクケースを抽出し、「要保護児童対策地域協議会」で児童相談所や保健所、学校や警察などと共有し連携しています。
子どもたちの困難は経済的困窮だけでなく、親の疾病や失業、ギャンブル・薬物依存などの影響も大きく受けます。組織全体の風通しを良くすること、マルチの視点で物事を見ること、そしてコミュニケーションを重ねることで得られる「気づき」こそが、早期発見・早期支援に必要なのだと思います。
寄り添う大人がいる「子ども第三の居場所」
――子育て支援の中で「子ども第三の居場所」はどのような意味を持つのでしょうか。
困難を抱えた子どもたちの多くは、自己肯定感が低く、孤立しがちで「居場所がない」と感じる傾向があります。核家族化が進み、ひとり親世帯も増える中で、子育てを支える大人が周りに少ないことが原因の一つだと考えています。
祖父母がサポートしてくれるようなケースは減ってきています。それは苦しむ親を支える力が小さくなっているだけでなく、子どもに対するマイナスの影響も大きいのではないでしょうか。人生経験豊富な人たちの、子どもの気持ちや成長に合わせて寄り添うような支援には、大いに意味があると思います。
そのような子育てのノウハウが蓄積しにくい今、第三者の大人が関わり、専門家の支援も受けられる「子ども第三の居場所」は最も大切な子育て拠点となっています。
児童館に併設して自由に行き来できる
――杵築拠点の施設の概要と利用状況をお聞かせください。
ここでは家庭環境の厳しさなど様々な困難な状況にある子どもたちを支援するため、学習支援や体験活動の提供、食事の世話など総合的な生活支援が行われており、家でも学校でもない「第三の居場所」を子どもたちに提供しています。
特長としては、杵築小学校のすぐ近くにあり、児童館に併設されていることで、子どもたちが垣根なく、自由に行き来できることが挙げられます。兄弟がいなくても年上の子から学んだり、年下の子と一緒に遊んだりすることができます。
対象は市内全域で定員は20人、利用時間は16時から21時までで、日本財団の支援を受けて送迎も行っています。利用料は原則1回300円(一部免除)で夕食を共にします。スタッフにはソーシャルワーカーや看護師も含まれます。前年度は38人が利用しました。
コロナの時こそ必要だった「居場所」
――新型コロナ感染症は、拠点の運営や子どもたちの生活にどのような影響を与えましたか。
昨年3月の一斉休校の時には、拠点は感染症対策を実施して継続しました。多くの親御さんから「仕事の都合でどうしても難しい」「こんな時だからこそお願いしたい」と言われました。拠点と親御さんとの間では信頼関係が築かれていましたから、こんな時こそ密に連携して対応することが必要でした。
子どもたちの変化としては、手洗いやうがいに自発的に取り組むようになりましたね。自分たちの「居場所」を守るために、自分たちにできることをする、その姿勢はここで育まれたものだと思います。
地域に定着し自立運営へ
――自治体移管に向けた準備状況についてお聞かせください。
拠点の開設から運営まで、当初3カ年は日本財団の財政的な支援を受け、4年目からは自走していくモデルを目指してきましたが、2022年4月の自治体移管に向けて準備は着々と進んでいます。拠点は地域に根付き、利用する子どもたちや保護者だけでなく、地域の人々の理解も進んでいます。また、施設の職員に加え市の職員の中にも人材が育っています。
運営にかかる体制は概ね整いましたし、費用についてはふるさと納税の税収を充てる見通しです。拠点があるからノウハウが蓄積され、人材も育ち、支援する人の輪も広がっていく。この事業を継続することに反対する人はいないと思います。
気づき、一歩踏み出す
――子育て支援のこれからと、政治行政が果たすべき役割についてお聞かせください。
地方行政に関わる私たちは、そのフィールドの中で地域の実情と課題をきちんと把握することが何より重要だと思います。じっくり話を聞くこと、スティグマを与えず、押しつけがましくなく支援すること、自分事として捉えることが大切です。
例えば、「障害(がい)者」という言葉は「健常者」が作った分類に過ぎませんが、ハンディキャップを持つ当事者や家族は、他人の痛みや抱えている問題を自分事として捉える想像力や思いやりを持っている強い人であったりもします。
また、現在のように技術革新が進んでいくと、これまで学校や社会に参加することが難しかった人も参加できるようになっていきます。例えば「オリヒメ」という分身ロボットを通じて院内学級と普通学級の子どもが繋がったり(※)、就労の機会を実現したりしています。
同じ景色を見ていても、どう感じるかは人によって変わります。目を逸らさず、想像力を働かせ、気づき、一歩踏み出す。この繰り返しが、困難を抱える子どもたちの早期発見・早期支援には必要です。早期発見できれば立ち直りも早く、立ち直った子どもたちはいつか支援する側へと回ってくれるでしょう。皆が手を繋ぎ、支援の輪が広がることを願ってやみません。
――ありがとうございました。
日本財団「子ども第三の居場所」事業の詳細はコチラをご覧ください。
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