【特別対談-菅原文仁 戸田市長×笹川順平 日本財団常務理事】
子どもたちの「第三の居場所」戸田拠点が事業移管―負の連鎖は断ち切ることができる (2020/11/20 政治山 市ノ澤充)
2016年11月、埼玉県戸田市に開設された「第三の居場所」は、全国初の1号拠点として日本財団が戸田市と協力して設立し、その運営をNPO法人「Learning for All」が担っています。設立から3年を経て日本財団から戸田市へと事業主体が移管されましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大による一斉休校、緊急事態宣言、その後の新しい生活様式など、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しています。
そんな中、「第三の居場所」はこれから、どのような役割を果たしていくことができるのでしょうか。菅原文仁 戸田市長と笹川順平 日本財団常務理事にお話をうかがいました(文中敬称略)。
――「第三の居場所」の事業概要と戸田拠点の位置づけ、施設の概況についてお聞かせください。
【笹川】 日本では、7人に1人の子どもが経済的な貧困状態にあると言われています。これだけ大きな課題なので、国としてしっかり取り組むべきですが、アプローチがなかなかうまくいっていません。
昨今では各地域に子ども食堂も増えつつありますが、私たちは食事だけでなく子どものケアを全面的に行う、家でも学校でもない「第三の居場所」としてプロジェクトを推進しています。
貧困と一括りにされがちですが、私は貧よりも困のほうが根深い問題であると認識しています。困窮状態にある子どもたちの多くは、親からの愛情が十分に注がれていないことがあります。何より存在を認めてもらうことが大事で、両親がいてもひとり親であっても、親の愛情があれば子どもは育ちます。
第三の居場所では、子どもへの目配りを絶やさず、一緒に勉強したり、お風呂や歯磨きの習慣をつけたりして、愛情不足の解消を目指しています。食事はそのプロセスの一つなので、そこが子ども食堂とは異なる点かと思います。
現在の拠点の数は、戸田から始まって全国で37拠点となっています。何カ所目標ということではなく、必要な限り何件でもやっていかなければならないと考えていますし、そのためには事業移管後の自走モデルとして、やはり戸田市の取り組みに注目しています。
【菅原】 1号拠点として戸田市を選んでいただき、3年半にわたる手厚い支援を継続していただいたことに、心から感謝を申し上げます。戸田拠点は、地域との連携のために運動会や夏祭りに参加するなど、職員の方々の尽力のおかげで地域に溶け込み根を張っています。
2018(平成30)年に実施した子どもの実態調査では、親の経済状況が子どもに与える影響を調査し、栄養状態が悪かったり、十分な医療支援を受けられない子どもが少なくないことが分かりました。これらの課題に、行政はしっかり取り組まなければなりません。
また、実態調査を踏まえて、今年から「第三の居場所」に学習支援を加えて実施しています。戸田拠点の利用者は、小学校低学年から高学年、中学生まで幅広く、利用者が増えて良い循環が生まれてきています。
戸田拠点の取り組みは全国のモデルとなるのはもちろん、市内の他の地域のモデルにもなりますので、移管後もしっかり取り組んでいきたいと考えています。
【笹川】 近隣の小学校の先生と話した際には、学校としての悩みもうかがいました。すべての子どもに平等に機会を提供しようとしても、どうしてもこぼれ落ちてしまう子どもがいます。十分なケアをできず、親との面談もなかなかできない子どもの受け入れを相談され、実際にお預かりしたこともありますが、「第三の居場所」に通った1年後には、劇的な変化を見ることができました。
姿勢は良くなり、表情は明るくなり、学校に行く意欲も増し、友だちも増えました。拠点での暮らしを経て良い生活習慣が身に付き、自信を持つだけで大きく変わることができます。
その子は小学校2年生でしたが、10歳の壁というのはやはりあると思います。それまでに良い循環に変わるきっかけがあれば、子どもたちは変わることができるのです。拠点の運営方針は間違っていないと思いました。
移管後は、市と教育機関、民間施設等が共存し連携することで、より多くの子どもたちを救えると信じています。
――新型コロナ感染症が、拠点や子どもたちに与えた影響はありますか?
【菅原】 3月に一斉休校が通知され、やはり現場は混乱しました。戸田市は子どもが多く、子育て世帯も多いのですが、意見やクレームが殺到しました。4月の緊急事態宣言後は、子どもたちへの支援として「戸田市新型コロナ対応緊急支援パッケージ」をとりまとめました。
ひとり親家庭や就学援助世帯に1世帯当たり3万円を、約1200世帯に給付しました。これは一刻も早い支援が必要でしたし、窓口に来てもらうリスクも考慮した結果、申請を受けてから対応するのではなく、市から一律で振り込みました。議会にも理解してもらい、5月11日に実施したのですが、東日本ではもっとも早い対応だったと思います。全国では明石市が初めてだったのではないでしょうか。
その後、給食用の食材が余ってしまったのですが、職員にも協力してもらって、フードパントリーを実施しました。市内公民館など6カ所で、給食用の食材だけでなく企業から寄付されたお菓子などと一緒に、約380世帯に配布しました。
戸田拠点も、緊急事態宣言の全国拡大により、臨時休室としながらも、必要な家庭は継続的に受け入れる体制をとっていましたが、6月から感染防止対策を徹底して段階的に再開し、子どもたちが通ってきています。久しぶりで戸惑った子もいたようですが、それも少しづつ戻ってきています。
【笹川】 コロナの影響については、全国の拠点を閉鎖すべきという議論もあり、私たちも当初は悩みました。しかし、経済的困窮家庭の多くはさらなる収入減を強いられ、親自身が行き場所に迷うようになると、子どもの環境は悪化するばかりです。
そんな中で「第三の居場所」を閉鎖してはいけないと、倫理的な判断で閉所しないことを決意しました。実際には自治体等と相談したうえで決定しましたが、拠点の多くが継続して運営し、今はすべての拠点が開いています。
その時に学んだのは、自分たちだけでやろうとしてはいけないということです。今回、多くの民間企業から支援がありました。ソニーからマスク、Uber Eatsから食事の配達、TikTokからタブレットなど、財団を通して支援が広がっていったことをとても心強く感じました。
これからも戸田市をはじめとした自治体を中心に、民間企業やNPO、地域の方々にも協力してもらいながら、皆を巻き込んでいきたいと思います。
【菅原】 子どもたちにとって、学校に行かず家にずっといることは、かなりの苦痛、ストレスだったと思います。家の中に自分の居場所があればまだ良いですが、そうではないケースも少なくありません。
居場所がない、行き場所がない、修学旅行や林間学校をなくさないで、という声は、SNSなどを通じて私もたくさん受け取っています。そんな子どもたちにとって、「第三の居場所」はやはり重要なのだと思います。
――自治体移管を迎えた拠点・行政のあり方についてお聞かせください。
【笹川】 日本財団では、拠点の開設から運営まで、当初3年間を事業主体として推進し、その後は事業主体を自治体に移管して、その自走を支援しつつさらに拠点を増やしていくモデルを目指しています。
私たちの役割は、社会課題のいち早い発見といち早く手を打っていくスピード感にあると考えています。これは行政には難しいことで、スタートアップのリスクテイクは日本財団が負い、NPOの方々と一緒に走りながら考えて、改善していきます。
イニシャルコストとして、例えば施設を作るのに5000万、3年間運営するのに5000万、パッケージで1億円出せるところはなかなかありません。まずスタートラインを作って、行政の理解を得て、一緒に学び、事業として継続していく目途が立てられれば、私たちの存在価値があると考えています。
戸田市の場合は、菅原市長はじめ関係者の理解が深く、スムーズに移管作業が進みました。継続していけば拠点内での変化も生まれ、縦の関係もできていきます。当初想定していなかった効果も生まれてきています。
移管後は、予算の確保の仕方も工夫が必要かと思いますが、市の考え方や方針、地域性なども考慮して、ここから先は戸田市としての特色を出していっていただければと思います。
【菅原】 日本財団のご支援、Learning for Allの皆さんの取り組みのおかげで、戸田拠点は地域に根っこを張り始めています。そのため、事業移管についても議会の理解も得やすく、全員賛成で予算も通過しました。
良い形で進んできたと思いますが、これから先は予算をどう生かすかが大切です。戸田拠点の経験、知見を市内に広げていきたいと考えていますが、限られた予算で展開していく、持続可能な形を探っていきたいと思います。
また、移管によって我々の意識も変わったように感じています。福祉、子育て、教育委員会、それぞれの関連部署が、市の事業として主体的にかかわるようになり、地域における“繋ぎ”の部分が増えてきています。
これからは予算に対する事業進捗の説明責任がありますので、効果測定も大事になってきます。最終的な成果は10年20年後の話になりますが、それを待つだけでなく、利用者数や利用頻度、学力の推移など、数字面での検証も必要です。
拠点に通った子どもがどのように変化したのかという現場の方々の実感と数字、両立していくことが大切と考えています。
【笹川】 おっしゃる通り、数値と現場感覚、両サイド必要だと思います。そして現場にいない方と感覚を共有するためには、やはり具体的な事例を積み上げていく必要があります。
これは別の拠点における、ある父子家庭の小学校2年生の女の子の例ですが、家庭内でひどいDVがあり、拠点に来たばかりのころは大人に対する不信感が強く、今にも噛みつきそうな顔つきをしていました。その子が拠点に通い、大人からの愛情を受け、良い生活習慣を身に付けることで、1年後には別人のようになりました。久しぶりに会いに行ったら喜んでくれて、私の足にしがみついて離れない姿を見て、貧困の連鎖は必ず断ち切ることができると確信しました。
また別の拠点では、お風呂に入ったことがない、暖かいシャワーもないという小学校2年生の男の子がいました。公園の水道で体を洗い、冷たくて眠れない、次の朝起きられないから学校に行けない、という循環に陥っていました。初めて湯船に入れたときには垢の分厚い膜ができたそうです。暖かいお風呂に入る、たったこれだけのことで、体が温まって睡眠がとれる、元気になって学校に行くようになる、そんなふうにして人生が変わる子もいます。
このような事例が全国で出てきていて、親にも良い影響が出てきています。最初は、親は傷つき苦しい思いをしますが、そこから良い循環が生まれてきています。子どもの成長は親の成長でもあり、喜びでもあるのです。
子どもたちが居場所を必要とする理由は、経済的な貧困だけではありません。貧困の“困”、愛情の困窮が問題で、第三の居場所はそれを断ち切るための場所でもあるのです。
今ご紹介したのはほんの一例ですが、全国の拠点で様々な報告があがってきています。これはなかなか数値では測れないもので、専門家の定点観測が大事だと思います。
――今後の第三の居場所事業と子どもの貧困対策について、どのようにお考えですか?
【笹川】 全国に37ある拠点はこれからも増やしていきますが、点を面に展開していくのは行政の役割だと思います。
観光事業も大切ですが、国が一番お金をかけるべきなのは、子どもたちの未来のためであるべきです。国、自治体、民間、NPO、みんなで組めばこの課題は解決できると思います。
【菅原】 子どもの貧困対策には、国が予算を投じていく必要があります。もちろん戸田市としても精いっぱい取り組みます。幸いなことに、戸田市は子どもが増えていて、多子高齢化という新たな課題に直面しています。学校の建て増し等にも予算が取られ、限られた予算の中で実現していくのは難しいことですが、コロナ禍で期せずして実施したフードパントリーを通じて、地域の皆さんも企業の皆さんも無関心ではないことを知りました。
戸田拠点を、第三の居場所を全国に広げていくモデルとして、国や県、民間企業や地域の力を結集したベストミックスを探り、事業継続して一人でも多くの子どもを救っていきます。
予算が厳しいという自治体が多いと思いますが、目の前に困っている子どもがいるのを放っておくわけにはいきません。
――同じ課題に取り組む自治体や議員へメッセージをお願いします。
【菅原】 新型コロナの影響を一番受けているのは、子どもだと思います。自分たちではどうすることもできず、思うように学習できず、居場所すらない子どもがいます。今こそ、そんな子どもたちに光を当てていかなければなりません。
これはまちを歩いていれば分かるようなものではなく、一人ひとりの子どもと、その家庭ときちんと向き合うことでしか気づくことができません。感性を磨いて、そういった信号をキャッチする人が増えてほしいと思います。
【笹川】 政治家の仕事は、未来を創ることです。現状の課題を見つけて解決するのは当たり前のことで、そこからどのような未来を示していくのかが大事です。未来づくりに欠かすことのできない子どもたちを救うのは、政治家の使命であるはずです。私たちも全力で役割を果たしますが、市民の代表、国民の代表として、命がけでやってほしいと思います。
――本日はありがとうございました。
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