自殺対策は生きることの支援―江戸川区の自殺対策計画 (2019/4/8 政治山)
2017年7月25日に閣議決定された「自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~」では、基本理念や方針に加えて、具体的な数値目標(2026年までに、2015年と比べて自殺死亡率を30%以上減少させること)と、それを達成するための推進体制が示されました。
2016年の改正自殺対策基本法ならびに上記大綱では、地域における取り組みが重視されており、すべての自治体に自殺対策の計画策定が義務付けられるとともに、実践的な推進が求められています。
2018年3月、いち早く自殺対策計画を策定した江戸川区では、2016年7月、自殺対策に実績のある公益財団法人日本財団(東京都港区、笹川陽平会長)とNPO法人自殺対策支援センター ライフリンク(東京都千代田区、清水康之代表)と協定を結び、三者が連携して「生きることの包括的な支援」の実践および地域モデルの構築を進めてきました。
【取組内容】
- 自治体内に設置する首長主導の「自殺対策戦略会議」への参画
- 地域の自殺実態分析に基づいた総合戦略の立案支援
- 自殺対策に関わる自治体職員や地域住民等への研修支援
- 自殺対策のための地域ネットワークの強化支援
- 地域住民への啓発、メディア発信等を通じた全国への啓発
自治体における自殺対策はどのように進んでいるのでしょうか。今回は、「いのち支える自殺対策計画」を策定し、計画を実行してきた江戸川区の菊池佳子 健康部副参事にお話をうかがいました。
――江戸川区が策定した自殺対策計画の概要をお聞かせください。
江戸川区ではこれまでにも自殺対策に取り組んできましたが、計画の策定には協定にある通り日本財団とライフリンクの支援を受けつつ、区長を先頭に全庁挙げて取り組みました。自殺対策というとメンタル的なケアが主体でしたが、ライフリンクの調査などから自殺に至る要因は複数あり、4つ以上の要因が重なるケースの多いことが明らかとなっています。
そのため、自殺に直接関与しないと思われていた分野も対象に1300超の業務を洗い出し、うつに至る前、上流での早期発見と早期対応ができるように、生きる支援という視点でヒアリングを行い、自殺対策の計画に反映しました。
本区の自殺対策は、大きく3つの施策群で構成されています。国が定める「地域自殺対策政策パッケージ」においてすべての市町村が共通して取り組むべきとされている「基本施策」と、江戸川区の自殺の実態を踏まえてまとめた「重点施策」。さらに、その他の事業をまとめた「生きる支援の関連施策」です。
「基本施策」は、「地域におけるネットワークの強化」や「自殺対策を支える人材の育成」など、地域で自殺対策を推進する上で欠かすことのできない基盤的な取り組みで、幅広い内容となっています。一方、「重点施策」は、本区における自殺のハイリスク層である高齢者と、自殺のリスク要因となっている生活問題や勤務問題、さらに子ども・若者向けの対策、そして「未来(将来の夢・居場所・生きがい)への支援」に焦点を絞った取り組みです。
また、「生きる支援の関連施策」は、本区において既に行われている様々な事業を、自殺対策と連携して推進するために、取り組みの内容ごとに分類した施策群です。このように施策の体系を定めることで、区の自殺対策を「生きることの包括的な支援」として推進していきます。
計画は策定するのが目的ではなく、その実施にはきめ細かなフォローが必要です。例えば、区内には2万社ほどの企業があり、区内在住者が勤める割合も高いのですが、その8割以上は中小企業です。ストレスチェックが義務付けられてから3年以上経ちますが、その要件である50人以上の従業員を抱える企業は少なく、区内企業の多くが対象外となっています。
このような課題にも、産業部門と連携して企業活動の活性化を促すとともに、区民でもある従業員の健康や幸せ、命を守るといった視点を共有し、課題解決を図っていきたいと考えています。
――協定に基づいた取り組み状況をお聞かせください。
区長はじめ関連部署の部長級が集まる「自殺対策戦略会議」は2017年度2回、2018年度1回開催しましたが、日本財団とライフリンクにも参加してもらいました。そこでは、区内の自殺の実態に関する分析が行われ、計画の策定スケジュールや計画の内容について検討し、さらに今年度は計画の進捗状況や課題の共有を行いました。
また、地域全体での取り組みを推進する「自殺防止連絡協議会」は2009年から設置しており、医療福祉や教育、警察に消防、そして区民代表や議会関係者と幅広いプレーヤーが連携しています。
自治体職員や地域住民への研修についても、段階的に取り組んでいます。自殺対策計画は区のホームページで公開するとともに、各課・関係機関に配布しています。区長が先頭に立ち、戦略会議に部長が参加していることもあって、全体的な意識は高まったと言えます。職員一人一人がより主体的に捉えてもらうよう、働きかけていきたいと考えています。
区では自殺の現状や区の取り組み、対応について学ぶ、ゲートキーパー(いのち見守り隊)の研修を実施していますが、今年度は職員が多く、2回で約370人が参加しました。これは会場のキャパシティなどの関係で希望者全員を受け入れられていないのが実情で、次年度はもっと拡大する方針です。
また、自殺対策計画の重点施策にもありますが、子ども・若者向けの自殺対策にも力を入れています。子どもたちのSOSを受け止めるための窓口が一目でわかる「御守り型リーフレット」を区立小学校5・6年生と中学校の全生徒(約2.8万人)に配布しましたが、こちらも日本財団とライフリンクの協力を得て作成しました。
それと並行して、子どもたちに様々な困難、ストレスへの対処法を身に付けるための授業を、小学校は担任の先生が実施、中学校は区の「いのちの支援係」で実施しています。本年度は中学校全校実施(33校)。次年度は26校をいのちの支援係が実施予定です。
メディア発信等を通じた全国への啓発については、今回のような取材対応も含めて、広く関心を持っていただいております。
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日本財団の支援を受けて作成した冊子を、ライフリンクの清水さんに全国のトップセミナーで配布していただくこともあり、おそらく全ての自治体に1冊は行き届いているかと思います。これまでに自治体からのお問い合わせが多く寄せられ、視察の受け入れなども実施しています。
――これまでの取り組みから得られた知見や今後の課題についてお聞かせください。
やはり計画は、策定しただけでは意味がありません。それぞれの事業の進捗を細かくチェックすることも必要ですし、職員への研修などの意識づけも継続しなければ取り組み意欲は薄れていきます。
事業の評価軸に「生きることの支援」という指標を盛り込んでいくなど、仕組みとして定着させていくことが大切です。目標の設定についても、計画では5年ごとの見直しと定めていますが、現状を正確に把握して、然るべき時期に軌道修正もしていこうと思っています。
今後は、講演会やシンポジウム、図書館でのイベントなどを通じて区民の理解を深めるとともに、ゲートキーパー講習の参加者を増やすなど、主体的に関わる人を増やしていきたいと考えています。
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