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安保法制論議の犠牲となった民法論議 (2015/10/1 フリーライター 上村吉弘)

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 9月27日に閉幕した通常国会。会期245日で戦後最長の通常国会となりましたが、紛糾した安全保障関連法案(以下、安保法制)審議の影響で重要法案が次々と成立断念となりました。なかでも、債権関係を抜本的に見直すはずだった民法改正案は、国民生活にとって大きなインパクトがありました。

成立していれば世の中が変わった?

 今回の改正案が成立すれば、世の中は何がどうなったのでしょう?

 飲み屋でのツケはこれまで1年、診療報酬は3年――など、消滅時効は債務の種類に応じて期間が異なっていました。それを原則5年に統一する……予定でした。

 また、連帯保証にうっかりサインした結果、身ぐるみはがされた――というドラマにありがちな展開も、一定の条件下で公正証書を作成しない限り効力を持たなくなる……予定でした。

 友だちに貸したお金や、民事訴訟で勝ち取った損害賠償金――相手が払わなければ、黙っていても法定利率5%が上乗せされるのが現状です。しかし、ゼロ金利時代のご時世ではあまりにも実態から懸け離れているということで、3%に引き下げられ、3年ごとに市場金利を反映して見直す……はずでした。

敷金は全額戻る?

 細かい字で長々と記された保険や通信などの契約に際しての約款――ほとんどの人が全文を読まないまま契約後、トラブルになるケースも。これまでは、「きちんと約款に記載していますよ」と言われれば泣き寝入りするしかなかった場合でも、「消費者の利益を一方的に害する不当な条項は無効」として救済への道が開かれる……はずでした。

 そして、賃貸住宅にお住まいの方々全員が関係する敷金――賃貸契約の際に大家さんに預けた敷金は退去時に「原状回復費用」の名目で全額戻らないケースがよくあります。近年、このトラブルが増えており、訴訟では「経年劣化は借主に修繕義務がない」として、借主が敷金を取り戻す判例が多かったのですが、今回の民法改正でこのルールが明文化される……はずでした。

 上記の改正内容は6年越しの議論の末にまとめられた民法の大改革とも呼べる大型法案だったのですが、ほとんど報じられることもないまま、人知れず見送りとなりそうです。

民法改正案のポイント

現行法 改正案
消滅時効 飲食費1年、弁護士報酬2年、診療報酬3年など、債務の種類により期間が異なる 原則、債権者が知った時から5年に統一
連帯保証 思わぬ債務を負って自己破産に追い込まれることも 個人が保証人の場合、限度額を定め、一定の条件下で公正証書を作成しない限り無効
法定利率 相手が払わなければ自動的に5%上乗せ 3%に引き下げ、3年ごとに見直す
約款 規定なく、約款に記載されていれば泣き寝入りも 消費者の利益を一方的に害する不当な条項は無効と明記
賃貸住宅の敷金 規定なく、原状回復費用の名目で戻らないケースも 原則、借り主に返すと明記

国会議員は大勢いるのに

 先日、引っ越したばかりの友人から「敷金を返してもらえないけど、文句を言ってもいいの?」と相談を受けました。上記の状況を伝え、「1人で対応できなければ、敷金診断士に相談すればよい」とアドバイスした結果、敷金の大半が戻ってきたそうです。小さな小さな筆者のコミュニティーの中でさえ悩んでいる人がいるのですから、世の中には泣き寝入りしている人がごまんといるはず。

 改正案の内容はどれも、生活に密着したテーマで、安保法制とは異なる意味で重要な法案でした。国会もマスコミも安保法制一色で、民法改正案について論じた記事はほとんど見ることがありません。民法をないがしろにするのではなく、双方に偏りなく並行して審議できるだけの国会議員が永田町にはいるはずなのですが……。

上村吉弘<著者>
上村 吉弘(うえむら よしひろ)
 フリーライター
1972年生まれ。読売新聞記者、国会議員公設秘書の経験を活かし、永田町の実態を伝えるとともに、政治への関心を高める活動を行っている。
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