【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第74回 ポジティブ発想と当事者意識で実践へつなげる~地域でのワールドカフェ活用法 (2018/6/28 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第74回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
行政が実施する残念なワークショップ
市民参加の手法として、地域でワークショップが開催されることが増えている。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の中野民夫教授によると、ワークショップとは、「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して、共同で何かを学び合ったり創り出したりする学びと創造のスタイル」である。
筆者は、行政が開催するワークショップを観てきて、残念に思うことがある。
- 開催の目的が不明確である
- 主催者の思いが感じられない
- 職員の他人事感。話しやすい場の雰囲気が整えられていない
- 話し合いの結果がアクションにつながらない
- 全てが含まれるがファシリテーターのスキル不足 等々である
行政が主催するワークショップの目的は、市民参加のアリバイ作りでも、単なるアイデア出しでもない。目指すところは、異なる価値観の市民が出会い、つながり、地域課題に向かう主体を形成することである。
行政の行うワークショップで良く使われる方法論として、「KJ法」(考案した文化人類学者の川喜多二郎氏のアルファベットの頭文字に由来)がある。一般的には、グループになって着席、アイスブレイクと称してゲームなどで場を和ませ、問いに対する意見を付箋に個人で書き出し、書き出した付箋を共有しグルーピング、最後に代表が発表する、という流れである。実は、このやり方は、ファシリテーターが上手く進めないと、初心者の市民にはかなりハードルが高い。
- 初対面の人とグループになり気まずい
- 知らない人とゲームをするなんて恥ずかしい
- 普段の生活で付箋なんて使わないので、使い方が分からない
- グルーピング、意見の体系化は難しく、気の利いた見出しも思いつかない
- 人前で発表するなんて絶対無理
- グループの発表は他人事
こう感じる市民はたくさんいる。質の悪い「KJ法」の氾濫で、地域に「ワークショップアレルギー」が蔓延している。
今回は、「ワークショップアレルギー」を起こさない、参加者に配慮、寄り添ったワークショップの手法として、まちづくりの現場で広まり始めた「ワールドカフェ」の効用と活用法について考えてみたい。
「対話」の方法論としての「ワールドカフェ」
人は、外発的な刺激による「説得」からは、「やらされ感」を感じる。逆に、内発的な気付きによる「納得」からは、「やりたい感」が湧きあがり、当事者意識が生まれ、行動や実践につながる。納得に向けた話し合いのプロセスで重要になるのが、「対話」である。同じく話し合いを意味する「討論」は、互いの立脚点を明らかにして、相手を論破する話し合いのやり方だ。前提にあるのは、自分の意見は絶対に正しい、相手の意見は必ず間違っているという考え。相手を否定する討論からは、何も生まれない。
一方、「対話」は、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得るものだ。もしかすると自分の意見は間違っているかもしれない、相手の意見がより良いものかもしれないといったスタンスで話し合いに臨むことで、新しい気付きやアイデアが生まれる。討論から説得はできるだろうが、納得は対話からしか生まれない。
対話のやり方、方法論には様々ある。その一つが「ワールドカフェ」である。「ワールドカフェ」とは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中で、4~5人の少人数のグループに分かれ、参加者の組み合わせを変えながら、自由に話し合いを発展させていく対話の手法だ。KJ法などのワークショップに比べ、付箋への書き出し、発表がないなど参加者への負担が少なく、進行も台本通りでアドリブ無し、ファシリテーターにそれほどスキルは必要ない。
また、発言の記録が目の前の模造紙に可視化され残り、何よりも参加者はたくさんの人と話ができて楽しくなる。関係構築⇒発散⇒収束⇒決定⇒行動、の一連の話し合いのプロセスの中で、ワールドカフェは、関係構築、発散の場面で有効な対話の方法論である。
ワールドカフェのプログラムをデザインする上で、注意をしなければならないポイントがいくつかある。一つは、ワールドカフェを行う前に、参加者を「対話の舞台にのせる」プログラムを入れることである。なぜこの話し合いに自分が参加しなければならないのか参加者に納得してもらうため、共感できるような具体的なストーリーをテーマオーナー(主催者)に話してもらう。参加者の固定概念、思い込みを揺るがす様な取り組み、先進事例の情報提供を行うなどがある。
二つ目は、思考のプロセスに合わせて良い「問い」を投げかけることである。一般的にワールドカフェは、3ラウンド、2回の席替えで行われることが多い。その場合、第1ラウンドには、現状、全体像を確認する問い(地域の「誇りに思うこと」「残念に思うこと」は?など)を。第2ラウンドでは、ありたい姿を考えてもらう問い(20年後どんな地域になっていたい?など)を。そして第3ラウンドでは、主体的な行動につなげる問い(貴方が取り組みたい一歩は?など)を投げかける。「問い」を考えることは、ワールドカフェの肝である。ポジティブな発想を促す問い、自分事になれる問い、本質を考える問い、常識を疑う問いなどが良い問いと言われる。
また、最後に自分なりのワールドカフェの答えを参加者に収穫してもらう、ハーベスティングを行うことも欠かせない。非日常のワールドカフェの場で得た気付きを、日常の活動に戻った際に活かしてもらう。参加者から後日、楽しかったが、あの話し合いは何だったのかといった声がよく聞かれる。5分位の時間をとって気付きや、次の一歩を紙に書き出してもらったり、グループで感想を共有し合ったり、ハーベスティング、振り返りのやり方は様々ある。
「ワールドカフェ」の地域での実践例
筆者は、2017年、全国各地で35回のワールドカフェのファシリテーターを行った。その経験から、地域でのワールドカフェの実践の場は、大きく分けて3つに分類されると思う。
一つ目は、市民参画や市民協働、住民自治を展開させる場面。行政が主導する場合もあれば、市民が主体的に取り組む場合もある。
- 行政の計画策定に際して、市民の意見を広く吸い上げるケース
- 計画の実施段階で、市民の主体性を醸成する為のケース(第25回「総合計画を動かす対話の場の取り組み」)
- 多様なメンバーで地域の課題を出し合い、解決策を考え、アクションにつなげるケース(第27回「学生の力を地方の知恵に引き上げるには」)
- 高校生と地域の大人で実施し、お互いに新たな気付きを深め合うケース(第68回「対話が育む地方創生の担い手」)
などが想定される。
二つ目は、議会改革の取り組みの一環として。市民との意見交換会を従来の対面式から、ワークショップ、ワールドカフェ形式に変更する議会が増えている(第54回「対話による議会改革第2ステージ」)
- 議員提案条例への市民意見を確認する手法として利用するケース(第69回「ワールドカフェでパブリックコメントを!」)
- 高校生、大学生など、若い世代との意見交換に(第52回「議会×高校生の対話で地方創生を」)
また、先進議会の中には、議員間討議にワールドカフェを取り入れるチャレンジングな議会も現れている。
そして三つ目は、自治体の「組織開発」の方法論として。南山大学人文学部の中村和彦教授によると、「組織開発」とは「組織のプロセスに気付き、良くしていく取り組み」のこと。自治体組織の構成員である職員自らが、組織変革の主体となり、人間の関係性に働きかけ、自治体組織が変わっていく実践だ。
- 職員研修の一環として行われるケース(第70回「管理職になり切れない症候群を如何に克復するか」)
- 組織内の関係の質を上げる為のオフサイトミーティング(業務時間外の気楽に真面目な話をする場)で実施するケース(第67回「組織の関係の質をあげるオフサイトミーティングのすすめ!!」)
より実践的な場面では、経営者、管理職、職員、部署を越え、多様な立場にある人が集まり、共感的な合意を創り出す「マルチステークホルダー・ダイアローグ」のプログラムとして行われる場合もある。
ワールドカフェは万能だとは言わないが、私の経験からも、地域の様々な場面で利用が可能な有効な対話の方法論だ。
誰も正解の分からない時代を生きている
今、我々は誰も正解が分からない時代を生きている。ICTの進展で、以前に比べ情報量が圧倒的に増え、変化のスピードが加速している。AI、IOT、ロボット、ドローンなどの技術の進化も日進月歩。今日の正解が、明日の正解とは限らない。また、社会の複雑性が増大している。影響関係の複雑性が増し、簡単に因果関係を特定することができなくなっている。万能の打ち手などはなく、いかなる打ち手にもトレードオフがつきまとう。そして、社会の多様性も高まっている。価値観、考え方の違う人が理解し合い、共に社会を創るにはどうするか。
我々は、正解を当てる、教えてもらうという思考から脱却する必要がある。今こそ、地域の多様な主体による「対話」により、精度の高い仮説、納得解を導き出す営みが大事になる。その仮説の実践、トライアンドエラーを積み重ねていくしか答えにはたどり着けない。そうした「対話」を地域で創り出す方法論として、「ワールドカフェ」は取り組みやすい実践である。地域で「ワールドカフェ」に挑戦する市民、議員、職員が増えることを期待したい。
◇ ◇ ◇
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。