【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第39回 鼓動する地域を描く~グラフィック・ハーベスティングの可能性 (2018/2/21 青森県三沢市 政策部広報広聴課 市民協働推進係長 平野真夕)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
まちの未来をイメージする
「あなたはなぜ書くの?」
私は2017年度から人材マネジメント部会においてグラフィック・ハーベスティングに取り組んでいます。グラフィック・ハーベスティングとは、絵や文字、記号などを使って可視化することで「対話の場」をより豊かにし、次の行動につなげるための手法の1つです。
冒頭の問いは、グラフィック・ハーベスティングを広める活動をしている、一般社団法人サステナビリティダイアログ代表理事の牧原ゆりえさんから投げかけられたものです。その時私は、すぐに答えを見つけられませんでした。その理由を考えた時、自分自身が未来も今も意識していないこと、具体的なイメージが見えていないことに気づいたのです。
その日から、私自身がどういった地域や組織のありたい状態を描いているのか、具体的なイメージを考える日々が始まりました。これまで自分が成長する中で経験してきた、様々なことを思い返しました。子どもの頃、地域の方から夏祭りのお囃子を習ったこと、そして今、自分が子どもたちに教えていること。学校生活を送る中でたくさんの大人が見守り、声をかけてくれたこと。大学を終えた時、地元に戻り地域のために働きたいと考えて市役所に就職したこと。
そこから「誰もが心豊かに、あらゆる分野において1人ひとりの笑顔が輝き、人の血が通っている、鼓動している地域の暮らしを子どもたちに残したい」という未来像に辿り着きました。
「対話の場」を変える挑戦
私は2016年から、市民活動団体や町内会、子育て中の女性といった様々な立場の住民の方々の声を広く聴き、地域の暮らしを持続していくための方法を一緒に考え実現していく、市民協働を推進する仕事をしています。その中で、そこに暮らす1人ひとりが地域課題を自分事として捉え、解決に向けて行動に移していくプロセスとして、お互いに向き合い話し合うことが大切だと思っています。
「話し合い」とひと言で表しても「市職員×住民」「住民×住民」「市職員×市職員」など様々ありますが、今はまだ、一部の人によって決められたことを説得されるだけの話し合いが多いように思います。私が描いた未来を実現していくためには、話し合いの場においてお互いに尊重し合っているのか、誰かの気持ちを蔑ろにしてはいないか、あらゆる立場の人のことを想像し、本当にみんなの合意(納得感)が得られているのか意識することが必要ではないでしょうか。
そう考えた私は、2017年度の第2回研究会(仙台会場)の翌日に岩手県一関市で開催された「グラフィック・ハーベスティング基礎講座」を受講した自治体職員と一緒に、話し合いが空中戦になることや誰かを否定することを防ぎ、言葉では言い表しづらいことや話の展開、全体像を共有し広めることで合意形成を助けるために、対話の過程をグラフィックで可視化することに取り組み始めました。
2017年8月の夏期合宿(東京会場)ではグラフィック・ハーベスティングを用いて、当日の模様を残していきました。また、各自治体に対する「応援コメント」をりんご型の付箋に記し木々の実りをイメージすることで、お互いに合宿での成果(実り)をふり返ってハーベスティング(収穫)し合う工夫をしました。
その後は、市内外の様々な場面で書く機会に恵まれ、「出張財政出前講座&SIMふくおか2030 in久慈」や「三沢市まちづくり市民ファシリテーター養成講座」といった各種講座や、「東北まちづくりオフサイトミーティング第30回勉強会in仙台」での自治体職員による事例発表、「三沢市議会と市民とのワールド・カフェによる意見交換会」といった話し合いの様子を「ランドスケープ」という景観図で記録し、当日の流れや内容、その場で出されたアイディアや話を共有し、次なる行動につなげる手助けをする活動をしています。また自分自身が書くだけでなく、それを地域に広めるための基礎的な考えや技法を学ぶ講座を開催し、講座を終えられた住民の皆さんには「市民グラフィッカー」として書いてもらう機会をつくっています。
相手を聴(ゆる)し、受け容れる
しかし、こうした取り組みを進める中で、時には理解が得られない場面もあります。グラフィック・ハーベスティング講座に10歳の娘を連れて行った時のことです。講師の牧原さんもその場にいた参加者の皆さんも、様々な年代の人々が1つの目標に向かって書いた瞬間は素晴らしいものでしたが、後日その場にいなかった人から「子どもを連れて行くなんて違うと思う」と言われてしまったのです。私は自分だけでなく娘まで否定されたようなとても悲しい気持ちになり、そこから対話することを避けてしまいました。自ら相手と向き合い問いかけること、相手を受け容れることを遮断してしまったのです。
このような経験をしたからこそ、私は「誰かを悲しませるような対話はしたくない」と強く思いました。
グラフィック・ハーベスティングの可能性
グラフィック・ハーベスティングには、「書き出す」ことでお互いの存在を尊重し、誰かの気持ちを「聴き出す」といった、ファシリテーションに必要とされる「引き出す」力があります。「対話の場」においてお互いの存在や意見を受け容れ、人と人とのつながりを深め、共感を紡ぎだすことはとても大切です。
前述の三沢市議会議員と市民との意見交換会においてこの手法を取り入れたことによって、「市議会の残念なところ」という、ともすると角が立ちそうな話題について出された意見をグラフィックで書き出したのですが、誰一人機嫌を損ねる人もなく客観的に受け容れ、それを解決するための話し合いに及んでいる様子に、書いた私自身が驚きました。
「対話の場」の目的や参加者の考え、意見を共有することでその場が一体となり、意見が個人を離れた平等な形で皆の前に表れ、批判的な意見でさえもポジティブな解釈に結びつけることができ、なにより、参加された方々が活き活きとした表情に変わってきたことを感じています。また、それまでは「対話の場」に関わる機会の少なかった女性や高校生、大学生が地域づくりの一役を担っています。
また、グラフィック・ハーベスティングを伝え広めようとする人たちのネットワークから、自治体間での連携も生まれ始めています。
2018年1月の第5回研究会では、11組の自治体発表×幹事団を4人の自治体職員が記録するグラフィック・ハーベスティングが実現しました。
地域で書く自治体職員が増えその様子がSNS等を通じて拡散されることで、地域における学びや対話による気づきの場がその場限りのものではなく、より多くの人々に伝播して広がっていきます。
誰かが話し、書くことで小さな声をも拾い上げる。そしてそれをその場にいる全員が共有し思いを馳せ1つになることで、次なる行動を起こすきっかけをつくる。グラフィック・ハーベスティングはつながりから共感を紡ぐことから未来のありたい姿を実現する可能性を秘めているのです。
「あなたはなぜ書くの?」
いまの私なら、こう答えるでしょう。
「私は誰かと共通のイメージを抱き、相手を受け容れ対等に話し合えるようになるため、そして未来の子どもたちが誇れるまちをつくっていくためのあらゆる「対話の場」のお手伝いがしたい。だから地域で書き続けます」
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- ■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。