【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第33回 市民との「対話」を通して議員報酬の引き上げを実現~滝沢市議会の改革の取り組みから~ (2015/7/16 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第33回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「市民との「対話」を通して議員報酬の引き上げを実現~滝沢市議会の改革の取り組みから~」をお届けします。
滝沢市議会の議会改革の取り組み
盛岡市のベッドタウンとして発展してきた滝沢市は、2014年1月、村から市制に移行しました。そのタイミングに合わせて、開かれた議会、市民とともに歩む議会、行動する議会を基本理念とした「議会基本条例」が施行されました。
それまでも滝沢村議会として、「質問席を対面式に」「会派制の導入」「再質問を一問一答式に」「各種団体との懇談会の開催」「ボタン表決システムの導入」「議場内に液晶ディスプレーの設置」「村内複数地域での議会報告会の開催」「新成人を対象にした『新成人議会』の実施」など、さまざまな議会改革に取り組んできました。その集大成がこの条例になります。
また、この滝沢市議会の議会基本条例は、議員にとってはハードルの高い、想定される条文がほぼすべて盛り込まれたフルスペック型の条例になっています。先進的なものでは、通年議会、議員連盟、議会モニター、議会サポーター、議会アドバイザー、議会の評価などが規定されています。
このように議会改革を積極的に行ってきた滝沢市議会では、2015年7月9日に議員報酬を引き上げる条例の改正案を、全会一致で可決しました(予算措置を伴うため、引き上げ開始時期は7月26日投票の市議選後に議論)。改正後の報酬は、議長が月額41万1千円(+5万1千円)、副議長が月額35万2千円(+4万9千円)、その他の議員が月額32万9千円(+3万6千円)になりました。
今回は、滝沢市議会の議員報酬の引き上げの取り組みについて、市民との「対話」のプロセスを中心に考えていきたいと思います。
議員報酬のあり方
昨今の地方議員の不祥事もあり、地方議会に対する住民の視線は厳しいものがあります。この原因には、自分たちの活動を積極的に情報公開してこなかった議会にもあります。これまで議会改革を怠ってきたため、報酬の削減の声が住民世論となり、それに屈して削減に動く議会も多くあります。
議員報酬の議論の出発点は、何よりも議会、議員の目指すべき姿と、活動状況にあると思います。仕事に見合った報酬であれば、高くてもしかるべきだと思います。類似団体との比較で報酬を議論する議会もありますが、それはあくまでも参考であり、議員報酬には、正解はありません。重要なのは、地域として最適であろう報酬の考え方を導き出すプロセスだと思います。
これまで地方議員は、議員報酬の問題を住民と議論することから逃げてきていたのではないでしょうか。多くの議会、議員は本音のところ、住民に納得してもらうことが出来ないと思っているのではないでしょうか。住民が納得してくれるか分からないが、問題から逃げずに、議員が住民と真剣に議論しなければ、報酬引き下げの住民世論は絶対なくなりません。安易な報酬・定数の削減は、地方自治の劣化にもつながります。この問題に真正面から取り組んだのが滝沢市議会です。
関連記事:「週刊地方議会」第19回 議員の仕事から議員定数と報酬を考える
滝沢市議会における議員報酬の考え方
滝沢市議会で議員報酬・定数の問題の議論が本格的にスタートしたのは、2014年8月で、議会改革の継続的な推進のために条例で位置づけられた「議会改革推進会議」に、「定数・報酬専門委員会」が立ち上げられた時になります。
議論は、専門委員会・全体会議合せて4カ月間、12回に及びました。その結果、通年議会を導入し、以前に比べ会議の回数が「1.8倍」と大幅に増加している現状から、議員の「専業化」の議論は避けられないこと、その場合にはそれに見合う報酬でなければ議員のなり手不足が想定されること、また、議会のあるべき姿も、従来の「監視型」から「提言型」の議会に生まれ変わっていくためにも、議員報酬は、現状からの増額が望ましいと結論づけました。
具体的な金額については、全議員の活動実績や、今後の議会活動計画から活動量を導き出し、市長の報酬額に照らし合わせて算定しました。また、定数については、常任委員会の数と、各委員会の適切な人数の考え方から、最終的に現状維持の20人が妥当と判断しました。
市民との「対話」により議員報酬の問題を丁寧に考える
専門委員会の議論を基にまとまった議会の総意を住民に諮るため、滝沢市議会では、「市民と語る議会フォーラム」を開催することにしました。
フォーラムでは、開催方法にも工夫をしました。従来の議会報告会で行っている対面式の会場設定では、対立構造が生まれることもあるため、参加者にはグループごとに着席してもらう配置にし、参加者同士で「対話」をしてもらい、意見が共有されるような工夫をしました。「対話」とは、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得るような話し合いのやり方です。互いの立脚点を明らかにして、相手を論破する話し合いの「討論」とは異なります。
2015年4月19日に開催されたフォーラムには、81人の市民と20人の議員、合計101人が参加し、対話が行われました。フォーラムでは、まず、山梨学院大学の江藤俊昭先生が、「住民自治と地方議会」のテーマで基調講演を行い、滝沢市議で議会改革推進会議の角掛邦彦委員長が、「滝沢市議会の現状と今後の展望」を報告しました。その後、「ワールドカフェ」の手法を用いて、「議会に期待すること(感じていること)」「議員の報酬・定数について」の2つのテーマで、私がファシリテーターになり、対話を行いました。「ワールドカフェ」とは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中、小グループ単位で、参加者の組み合わせを変え、自由に対話し、テーブルの模造紙にその内容を書きながら話し合いを発展させていく話し合いのやり方です。
グループに議員が必ず一人入るようにして、20グループで行われました。中には、報酬のアップは時代の流れに逆行する、議員はボランテイアでも良いとの否定的な意見もありましたが、概ねこれまでの議会改革の取り組みを評価する意見が多く、報酬アップにも肯定的な市民が多かったようです。
その後、滝沢市議会では、多くの市民に丁寧に説明、対話を行う場として、5月から6月にかけて、市内13会場で議会報告会「おでんせ会議」(方言で、いらっしゃいの意)を開催しました。今回、初めて議会報告会でテーマを設定し、議会からの情報提供の後、「提言型議会」、「議員の報酬・定数」についての2つをテーマに意見交換を行いました。報告会も、ワークショップ形式で5~6人でテーブルを囲み、対話を意識して行いました。フォーラムと同様に、参加した市民は議員の仕事を理解し、比較的、報酬アップに前向きな意見が多かったようです。
関連記事:第20回 市民との対話が生まれる新しい「議会と市民との意見交換会」のあり方
第26回 「ファシリテーション」を身につけ議会に「対話」の文化を
「対話」を通して議会と市民の信頼を
滝沢市議会が、「市民と語る議会フォーラム」で実践したワールドカフェの手法などによる「対話」のメリットは、利害関係のある当事者同士や、価値観の違う者同士が、互いの意見を受け止め、最適な答えを導き出すために意見を交わすことです。そして、そのプロセスを通して、互いの信頼関係が生まれることです。滝沢市議会が、議員報酬を引き上げることになった背景には、これまでの真摯(しんし)な議会改革の積み重ねもありますが、報酬引き上げという難しいテーマに、市民との「対話を」通じて信頼関係を築きながら取り組んだことによると思います。
◇ ◇ ◇
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
- 早大マニフェスト研究所 連載記事一覧
- 第32回 18歳選挙権と大学キャンパス内期日前投票所~青森県知事選挙における青森中央学院大学での取り組みから
- 第31回 学生発 キャンパス内期日前投票所で若者の投票率アップを!!~2015統一選「Create Future山梨」の取り組みから~
- 第30回 「コンマ1秒の改革」開票事務改善で職員の意識改革を~2014衆院選で日本一過酷な開票事務を行った笠間市の取り組みから~
- 早大マニフェスト研究所 連載記事一覧