【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第27回 学生の力を「地方の知恵」に引き上げるには~青森中央学院大学の学生によるむつ市大湊プロジェクトから (2015/3/5 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第27回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「学生の力を『地方の知恵』に引き上げるには~青森中央学院大学の学生によるむつ市大湊プロジェクトから」をお届けします。
学生の力を「地方の知恵」に
地方分権の進展とともに、好むと好まざるに関わらず、善い政治の競争、「善政競争」の時代が確実に到来しています。「3割自治」と揶揄され、財政的に厳しい地方の自治体にとって、この競争を勝ち抜くには、知恵とアイデアが欠かせません。その「地方の知恵」の出し手として、若い学生たちの力も侮れません。活躍の舞台を用意し、うまく引き出せば、まちづくりに必要な3要素といわれる「よそ者」「バカ者」「若者」の特徴を発揮するのが学生たちです。
今回は、私が青森中央学院大学で担当する3年生のゼミ生が青森県むつ市で行った取り組みを事例に、学生の力の潜在的な可能性を掘り下げるとともに、その引き出し方を考えたいと思います。
むつ市「ご近所知恵だし会議」
むつ市では、2012年度から、町内会などを対象に、地域の課題解決に向けて住民自らが知恵を出し合う場として「ご近所知恵だし会議」を開催してきました。2014年度は、「よそ者」の視点と「若者」の行動力を地域に取り入れようと、私がアドバイザーとなり、ゼミの学生も参加して、大湊新町町内会の皆さんを対象に開催することになりました。
6月、町内会の皆さん17人、学生11人(佐藤ゼミ8人、むつ市出身の青森公立大生3人)、市職員など、合計36人が参加して会議は開催されました。会議は、「まちの魅力再発見!自慢できる大湊新町へ!」というテーマで、ワールドカフェのスタイルで行われました。ワールドカフェとは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中、小グループ単位で、参加者の組み合わせを変えながら、自由に対話し、話し合いを発展させていくワークショップの進め方です。
当日は、私がファシリテーターになり、「大湊新町の魅力、自慢したいことは何ですか?」「10年後の大湊新町はどうあってほしいですか?」「そのために、今われわれができることは何でしょうか?どんなことをしたいですか?」という3つの問いを順番に投げかけ、対話を行っていきました。学生たちは各グループで町内会の皆さんの意見を引き出すことに努めました。
よそ者の学生たちも参加した対話を通じて、町内会の方は、陸奥湾や釜臥山などの景観、老舗の飲食店など地域の魅力の再発見、新たな気付きがあり、さまざまな知恵が出てきました。対話を行い、アイデアを出すだけでは、地域に変化は起きません。そこから出たアイデアをアクションに変えていくことが重要になります。大湊地区は、市の中心街の一つですが、高齢化が進み、賑わいと元気が失われている地域です。今回は、「大湊の魅力を紹介するプロモーションビデオ(PV)を作り、インターネットを通じて広くアピールする」というアイデアを、学生と地域の人が一緒になって取り組むこととしました。
大湊の魅力を紹介するプロモーションビデオ「かさまい大湊」作成
PVは、むつ市の市民歌を市職員の方にアップテンポに編曲してもらい、その曲に合わせて、地域の皆さんが、自慢できる地域資源の場所で楽しく踊ってもらう内容に決めました。9月、佐藤ゼミの学生たちは、知恵だし会議で出された大湊の魅力を参考にロケハンを行い、撮影場所を具体的に決めて、地域の皆さんに参加と撮影の協力を行っていきました。
市の担当職員と準備を進め、10月から撮影が開始されました。町内会の方は元より、JR東日本大湊駅の職員、地域のダンスサークル、大湊高校ヨット部の生徒、地域の企業の従業員、パン屋やラーメン屋、居酒屋やスナックなど、約50人の市民の方が喜んで撮影に協力してくれました。35歳の宮下宗一郎市長には、学生のアイデアで、坂道の多い大湊を紹介するために、その坂を学生たちと全力疾走してもらい、インパクトのある映像を撮影することができました。
PVのタイトルは、「かさまい(来て下さい)大湊」に決定、12月に関係者の皆さんを対象に試作品の鑑賞会を開催し、意見や感想をいただきました。最終的に1月、6分にまとめられたPVが市のホームページやYouTubeで公開されました。鑑賞会で出た意見を参考に、観光地や地域の商店などの情報は、登場場面に示されるQRコードで読み込める工夫もしました。
PVの副次効果が地域に広がっています。撮影に協力した大湊駅では、待合室に撮影の内容を紹介するパネルが設置され、テレビでビデオが流されています。パネルは地域の金融機関のロビーにも設置されるようになりました。学生が作成したPVがきっかけで、地域に新しいつながりが生まれました。市では2015年度、新しくつながった多様な住民も巻き込んで、再度「ご近所知恵だし会議」を開催する計画です。
むつ市役所市民連携広報課の山崎学さんは、今回の学生たちが関わった一連の取り組みを次のように評価しています。「町内会という既存の地縁型コミュニティをベースに、学生たちが縁をつなぎ合わせ周りをその気にさせていくことにより、PV制作という新しいテーマ型コミュニティができ上がりました。多様な主体のつながりにより、イノベーションが誘発されることと、そのための重要なファクターの一つは“若者・よそ者”であることを実感しました。今回出会ったたくさんの笑顔が、これからのまちづくりにおける道標(しるべ)になったと思います」。
「地方の知恵」として学生の力を引き出すためのコツ
むつ市では、学生たちが地域に入ったことで、地域の人に新しい気付きと、つながりが生まれました。この事例が示すように、学生には、地域を動かす大きな潜在能力があります。重要なのは、その潜在的な力を地域がいかに引き出し、活用するかです。
私が、学生と接する時に心がけていることがいくつかあります。まずは、学生それぞれにオーダーメイドの活躍の場、舞台を用意してあげることです。ここで大事なのはオーダーメイドということです。当然、学生は、性格、関心、特技、将来の夢などが異なります。人の持ち味を探し活かすために、対話して互いに理解し合うように努めています。
また、用意した舞台では、失敗は許されません。成功までのシナリオをしっかり描き、成功に資する地域の大人を紹介し、ポイントポイントでフォローすることにより、必ず成功させ、成功体験を積ませます。そして、うまく成功した場合には、さまざまな手段を使い徹底的に褒めます。特に、テレビや新聞等のマスコミに取り上げてもらい、間接的に第三者であるマスコミに褒めてもらうことは、効果抜群です。学生たちはとても喜び、自信をつけ、更なるモチベーションが上がります。
学生が「地方の知恵」の出し手として「大化け」するには、やる気のスイッチが入らなければなりません。何がきっかけでそのスイッチが入るかは、人それぞれ違います。その中でも、人との出会いがきっかけになって、学生たちのやる気に火がつくことが多いです。本気モードの活躍の舞台で接点を持つさまざまな地域の大人との出会いから、大きな刺激を受けて、地域への思いも深まり、リーダーとしての資質も少しずつ身についていきます。将来の地域を担う人材の育成、そうした観点からも、学生を活用していくことは、その地域の力、財産になります。
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青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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