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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第70回 「管理職になり切れない症候群」を如何に克復するか~岩手県一関市役所の取り組みから (2018/2/22 早大マニフェスト研究所)

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第70回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。

管理職になりたくない症候群、なり切れない症候群

 筆者は、早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会(第64回「地方創生時代に求められる自治体組織のあり方」)の幹事として、自治体職員の人材育成に関わっている。そのため多くの自治体の職員と話す機会があるが、中堅クラスの職員に2つの病が蔓延していることに危機感を持っている。

 一つは、管理職としての仕事のやりがいを感じられず、仕事での大きな責任を引き受けたがらない「管理職になりたくない症候群」。もう一つは、好むと好まざるに関わらずに管理職になった場合にも、なる覚悟と準備がなかったことで、プレーヤーとマネージャーのバランスや、部下との上手い接し方が分からない「管理職になり切れない症候群」である。

マネジメント

写真はイメージです。

 企業や組織に関係する人々の学習を取り扱う「経営学習論」の第一人者で東京大学の中原淳准教授は、著書「駆け出しマネージャーの成長論」の中で、管理職、マネージャーを取り巻く環境が大きく変わってきていると指摘している。組織のフラット化や人員削減が進んだため、ある日いきなりマネージャーになる「突然化」。プレーヤーでありマネージャーでもある、両方の役割が求められる「二重化」。非正規社員や定年後の再雇用の増加等による「多様化」。前向きな仕事以外に、莫大な事務仕事に忙殺される「煩雑化」。そして、成果主義の進展や人件費の削減の結果として、経験の浅いマネージャーが増えている「若年化」である。

 こうした環境変化も要因となり、自治体組織の中には「管理職になりたくない症候群」「管理職になり切れない症候群」の職員が増えている。また、自治体の従来型の階層研修制度が、この変化に十分に対応できていないので、問題は解消されず新任管理職の悩みは増すばかりである。

 今回は、2017年度、やり方を一新した岩手県一関市の新任課長・係長研修を事例に、管理職職員の人材育成について考えたい。

「経験学習モデル」と「対話」をベースとしたプログラム設計

 これまで一関市では、岩手県市町村職員研修協議会が主催する全県からの集合型の階層別研修(監督者級および管理職級研修)に、新任課長、係長を派遣していた(課長は2日、係長は2日半)。担当をしていた総務部職員課人事研修係の小野寺知之さん(人材マネジメント部会修了生)の問題意識は、研修がその後の部下職員に対するマネジメントの実践や人材育成に結び付いていない、同じ時期に役職者になった職員同士のネットワークが構築されていないということであった。小野寺さんから筆者に相談があり、内容を一新、一関市単独、通年で開催する形式にリニューアルすることにした。

 筆者が研修のプログラム、プロセスを考える際に意識したのは、組織行動学者のデービッド・コルブの「経験学習モデル」である。「経験→省察(振り返り)→概念化(教訓の言語化)→新しい実践」の4つのプロセスを踏みながら、学習し成長すること。また、同じ時期に役職者になった同期の仲間で、「対話(ダイアローグ)」を通して、お互いの意見を聴き合い、探求し合い、自分達の力で進むべき道筋を切り開くことである。

 以上のことから、新しい研修は、受講者同士の対話を通じて、新任課長、係長として目指す姿や組織成果を向上させるための手段を、自ら考え、実践し、振り返ることで、管理職としてのリーダーシップの発揮とマネジメント能力を高めることを目的とした。新任課長、係長、それぞれ、筆者が講師となる研修会を3回と、市内のNPOにお願いして管理職として必要となるスキルであるファシリテーションの基礎講座の合計4回の集合研修が実施された(新任課長研修、係長研修ともにプログラムの内容はほぼ一緒)。

先輩管理職を交えてのワールドカフェ

先輩管理職を交えてのワールドカフェ

リニューアルされた一関市役所の新任課長・係長研修

 第1回の研修は5月、「先輩課長、係長の話を聴く」をテーマに開催された。受講者からリクエストのあった尊敬する先輩管理職(部長や課長)にも参加いただき、ワールドカフェで対話を行った。「ワールドカフェ」とは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気の中で4~5人の少人数のグループに分かれ、参加者の組み合わせを変えながら自由に話し合いを発展させていく対話の手法だ。

 第1ラウンドでは、「新任課長、係長として、不安なこと心配なことは何ですか?」。第2ラウンド、第3ラウンドは、「不安なこと、心配なことに対して、先輩課長、係長はどう対応してきたか?それを聴いて、何を心掛けたいと思うか?」と同じ問いで、メンバーを替え話し合ってもらった。ワールドカフェを通して、自分だけが悩んでいるのではなく、皆が似たような不安を感じていることが共有され、先輩管理職からのアドバイスにより、解決策の糸口をつかむことができた。

 第2回の研修は6月、職場内での会議、話し合いの活性化のために、ファシリテーションの基礎講座を受講してもらった。発散→収束→決定の話し合いのプロセス。会議の事前準備等、会議設計の仕方。対話、傾聴の意味。話し合いの可視化の重要性等を学んでもらった。演習として、KJ法とワールドカフェのワークショップも体験した。

 第1回と第3回の間に、中原准教授の著書「駆け出しマネージャーの成長論」を課題図書として、読書感想文を書いてもらった。最初は嫌々だった受講者も、内容に引き込まれ、自分事に置き換えて感想文を書いてくれた。「プレーヤーとマネージャーのバランス等この本に書かれていることは今まさに自分が悩んでいることだ」。「失敗を重ねながら成長していけばいいことが分かった」等、悩みや不安が頭の中で整理され、自分の役割を前向きに捉える感想が多かった。

ストーリーテリングの様子

ストーリーテリングの様子

 第3回の研修は8月、ファシリテーション研修後の現場での実践の振り返り、課題図書からの気付きの共有からスタート。その後、「上司と部下との関係により、これまで最高のパフォーマンスを達成された経験を、物語調で話してください」の問いでストーリーテリングを行った。ストーリーテリングは、本人が伝えたいと思うことを、自らの体験談等のエピソードを踏まえ、物語調に伝えるもので、テーマを具体的に掘り下げる効果がある。それを踏まえて、「一関市役所における課長、係長のありたい姿」をテーマにワールドカフェを行い、最後に、「新任課長、係長マニフェスト」を作成してもらい、明日から管理職として挑戦したいことを3つ宣言してもらった。

 第3回と第4回の間の11月末を期限に、「新任課長、係長マニフェスト」の振り返りを提出してもらった。振り返りは、「KPT」のフレームを活用し、「良かったこと(Keep)」「悪かったこと(Problem)」「次に試すこと(Try)」を言語化してもらった。良かったこととしては、「職場内での挨拶を意識できた」「笑顔を心掛けられた」等、職場の雰囲気醸成の試みが多く挙げられた。逆に悪かったこととしては、「部下に任せたいけど任せられない」「答えを示してしまい部下に十分考えさせられていない」等、部下育成に関する課題が多く出た。

 第4回の研修は2月、「新任課長、係長としての1年間を振り返って、今悩んでいることを共有しよう」をテーマに、OST(オープン・スペース・テクノロジー)を行った。OSTとは、参加者自らが解決したい課題、話し合いたいテーマを持ちより、自主的に話し合いを進めていく対話の手法だ。部下の育成方法、プレーヤーとマネージャーのバランス、上司と部下との板挟み等のグループに分かれ、悩みの共有と、お互いにアドバイス、支援し合った。終わりに、「課長、係長マニフェスト」を再度作成、前回よりもストレッチな目標を掲げてもらい、1年の研修のまとめとした。

悩み別に分かれてのOST

悩み別に分かれてのOST

役所の組織の要は管理職

 中原准教授はマネージャーの仕事の本質を、「他者を通じて物事を成し遂げること」としている。新任課長、係長は、役職に就く前は、限られた範囲の仕事を遂行し、その範囲の中で自分自身の成果を挙げればよかった。しかし、これからは周囲を巻き込みながら、より大きな成果を挙げることが組織の中で期待されている。

 役所のパフォーマンスを挙げる要は、部長、課長、係長の管理職だ。首長が素晴らしいマニフェスト、政策を掲げたとしても、管理職で減退し、保留され、あるいは歪曲されれば、現場の職員の行動は何も変わらず、地域に変化は起きない。逆に現場の職員からの前向きな政策アイデアも、管理職が減退させ、保留し、歪曲すれば、何も変わらないだけでなく、職員のモチベーションも悪化させることになる。組織を動かす鍵になるのは、管理職が主導的に行う組織内での「対話」を通した納得感と腹落ちだ。

マニフェストをグループで共有

マニフェストをグループで共有

 残念ながら、従来型の階層研修やOJTでは、管理職になる心構えも、なった後の覚悟も固まらない。一関市役所の新しい新任課長・係長研修は、ワールドカフェ、ストーリーテリング、OSTといった多様な対話の方法論を屈指したプログラムになっている。対話を通して、同期の管理職が思いをつなげ、職場、組織、地域のために一歩前に踏み出す。ポジテイブに管理職の役割を考える職員が増えれば、自治体の組織は変わる。やりがいを持って活き活きと笑顔で仕事をする管理職の職員がいればこそ、地方創生は実現される。

◇        ◇        ◇

佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

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■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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