【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第31回 学生発 キャンパス内期日前投票所で若者の投票率アップを!!~2015統一選「Create Future山梨」の取り組みから~ (2015/5/14 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第31回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「『学生発 キャンパス内期日前投票所で若者の投票率アップを!!~2015統一選「Create Future山梨」の取り組みから~」をお届けします。
止まらぬ投票率低下の流れ
2015年の統一地方選挙も終わりました。残念ながら今回も、投票率の低下の流れには歯止めがかかりませんでした。毎日新聞の調査によると、統一選前半4月12日に投票が行われた10道県知事選の投票率が47.14%、41道府県議選は45.05%、5政令市長選は51.57%、17政令市議選は44.28%で、いずれも過去最低となりました。統一選後半26日に投票が行われた62市長選の平均投票率は50.53%、281市議選は48.62%、東京特別区の11区長選は44.11%、21区議選は42.81%、69町村長選は69.07%、284町村議選は63.12%で、こちらも区長選以外はいずれも過去最低を記録しました。
こうした中、朝日新聞の調査によると、低迷する若者の投票率アップを目指し、今回の統一選で、大学キャンパス内に期日前投票所を設置する動きが12大学(函館大学:北海道函館市、弘前大学:青森県弘前市、山梨大学:甲府市、大阪大学:大阪府豊中市、松山大学、愛媛大学:ともに松山市、高知大学:高知市、山口大学、山口県立大学:ともに山口市、近畿大学産業理工学部、九州工業大学:ともに福岡県飯塚市、鹿児島大学:鹿児島市)に広がりました。選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる『公職選挙法』改正案が今国会で成立する見通しの中、期待される取り組みです。
今回は、その中でも、学生団体である「Create Future山梨」が主体となり、期日前投票所の開設を実現した山梨大学の取り組みを紹介するとともに、キャンパス内期日前投票所のあり方について考えたいと思います。
一人の学生の思いが選管と大学を動かす
全国で初めて大学キャンパス内に期日前投票所が開設されたのは、愛媛県の松山大学です。松山市選挙管理委員会が、2013年の参議院議員選挙から設置し、その時には、市内の20代前半の投票率が2.72ポイントアップする大きな成果が上がりました(コラム第17回)。その数字を知り驚いたCreate Future山梨の代表、齋藤浩平君(山梨大学大学院1年)が、自分の通う山梨大学でも期日前投票所を開設したいと思ったのが今回の取り組みのスタートです。Create Future山梨は、齋藤君が、若者と政治をつなげることを目指して2013年9月に立ち上げた団体で、週に一度、昼休みの学食で、新聞を題材にニュースについて話す「昼飯NEWSトーク」などの活動を行っています(第9回マニフェスト大賞優秀マニフェスト賞(市民)受賞)。
2014年10月、齋藤君は、キャンパス内期日前投票所開設に向けて、甲府市選挙管理委員会に相談に行きました。しかし、二重投票の危険性、人件費などの費用面で、前向きな回答はもらえませんでした。形勢逆転を狙い、齋藤君は同年11月、学生200人のアンケートを実施、甲府市内に投票権がありこれまで投票に行っていない学生のうち、61%の学生がキャンパス内に期日前投票所が開設されれば「投票したい」との調査結果を得ました。「迷っている」と答えた22%の学生を足すと83%で、推計542人の山梨大学の学生が投票する見込みとなり、それは20代前半の投票率でいう4.8%に相当するとの試算を導き出しました。
その数字をベースに要望書を作成して、大学、選挙管理委員会と粘り強く交渉しました。2015年2月には、大学、市選管、学生の3者により設置に向けた協議が行われ、3月には、4月の統一選において実施される山梨県議会議員選挙、甲府市議会議員選挙での設置が正式に決定しました。コスト面の問題は、専用回線を引いた場合には100万円以上かかるところを、携帯電話で二重投票の確認を行うことで解決しました(参考:学生発・キャンパス投票所ができるまで)。
期日前投票と模擬投票の同時実施
キャンパス内期日前投票所は、4月12日投開票の山梨県議会議員選挙では、8日(水)の10時から17時まで。4月26日投開票の甲府市議会議員選挙では、21日(火)、22日(水)と2日間、10時から17時まで実施されました。Create Future山梨では、ポスターとチラシを作成し、学内外で広報活動を行いました。また、実施日の昼休みには、メンバーが、キャンパス内で投票を呼びかける啓発活動を行いました。その結果、県議選の投票者数は、1日で大学の近隣住民を含めて200人、うち学生は15人。市議選は、2日間で335人、うち学生は22人でした。新年度の学期初めということもあり、キャンパス内には、未成年の1・2年生が多く、残念ながら学生の投票者数はあまり伸びませんでした。しかし、投票した学生からは、「大学で投票できるのはとても便利。友達と気楽に来ることができる」「ここがなかったら投票しなかったと思う」など好意的な意見が聞かれました。
また、県議選の時は、未成年だったり、甲府市以外に住民票があったりして投票ができない学生向けに、選挙に関するクイズ(住民票と選挙権の関係、投票用紙の書き方)を出題、その解答を本物の記載台で投票用紙に記入し、本物の投票箱に投票する模擬投票を実施しました。こちらは、抽選で景品が当たるようにしたこともあり、学生156人が参加しました。効果は分かりませんが、甲府市議会議員選挙の投票率は、46.7%と前回と比べて2.5%アップしました。
Create Future山梨の代表齋藤君は今回の一連の取り組みを次のように総括しています。
「投票率の低下が社会問題化するなかで、松山の取り組みをまねしない理由はないと思いました。結果的に学生の利用は多くなかったが、確実に『選挙』への意識は高まり、市議選での投票率向上につながったと思います。投票しやすいハードの整備に加え、『社会への関心』を高めるソフト対策と、両面で地道に働きかけていく必要があります。実際に投票所が目の前にあっても『わからない』『興味がない』いう理由から投票しない学生も多くいました。今回の取り組みをしっかりと総括し、2016年の参院選では、山梨はもちろん、全国での実施につなげていきたいと思います」
18歳選挙権に向けて
今回の取り組みは、一学生である齋藤君の思いが、選管と大学を動かしました。キャンパス内の期日前投票所設置に関連するアクターは、選管、大学、学生の3者になります。今回は、齋藤君の思いが伝わりましたが、この3者の連携がなければ、キャンパス内期日前投票所の効果は上がりません。例えば、選管主導で投票所が設置されても、大学の応援体制が欠け、学生の盛り上がりもなければ投票者数も増えません。学生主導で設置の動きが起きても、当初の甲府市選管のように対応が消極的では話が進みません。先進地の松山市では、選管と啓発活動を行う学生で組織された「選挙コンシェルジュ」のメンバーが、協働して投票率向上に取り組んでいます(参考:大学に投票所を―投票につなげる松山市選管の啓発活動)。選管、大学、学生が投票率アップの思いを一つにすることが重要です。
そのほかにも課題があります。それは、引っ越しして一人暮らしをしているにもかかわらず、住民票を移していないため、選挙権のない学生が多数いるということです。私の所属する大学でも、地元の成人式に参加できなくなると思い込み(*参加は可能です)、住民票を移さない学生がいます。山梨大学と同じく今回の統一選から期日前投票所を設置した弘前大学では、入学式の告辞で、佐藤敬学長が、「弘前に移り住むことになった新入生の皆さんには、ぜひ、弘前市民として住民登録をしていただくようお願いします」と住民票の移動を促しています。こうした呼びかけも欠かせません。
選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる『公職選挙法』改正案が成立する見通しで、早ければ2016年の参議院議員選挙から18歳選挙権が実現するといわれています。この変化をチャンスに、主権者教育などの若者の政治離れを抑える根本的な対応を行うとともに、投票環境の整備も行っていく必要があります。齋藤君が作った一つの既成事実が社会を変える大きな流れになってほしいと思います。
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青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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