【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第28回 話しやすい空間での「対話(ダイアローグ)」が未来を創造する~富山県氷見市の「フューチャーセンター庁舎」への挑戦~ (2015/3/12 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第28回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「話しやすい空間での『対話(ダイアローグ)』が未来を創造する~富山県氷見市の「フューチャーセンター庁舎」への挑戦~」をお届けします。
「対話」は話しやすい空間から生まれる
これまでこのコラムで、地域での「対話(ダイアローグ)」の重要性を何度も述べてきました。「対話」とは、「討論(デイベート)」のように、物事に白黒をはっきりつけるようなやり方ではなく、相手の意見を最大限尊重すること、相手の立場に立つこと、それぞれの考えを理解した上での相対化を経て、新たな解決策を導く話し合いのスタイルです。
前々回(第26回)のコラムでは、対話を効果的に行うスキルとして「ファシリテーション」の重要性を指摘しました。対話の質を上げるには、インフラとして話しやすい空間作りが欠かせません。話しやすい空間には、場と道具が含まれると思います。役所の公的な会議では、机の配置にしても何の工夫もされていません。お茶とお菓子、お花やBGMがあるだけで、会議室の雰囲気は変わります。出てきた意見やアイデアが可視化されることも必要です。役所の会議室には、ホワイトボードや付せんが用意されていません。ホワイトボードは、議論が空中戦になり、話が錯綜(さくそう)する状況を、視覚化することに効果があります。付せんは、思考を発散させるには便利です。
今回は、富山県の氷見市を取り上げます。氷見市では、2014年5月、市内にある廃校になった県立高校の体育館をリノベーションして市役所として再利用しています。その庁舎には、ガラス張りで壁面にホワイトボードが掲げられた庁議室など、対話が活性化するための空間づくりの工夫がふんだんにされています。氷見市が目指す、対話により未来を作り上げていく「フューチャーセンター庁舎」について考えてみたいと思います。
「対話」とコミュニケーションを生み出す氷見市役所新庁舎
氷見市の新庁舎は、A、B、Cの3つの棟からなります。最も特徴的なのが、企画系の部署が入るB棟2階の大フロアです。巨大な曲面天井がまるで船底のようなダイナミックな曲線を描き、オフィス空間には壁がなく、それぞれの部署がまるで「島」のように浮かんでいます。行政にありがちな縦割りという弊害が取り除かれ、部署にとらわれない仕事のあり方、壁のない市民との対話が実現されています。
ここには、対話を生み出すための4つの空間が配置されています。「センター」は、フロアの中心に位置し、ガラス張りで壁面にホワイトボードが掲げられた市の意思決定機能を持つ庁議室です。ここでは週2~3回戦略会議が開催されます。「プレゼンテーション」は、フロアに点在する空調施設をホワイトボードで囲み隠し、職員の自主的な勉強、発表の場になっています。「キャンプ」は、可動式の机により人数に合わせて、課の垣根を超えて職員が打ち合わせをすることができる開放的なスペースです。「ワークショップ」は、テーブル型のホワイトボードが置かれ、図書室も兼ねた創造的な職員の休憩場所です。また、庁舎内には、付せんや模造紙、サインペンなどが収納された「ワークショップワゴン」が準備され、いつでもどこでもすぐにワークショップができるようになっています。
また、A棟の1階には、市民やNPOの方々と職員が対話する場、そこから発想が生み出され、孵化(うか)していく場として、「地域協働スペース」が用意されています。会議のテーマと目的によって、ち密な議論を行う「オーシャン」、ゆったりと語り合う「フォレスト」、発想の枠を取り払う「ドリーム」の3つの多目的会議室です。
このように、氷見市の新庁舎は、対話によりコミュニケーションの質を高めることが意図された創造的な空間になっています。また、こうしたハードだけではなく、市民参加と協働・防災のデザイン課に、ファシリテーターを育成する「市民協働ファシリテーション担当」を置き、ハードを使いこなせる職員や市民の育成も合わせて行っています。
計画段階から「対話」による市民参加を実践
2013年4月の市長選で初当選した本川祐治郎市長は、廃校になった高校に移転が決まっていた庁舎整備を前市長から引き継ぎました。本川市長は、市長になる前まで、研修講師やプロファシリテーターとして活躍していました。市庁舎整備といったビッグイベントを市の財務担当だけには任せられないということで、市民と市職員が参加するワークショップを行うことにしました。「世田谷トラストまちづくり」の協力を得つつ、ワークショップは3回に渡って行いました。1回目は、市職員のみで設計者の設計案をチェックし、意見を出し合いました。2回目は、市民60人を市職員が案内して段ボールなどで庁舎内のフロアを模擬配置した体育館を見学、意見も求めました。3回目では、市民と市職員の合同ワークショップを、合わせて100人が参加して行いました。
一連のワークショップを通して、市民や市職員の意見から、市長室が一番奥から入り口に近い位置に移動したり、市庁舎前の植栽のプランが変更されたりしました。まさに本川市長が目指す、市民の「つぶやきを形に」が実践された場面になります。その他、職員のワークスペースとしての快適さを追求しようと、Googleやイトーキ、コクヨなど、最先端の創造的で快適なオフィス空間をベンチマークしに行きました。庁舎の計画、デザインに参加型のワークショップを通して関わった市民や職員にとっては、思いと愛着が溢れる市役所になりました。
市役所庁舎を「フューチャーセンター」に
北欧が発祥の「フューチャーセンター」という概念があります。組織を超えて、多様な関係者が集まり、未来志向で対話を行い、お互いの関係性をつくる。そこから生まれたアイデアに従い、協力してアクションを起こしていく。そうした場が「フューチャーセンター」です。氷見市役所は、日本初の「フューチャーセンター庁舎」を目指しています。多様な主体が対話を通じて問題解決をし、実行する場の起点に市役所庁舎がなるということです。
本川市長は、次のように決意を述べています。「プロファシリテーターが市長になったからこそできる、創造的問題解決思考の市政運営を追求したいと思います。『まちづくりはハードからソフト、ソフトからハートへ』『市民はまちの使い手の専門家』。この言葉を胸に、市民起点の行政を徹底的に押し進めます。成熟した民主主義の自治体モデルを発信していきます」。
今、地方創生が声高に叫ばれています。しかし、地方創生が成功するには、依存から自立、地方から知恵、アイデアが生まれる仕組みとしての対話の場が不可欠です。また、対話から生まれるアクションがなければ、地域に変化は起きません。これが地方創生の本質だと思います。問われるのは地域での「話し合いの質」です。地域に「フューチャーセンター」が官民問わず立ち上げられ、地域内外のステークホルダー(関係者)の知恵も活用しながら、機能的に運営、連携していくことも、地方創生の一つの姿だと思います。
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青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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