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「水着を買えず授業を休む…子どもたちの貧困は遠い国のことではない」―担当者インタビュー(1) (2016/7/12 政治山)

 日本財団は「子どもの貧困対策プロジェクト」で、全国100カ所に「家でも学校でもない第三の居場所」を設ける事業に取り組んでいます。第1号拠点は埼玉県戸田市で、11月の事業開始に向けて準備が始まっています。現在の課題や将来像について、広報担当の桜木由美子さんにお話をうかがいました。

「2.9兆円の経済損失」に危機感

桜木由美子さん

インタビューに答える日本財団コミュニケーション部・桜木由美子さん

政治山
拠点づくりをすることになった経緯を教えてください。
桜木さん

日本財団では、特別養子縁組支援や難病児支援、不登校児への教育支援など、「生きにくさ」を抱える子どもへの支援を「日本財団子どもサポートプロジェクト」として一体化し、推進しています。そのプロジェクトの一つとして、子どもの貧困対策を重点支援分野に位置づけました。

「子どもの貧困対策プロジェクト」は、具体的には学校でも家でもない、「第三の居場所」づくりを行う事業です。私ども日本財団はこの居場所を全国に100箇所設置しようと考えており、そのために50億円を用意します。

まだ正式名称は決まっていませんが、「子どもの家」とここでは呼ぶことにします。昨年12月、子どもの貧困を放置した場合の社会的損失が、1学年の一生涯で2.9兆円にもなるという推計を記者発表しました。現在15歳の子ども(約120万人)のうち、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭の子ども約18万人が64歳までに得る所得を、現状のまま放置したシナリオと、進学率や中退率が改善したシナリオで比較した結果です。

都道府県別に課題深刻度を「見える化」

政治山
子どもや家族だけでなく、国としても大きな損失ですね。
桜木さん

所得だけでなく、税収や社会保障負担にも影響があり、政府収入の差は1.1兆円になります。この記者発表は、かなりの反響がありました。同時に「損失を防ぐために財団は何ができるのか」という問いも頂きました。そこで、私たちは今年3月、都道府県別の、より詳細なデータを発表し、エリア別の深刻度を“見える化”しました。それがチャートAです。

このデータを発表した目的は、各地方自治体に問題認識を持ってもらい、具体的な対応をしてもらいたかったからです。2014年5月に、「896の市区町村が“消滅可能性都市”である」と、民間研究機関が発表しました。その後、指摘を受けた自治体が大きな危機感を抱いて次々と対策を打ち出したことがありました。あの時の報道と同じように、詳細なデータで現状の深刻度を知ってもらい、多くの方の「自分事」にしていただきたいという思いが私どものプロジェクトチームにありました。

チャートA「都道府県別深刻度」

チャートA

政治山
子どもが置かれた状況は当事者でないと分からない部分もあるのでは?
桜木さん

その点が、この問題を難しくしています。貧しいという言葉がどこか遠い国の話というイメージがあって、日本で貧困といっても実感が伝わりにくいと思います。

着ている洋服自体は普通に見えるのですが、きちんと洗濯できずに臭いがついていたり、水着を買うお金がなくて水泳の授業を全部休んだり、おやつが買えずに遠足を休んだり、治療費がなく虫歯だらけになってしまい給食を食べられずにそっと吐き出したり…ショックな実例は、小さい子どもを持つ友人からも数多く聞きますし、報道されたりもしています。

実態調査で分かった現場の悲惨な窮状

政治山
子どもは仲間外れになりたくないから周囲に窮状を訴えることはしない…どうしても、問題は表面化しにくいですよね。
桜木さん

そこで私どものプロジェクトチームは、問題解決に向けて、3つの段階を設けました。第1に実態調査を行い、第2に計画策定し、第3に予算確保・施策実施をする、というステップです。チームのメンバーは、実態調査でたくさんの現場を回るとうちに、親の生き方が子に刷り込まれ、同じ道をたどるイメージができてしまうという実態が見えてきました。

ある学校で、子どもが「勉強が将来の役に立つの?」と尋ねたそうです。先生が「将来働くときに役立つ」と教えると、「働いてお金を稼ぐ必要あるの?役所に行けばお金(生活保護費)を貰えるよ」と答えたそうなんです。こうした親の金銭感覚を子どもが継いでしまうと、貧困は連鎖してしまいます。

「貧困の連鎖は、負の社会的相続が大きな要因」

政治山
たしかに、そうやって育った子どもは、大人になって同じことをしてしまいそうですね。
桜木さん

子どもは親をはじめとした大人から、価値観や考え方など様々な影響を受けて育ちます。これを一部の研究者の間では「社会的相続」と呼んでいます。我々は、この社会的相続が貧困の連鎖を生む大きな要因になっていると考えています。正の社会的相続を受けて育つ子と、負の社会的相続を受けて育つ子との間で将来の自立に向けた力の差が徐々に生まれ、先ほどの推計結果のような2.9兆円の差を生むと考えています。

1学年あたりでこれだけの差が生じるのです。所得差2.9兆円、政府収入の差1.1兆円がどのくらい大きな数字かと言えば、昨年度の児童手当の政府予算は全体で1.2兆円ですから、いかに社会的な損失をしているかが分かると思います。ある程度大きな予算をつけても費用対効果の高い公共政策になりうるのではないかということを、国や自治体が意識してほしいと思います。

社会的相続のイメージ

政治山
教育が及ぼす将来への影響は計り知れないですね。恵まれない環境にある子どもへのサポートという点では、特別養子縁組支援や子ども食堂、給付型奨学金などもありますが、連携していく予定は?

「『面』としてのアプローチが必要」

桜木さん
官民様々な支援が行われていますが、社会的相続を補完するために設置する「子どもの家」では、一つひとつの「点」ではなく、「面」としてのアプローチが必要だと考えています。11月に開設する第1号拠点では、食事や学習プログラムなどは「子どもの家」の中で行う予定です。ただ、各地方でそれぞれ特性があるはずなので、拠点ごとにフレキシブルに対応したいと思います。
政治山
今までにない「面」で行うプロジェクトということですね。
桜木さん
行政ができないモデル事業を私たちが行うことで道筋を示したいと思います。その成功モデルを今度は行政が公共政策として引き継いで、子どもの居場所づくりを社会全体で支えていくことができれば…というロードマップを描いています。行政が関わる過程で、政治家の方にもそのあたりに関心をもってもらいたいと思います。
チャートB「面アプローチ」

チャートB

 

社会的相続という言葉は、欧米圏では「social inheritance」として比較的知られている言葉ですが、日本ではあまり一般的に使われていません。社会学の分野では、低学年の子どもに対し、就学前プログラムを行うと有効であることが確認されています。研究の第一人者であるシカゴ大学教授のジェームズ・J・ヘックマン氏は、将来の成功のカギは幼少期の働きかけによって決まるとして、幼児教育の重要性を説いています。

「子どもの家」では、そういったアイデアを取り込んでいます。戸田の第1号拠点では、ベネッセが長年培ってきた子どもの学習に関する知見を活かし、NPO法人「Learning for All」が大学生等のボランティアとともに子どもたちに学習支援サービスを提供します。子どもたちも、初めて会う大学生に対して、「ああ、大学生ってこんな感じなのか」と、世界が一つ広がります。大人と1対1の関係を持つことで、子どもが家庭の中で持つのと同じ学びを持ちます。

「自由に出入りできる空間にしたい」

政治山
第1号拠点に戸田市を選んだ理由は?
桜木さん
埼玉県や戸田市は独自の学力・学習状況の調査を行っているので、効果測定がしやすいという事情があります。また、今回のプロジェクトに深いご理解をいただき、様々な協力体制を得やすい環境にあります。
政治山
噂を聞きつけて登録希望者が溢れませんか?
桜木さん

本当に必要としている子にはなかなか情報が届かないので、地域の学校や児童福祉施設などのアドバイスをもとに声かけはしっかりやりたいと思います。

活動を知って希望者が増えた場合も、門戸を閉ざすのではなく、自由に出入りできる空間にしたいと考えています。対象者が高学年になっても、遊びに来ることは歓迎しますし、逆に「毎日来なくてはいけない」というルールを設けるつもりもありません。毎日通いたくなるような仕掛けづくりはしますけれども。

政治山
利用料の個別設定も難しい課題ですね。
桜木さん
周囲の民間施設を圧迫しないような料金設定をしなければと思っています。ご家庭によっては無料に近い料金もありえますし、ある程度収入のあるご家庭には少し多めにご負担をお願いする予定です。

桜木由美子さん

「自立する力を育む場所だよ、ということを押し出したい」

政治山
ボランティアを中心に運営するとしても、全国100拠点で予算50億円では、あっという間に予算がなくなってしまいませんか?
桜木さん
それまでに成功モデルを示して、行政と連携していければいいですね。基金や交付金、自治体の独自予算と一体化した取り組みにし、持続可能な規模と予算にしなければいけません。面としてとらえるアプローチは、国内での事例はないと思います。私たちの試みが一つの社会実験でもあります。
政治山
対象に選ばれた子は、周囲のまなざしが気になって通いにくいと思う可能性はありませんか?
桜木さん
その点には事業担当者は一番注意をしています。プロジェクトのきっかけは「子どもの貧困対策」ですが、子どもにとってはあくまで「家でも学校でもない第三の居場所」ということが伝わればよいと思います。また、居場所の正式な名称はまだ決まっていませんが、その辺の事情にも配慮して決めたいと話しています。

 次回は事業担当者である花岡隼人さんのインタビューをお伝えします。

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