【後編】「精神論は、失敗の温床」荻上チキ(評論家) (2019/2/20 マネたま)
失敗ヒーロー!
華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。お迎えしたのは37歳の若手評論家で、TBSラジオ『荻上チキ・Session-22』にてラジオ・パーソナリティを務める荻上チキさん。評論家としての仕事術をお聞きした前編に引き続き、ご自身の失敗談やマネジメント論、今後の理想のメディアに関してより突き詰めて語っていただきます。
メディアを通して、人を変えようとは思わない
――荻上さんご自身はメディアとどのように向き合っているのでしょうか?
荻上チキ(以下、荻上):実際に資料を調べていると、そこに“ノイズ”や“バイアス”などのフェイク情報が混ざっていることがあります。新聞を読んでいても意見が偏る場合もありますし、Googleで調べ続けていると一体何が正確な情報なのかわからなくなるじゃないですか?
でも、「玉石混交」と言われるメディアのなかで、少しでも「玉」である情報をあちこちに散りばめておくことに注力したいと考えています。人は「拾った石」を投げるものなので、何を拾うかが大切になってくる。人を変えるというよりも人がより質のいい情報に出会うために、環境を変えるほうに関心がありますね。
――荻上さんは、メディアで情報発信をするだけではなく、メディアを活用した上で社会活動にも参加されている印象があります。2017年には、特定非営利活動法人『ストップいじめ!ナビ』の代表理事を自ら務め、「ブラック校則」の撲滅に声を上げていらっしゃいましたが、そうした社会活動にはどのように関わっているのですか?
荻上:声が上がってきた社会問題に対して、対応できるものに関してはできる限り調査したり、一緒にできそうな専門家に当たりチームアップして資金調達を行ったりと、コーディネートすることまでやっています。『ブラック校則をなくそう!プロジェクト』に関して言えば、「こんな校則があるんです。許せないですよね!どうしたらいいですか?」という怒りのメールが来たのがはじまりでした。「実態調査を行い、事例を収集。署名を集めデータに基づいた提言をし、ロビー活動を行ったりすれば…」とメールを返したら「わかりました! がんばりましょう!」みたいな感じで、巻き込まれたという形でしたが(笑)。
――調査からロビー活動まで、すべて自分たちで行っているんですね。
荻上:世の中を動かすために「役割分担」があると思うんです。自分たちができることなら自分たちでやる。できないことなら、できる人にお願いする。それでもダメなら、機が熟すまで頃合いを待ちます。そこに「諦める」という選択肢はないですね。そうこうしているうちに当事者が訴えを起こしたり事件が起きたりすると、いよいよ機が熟すことになるんです。
例を挙げるとすれば、『#MeToo(※)』のように事例がバンバン集まってくるタイミングで、ロビー活動を行い、「この問題っておかしいから、正していけば票が集まりますよ」と政治家たちに伝えていく。半分くらいの政治家は本当に世の中を良くしようと思っているので、誠実に訴えていけばきちんと伝わると思っています。
※セクシャルハラスメントや性的嫌がらせ等の被害体験をSNSで『#MeToo』というハッシュタグを付けて告発・共有する社会運動。
――昨今はパワハラ問題やセクハラ問題もよく叫ばれていますが、どうして今このタイミングで取り上げられることが多くなったのでしょうか?
荻上:“キーワードが与える力”ってありますよね。もともと漠然と存在していたところに「それはパワハラです」「セクハラです」と言葉を提示されると、次々に「私も!私も!」と新たな声が出てくる。このように言葉を与えたり、告発する人が出現したりした時に、フォロワーがたくさん生まれ動き出す。それが『#MeToo』という活動が広まった経緯だと思います。
逆に言えば、そうしたタイミングでないと、ひとつの声というものはすぐにかき消されてしまいます。一昨年から声を上げる人が続いたのも、SNSが世の中に浸透していることが深く関わっていると思います。
精神論は“失敗の温床”
――『失敗ヒーロー!』というタイトルにちなみ、荻上さんの失敗エピソードを教えていただけますか?
荻上:ダブルブッキングや締め切りのド忘れなどはたまにありますが、その都度、仕事を減らそうと思いますね(笑)。失敗する時は、だいたい自分が詰まっている時なんです。それに、社会の流れを読んでいくなかで、「今すぐにアクションを起こさなければならない」というタイミングが結構あって。そんな時にすぐに動き出せるためにも、スケジュール的にも精神的にもある程度余裕が必要になってくるんですよね。
――ご自身のマネジメントということですね。荻上さんぐらいの30代は、そろそろマネジメントする側の立場になる方も多いかと思います。その時、どのように振る舞えるのが理想的だと思いますか?
荻上:僕は人の責任を取るのが嫌だから、組織に属さないという部分も実はあるんですが……(笑)。研究を行い、チームを走らせる時に「気持ちよく、無理せず、理念はブレずにやりましょう!」と言うぐらいです。ただ、精神論は信じていません。「忘れないようにね」と言うのではなく、「それぞれGoogleカレンダーに入れましょう」というように、精神論ではなく具体的なテクニックや環境改善を提示するように心がけています。「前も言っただろう!」とか言ってる上司って、無能じゃないですか?(笑)リマインドを自動的に行うbotやアプリを設定してあげるとか、具体的な術はいくらでもありますからね。
精神論というのは、他の選択肢がすべて残されていないなかで、もっとも貧弱な「藁」なんです。「溺れた者が掴むもの」ですね。役に立たないし、人を追い込んでストレスを溜め込ませて、効率性もない。「百害あって一利なし」だと思います。つまり、失敗の温床なんです。大変なプロジェクトなら1人で抱え込ませるのではなく、自分でやるべきことと助けてもらうべきことを具体的に分けて協力することの方が大切ではないでしょうか。
苦手な上司がいるなら、50時間我慢するよりも、2時間だけ真剣に向き合ってみた方がいい
――反対に、部下という立場の人が、上司とのコミュニケーションに苦労することもあるかと思います。そういった場合には、どのように対処していけばいいのでしょうか?
荻上:僕は1年しか「部下」生活をしていなかったんですが、「上司をどう変えるか?」ということだけを考えれば、組合などのグループを作って改善の申し入れをするか、辞めるかしかない。もし、上司が思いつきで適当なことを言う人だったりしたら、僕なら最新の「行動経済学」の本を勧めますね(笑)。オススメは、リチャード・ワイズマンの『その科学があなたを変える』。自己啓発本っぽいんですが、社会心理学系の本です。これを上司にサッと差し出して読書会を開催して遠回しに伝えていく。めんどくさいヤツですよね(笑)。
つまり僕が何を言いたいかというと、「将来想定される50時間のストレスを減らすために、2時間かけるべき」ということです。ただ何時間も黙ってストレスに耐えるよりは、2時間だけでもその上司と読書会をしたりして、真剣に向き合ってみる。それでもダメなら、さらに上の上司に報告するか、企画を練って自らがチームリーダーになるか、ケースバイケースで対応していきますね。
――荻上さんは、数年単位のキャリアプランのようなものは、立てていらっしゃるのでしょうか?
荻上:仕事を続けていくにつれ、想像できない出会いが自分を変えてきたと思うことがあるので、キャリアプランを立てることはあまり意味がないと思っています。自分なりのビジョンとして、「理不尽な思いをする人が減る社会」という明確なゴールがあるので、その都度その目標に沿ったことをしようと思っています。『シノドス』の編集長を辞め、メディアの編集からは離れましたが、またどこかしらの場所に戻らないといけないとは思っています。誰とコラボするのか、どの素材で取り組むかは現在悩み中です。
メディアには、“視聴者を育てていく”くらいの感覚が必要
――今後、活躍の場を広げ、テレビを仕事の主戦場にしようとは思わないですか?
荻上:「ラジオ=実験場」のような考えを持っているので、とりあえずここで温まってから、テレビ出演をしていこうかなとも一時期は考えていたのですが、今は少し違っています。絶対にテレビは嫌だというわけではありませんが、必ずしもテレビ出演にこだわりたいという想いはありません。テレビではできないことでも、ラジオではできてしまうので。それにテレビを視聴していると、「まだこんなことをしているのか」と時代遅れに感じてしまうこともあります。
――これからのメディアには何が必要となってくるのでしょうか?
荻上:視聴者に合わせて番組を作るのではなく、番組の理念やビジョンに合わせて視聴者を育てていくという感覚が必要になってくると思うんです。そのメディアが存在した時と、存在しなかった時では「社会が違うよね」と感じられるくらいに影響を与えていく。そうでなければ、メディアはただのビジネスで終わってしまいます。金と企業と人とを中立する、それこそが“媒体”の役割であり、視聴者に新たな知見や考えるきっかけを提示することができるか否かが、いま問われてきているように思います。
とは言っても僕は最終的に人を変えようと思っているわけではなく、世の中を変えようと思っている人に届く言葉を作ろうと思っています。幸運にも僕はそういった自分の考えに合ったラジオという媒体を持っている。数十万人にも及ぶ、「アグレッシブなスタンバイ状況」にある人々に、知識や新しい気づきをシェアできるラジオという場所が、僕は非常に気に入っているんです。
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