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6年連続・新卒離職率ゼロの保育園―仕掛け人が語った「逃げない覚悟」 (2018/1/5 70seeds

東京から電車で約1時間。埼玉県朝霞市のひっそりとした住宅街に保育園「元気キッズ」はある。保育業界の人材不足や賃金の低さが問題となるなか、元気キッズは6年連続で、保育士の新卒離職率ゼロを達成した*)。なぜ実現できたのか、今の保育業界に必要なものとは。運営元の株式会社SHUHARI(シュハリ)代表取締役・中村敏也さんに聞いた。

*)元気キッズの新卒採用者数は、2011年から2→1→2→2→2→3人となっている。

子どもたちが最高の笑顔になれる場所を

――最初に元気キッズを始めたきっかけを教えてください。

根本にあるのは、待機児童問題です。もともとは通販会社で働いていたので全く保育は関係なかったのですが、何か新しいことに挑戦したいと思っていたんですよね。ちょうどそのタイミングで、子どもを産んだ従妹から「預けるところがない」という話を聞きました。

当時は2003年くらいだったかな。初めて待機児童という問題に触れて、気になって保育業界について調べてみたら、10年連続で市場が2桁成長していたんですよ。お金は高いけど、手厚いサポートを提供する認可外保育園が特に成長している時期でした。

そこで「僕にもできることがあるのでは」と思い、働きながら社会人専門学校で保育について半年間勉強しました。その後、「えいっ」と会社を作ってしまいましたね(笑)。

――6年連続で新卒・保育士の離職率がゼロだと伺いました。元気キッズにはどんな特徴があるのでしょうか。改善してきた点についても教えてください。

子どもたちと接するうちに、待機児童って大人向けの言葉だなと思ったんです。だから3つ目の施設ができるタイミングで、僕らがやりたいことって何だろうと皆で話をしました。そこで出た答えが、「子どもたちが最高の笑顔になれる場所」をつくることだったんです。

中村敏也さん

中村敏也さん。学生のころにアメリカに留学した際、自由でやりたいことに挑戦している人々を目の当たりにしたことをきっかけに、将来的には「自分でビジネスを立ちあげたい」という思いが芽生えたそう

――具体的には何を?

1つは、発達に合わせた保育。もっと大事なのが「職員が笑顔で仕事をすること」です。それまでは離職率が高かったので、休みやすくしたり、職員を増やしたり環境面を整えました。

――休みやすくしたのはなぜでしょうか。

なぜかというと、保育士は保育だけをしていても、仕事のレベルはそこまで上がらなくて。僕は何かに熱中する経験をすることで、人間力を高めることが必要だと思っています。だから金曜日に休みをとって遊びに行けとか、サークルに入ることなどを推奨しています。

保育士の人間力が高まって笑顔で仕事をすることが、子どもたちの笑顔につながりますし、せっかく関わってくれた職員たちにも人生を楽しんでほしいと思っています。

――他に取り組んだことはありますか。

先生たちの責任として、簡単ですが下記の4つの約束も定めました。4つの約束を決めたことで、急に辞めてしまうといった最悪のケースが減りましたね。

1.挨拶(子供たちが真似をする)
2.礼節(保育は必ず共同作業が生まれるから)
3.相手の話を聞く耳を持つ
4.意見を伝える勇気を持つ

また会社として「今より少しでも良いことであれば採用しよう。ダメなら戻せばいい」という哲学も推進しています。これにより仕事に主体性が生まれ、意見が言いやすい空気感も出るので、仕事が楽しくなることにつながるという良い循環が生まれると考えています。

保育士が離職する理由は給与じゃない

――言葉で伝えるのは簡単でも、哲学を浸透させるのは容易でない気がします。

特別なことをしたというよりは、求人の作り方の工夫などをしたことで、哲学に共感してくれる職員が集まるようになったことが大きいと思います。何が良くなったかというと、お局的な存在がいなくなりました。創業4年目くらいから離職が減りましたね。

――方針転換するまでは、離職率はどのくらいでしたか?

普通の保育園と同じように、年間3割でした。退職後に本音アンケートをとってみると「職場の雰囲気」が圧倒的に多い。給与面は理由にないんですよ。保育士が足りていないのは、このような昔ながらの悪しき慣習が残っている影響も大きいかもしれませんね。

――メディアを見ていると、よく給与のことが取り上げられているので意外です。

産業カウンセラーの方も、他の保育園も人間関係に関する問題が一番多いと言っていました。だから元気キッズでは、現場の雰囲気作りを大事にしています。

保育園 元気キッズ。東武東上線「朝霞台駅」から、車で約10分のところに位置している

保育園 元気キッズ。東武東上線「朝霞台駅」から、車で約10分のところに位置している

――印象に残っているエピソードなんかはありますか?

直近でいうと、「元気キッズフェス」を開催しました。各施設の職員だけを集めて、パーティー会場を借りてアピールする場です。最初は、皆すごく嫌がるんですよ。当たり前ですけど、忙しいのにフェスなんてやっていられるかと。でも、子どもたちに「発表しなさい」と言っている大人が、舞台に立つ経験をしないのはダメだなという思いがあって。

僕はサンシャイン池崎さんの格好で、率先してやりました(笑)。「とにかく楽しむことが大事」と言い続けたんですよ。その結果、嫌だと思っていた職員も「やってよかった」「元気キッズフェス、ロスです」みたいなことを言ってくれましたね。

――逆に失敗したことはありますか。

創業時は、なぜ職員が辞めるのか悩みました。職員の個人面談も年に1~2回して声は拾っていたのですが、当時は保育に対して自信がなくて。「これではいけない」と思い、めっちゃ勉強したんですよ。どんな角度から指摘されても大丈夫なくらい理論を学んだことで、会議でも自信をもって発言できるようになり、少しずつ信頼を獲得できた気がします。

――中村さん自身に何か心境の変化があったということですか。

保育に対して本気になったという感じかな。当時は認証保育という形だったので、このまま続けて大丈夫かなという不安がありました。でも、どこかのタイミングで「保育業界で仁王立ちする」という覚悟が生まれました。覚悟って大事だなと思います。

「信頼される保育施設を増やすのが、僕の役割」

――施設規模としては今どのくらいですか。

今は9施設(2017年12月現在)で、2018年にも認可保育園と小規模保育所、児童発達支援事業所を1つずつ開所する予定です。

元気キッズを全国に広げるのではなく、これからも地域限定(埼玉県 志木市・新座市・朝霞市)でやりたいと思っています。僕がスクーターで各施設を移動していることもあるのですが(笑)、一番大きいのは「文化は簡単に持っていけない」からです。近くで働いていた職員が新しい施設にずれる形の方が、安定した保育ができるんじゃないかなと。

――そう思ったのには理由は何かありますか?

障がい児向け保育を始めたことがきっかけです。独りよがりでは全体にできない事業で、保護者が抱える悩みもすごく深い。保護者と僕らだけでなく、ケアワーカーなどの相談事業所と自治体も含めた4つの組織で成り立っています。多くの方が携わって1つの家庭を支えるようになってからは、より「この地域から逃げられない」と思わされましたね。

児童発達支援事業所は、母子が一緒に通わなければいけなかったり、1回1時間が1コマという学習塾型だったりする場合が多く、元気キッズのように保育型のケースは少ないです。ご両親にとって預ける場所があることは貴重なので、泣いて喜んでくれることもありました。

園内の様子

園内の様子

また厚生労働省の規定では、児童発達支援事業所は1施設に3人の支援者(保育士など)がいればよいことになっているので、例えば施設定員が10人であっても3人の支援者がいればいい。でも、元気キッズは1人の保育士に子どもは2人という体制をとっており、熱量を注いでいます。

――その体制って採算的に大丈夫なのでしょうか……?

園児をちゃんと確保できれば、事業がまわる設計をしています。人件費をかけずに粗利をとにかく増やそうという考え方もあると思いますが、そこまで粗利を重視しているわけではありません。とは言いつつも、企業は利益を出して社会貢献するものだと思っているので、決して利益を出さなくていいと思っているわけではないのですが。

――施設数を増やしているのも、勝手ながら利益拡大のためかと思っていました。

信頼される保育施設を増やすことが、僕の役割かなと勝手に思っているんですよ。2017年5月に完成した施設もすぐに埋まってしまい、待機リストができている状況です。それだけ待ってくれている方がいるので、やらなければいけないと強く感じています。

あらためて保育業界に仁王立ちしたい

――保育士が足りていないという業界全体の課題は、どのように考えていますか?

2015年における保育士の有効求人倍率は、東京が5倍超、埼玉県でも約2.6倍となっています。今はまだ良いほうで、保育士が足りない状況はこれから20年続くといわれています。ですので、最近は保育士を育てるプロジェクトにも取り組んでいます。ハローワークと同じように「学校代を会社が支払うから、保育士になってくれ」という仕組みです。

これからは保育園が、保育士を育てるまでやらなければいけない時代がくると思います。

――先ほど退職理由に「給与」はないとありましたが、給与面ではどうでしょうか。

政府が2017年11月に「保育士の給与引き上げ方針」を発表したように、2018年にかけて改善されていくかなと。2017年4月にも処遇改善加算という新しい制度ができていて、給与が副主任クラスで年間約50万円上がるなど、少しずつ国の制度は変わっていますよ。それでも平均年収としては、まだまだ他の職業より少ない状況が続いています。

――良い保育園はどのように選別したらいいかポイントなどあったら教えてください!

私がよく言っているポイントは、次の4つです。

(1)現場に入ったときの先生たちの表情が良い
(2)給食の質が良い
(3)散歩時に子どもや周囲に気をつかっているか
(4)電話したときの対応が良い

これらの項目を満たしている保育園だったら、オススメできるかなと思います。

スタッフの方々と話す中村さん(写真中の左)

スタッフの方々と話す中村さん(写真中の左)

――話を聞いていて中村さんの経営マインドは、他の業界にも応用できるのかなと思いました。

僕は天才肌の人間ではないので、当たり前のことをしっかり学んで、実践するしかないかなと。本を読むとか、セミナーに参加するとかは、絶えず行うようにしています。一部の天才以外は、きっと寝ずに努力をしているんですよね。量は質に転化するというか。

――ありがとうございます。最後に中村さんが保育事業にかける思いを教えてください。

最近あらためて、保育業界に「仁王立ちしよう」と思いました。やっぱり苦しいことは、いっぱいあります。職員が集まらないとか、近隣住民とのトラブルもあるのですが、それも含めて僕らは地域に認められなければいけません。だから逃げないぞと。

障がい児向け保育を始めたときに、お母さんが涙を流して喜んでくれる瞬間を見て、僕にしかできないことがあるんだと思わされました。だから生半可な気持ちでは、できないなと。子どもたちが最高の笑顔になる場所を作るために、一つ一つ丁寧にやるしかないですね。

提供:70seeds

WRITER 
庄司智昭

庄司智昭
ライター/編集者。2017年7月から、70Seeds編集部に所属。「地方」「働き方」「テクノロジー」などの取材を通して、“生き方”を考えています。誰かの挑戦の後押しになってくれると嬉しいです。

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