「保育士は大変」だけで止めたくない―元保育士が情報サイトを始めた理由 (2017/3/27 70seeds)
みなさんは小さい時、保育園に通っていましたか?その時の思い出は幸せなものでしたか?また一方では、今まさに、子どもを保育園に入れようと奮闘中の読者の方も多いのではないでしょうか。
晴れ晴れしい気分で迎えられるはずの新学期も、保育園を取り巻く話題においては明暗がくっきり分かれます。昨年大きな議論を呼んだ「#保育園落ちた日本死ね」のブログなど、日本社会における保育業界の話題は決して明るいものばかりではありませんが、だからこそ何とかしようと立ち向かう人がいるのも確かです。
今回インタビューしたのは、保育業界のなかでも「保育士」のサポートに特化したウェブサービス「HoiClue♪」(以下、「ほいくる」)を立ち上げた、こども法人キッズカラー代表・雨宮みなみさん。子どもたちと楽しめるあそびや、保育や子育てに関する情報を保育士が掲載しているウェブサイトを運営しています。
全国の保育士さんを支える、その根底にあるのは徹底した“子ども視点”。サービス立ち上げの背景から現代に蔓延する保育の課題までお話を伺いました。
人生の土台を作る責任の重さ
――保育士さんの6割が使っているという「ほいくる」ですが、どんなきっかけで立ち上げたんですか?
もともと私も保育士として保育園で子どもと関わっていました。保育士になるのはずっと昔からの夢で、ようやくなれて、毎日刺激も大きくて楽しいし天職だなぁと感じていた一方で、現場が抱えている負担やプレッシャーの大きさにも気づいたんです。
保育園に通う子どもたちって人生の土台とも言える、その時期にどう育つかでその子の人生が左右されるくらい重要な時期なのに、そこに関わっている保育士さんの余裕がなかったり、疲れた顔をしてたりして子どもたちに影響があるんじゃないかなと感じていて。このままだとよくない、どうにかできないかと漠然と考えていました。
――保育士として働いているときに自身がその場で感じたことが始まりだったんですね。
そうですね、その時は保育の業界全体をどうにか改善できないかというよりは、自分が受け持っていたクラスや保育園、自分の周りで身近に感じていたことだったんです。世の中に子育て支援はたくさんあるけど、保育士さんを支援するサービスは特になくて。であれば、私も数年しか経験がないなかで支援というとすごくおこがましいんですけど、保育士さんにとって「こんなのあったらいいな」と感じたことを形にするのが、何か現場の負担や不安を意欲とか楽しさ、自信につなげられるかもしれない。そのきっかけだったら何か作れるかもしれないと思いました。じゃあ「こんなのあったらいいな」って何だろうと紐解いていくと、保育の遊び、学びの情報を共有するプラットフォームということでした。
――なぜその中でも情報の共有というところだったんでしょうか?
保育園でクラスの担任を持った時に感じたのが、私一人が抱えてる責任ってすごく大きいなということ。例えばこの一年間、このクラスを私が担任として受け持つのと、もっとベテランの先生が同じクラスを受け持つのとでは、その一年間全然違うものになる。でも現状として一年目、二年目でもクラスを受け持つこともある。じゃあこの一年間、私のできる限りのことをしようとどれだけ一生懸命頑張っても、経験年数とかでベテランの先生との間にはどうしても知識や経験の幅のギャップがありますよね。保育士さんの知識や経験が豊かであれば豊かであるほど、子どもたちが育つ環境も豊かになるし、逆にそれが限られていれば、その範囲のなかでしか子どもが成長する環境を作れない。その責任は重くて、できるだけ自分がインプットできるというか、知識を少しでも増やす、情報を得る、学びの場をつくることができたらいいなと。
限られた情報、学ぶ機会がなかった
――それをオンラインで。
はい。私が保育士だった当時、保育園の先生が情報を得る方法って研修と業界の専門誌くらいしかなくて。それでもみんな専門誌を頼りにしてたんですが、置いてある本屋さんが限られていたんです。仕事が終わったら、まずは置いてある本屋さん探して、そこまで行って、欲しい情報のために一冊買って、でも忙しいからこと細かくは読めない。「ほいくる」が生まれたのも、疲れた帰り道にパッとケータイを開いて、あ、これだったら子どもたち喜ぶだろうなってヒントを得られる。それだけでも掛かる労力や時間が短縮できて、そのぶん子どもたちに向き合う時間を持てますよね。
――保育士さんも多忙な職業ですもんね・・・。
保育士さんの業務って、子どもと関わる時間の他に、制作物を作ったり、行事の企画を考えたり、事務作業をしたりと本当に多岐にわたるんですよね。日々慌ただしい生活をしているので、ついついちょっと先の行事の準備などが優先されてしまって、あまり“学ぶ”という環境や時間がなかった。そこにもう少しゆとりがあって、周りの刺激を受けて色んな視点や方法に触れられたら、もうちょっと視野や考え方、保育の形も広がったんじゃないかなと。
――雨宮さんが保育士さんを志したのはいつ頃だったんですか?
中学生の時です。もともと小さい子が好きだったのもあったんですけど、保育園で職業体験をさせてもらったのがきっかけで。そのときに、自分がこんなにも自然体で笑顔でいられる仕事があるんだって感じて、そこからはもう保育士になりたいと思ってましたね。一時期、公立の保育園で非常勤として一年契約で働いていましたが、週5日、8時から17時までという決まりだったので、物足りなくて土曜日に乳児園でアルバイトしてたくらいです。
――本当に好きなんですね!現在は保育園はやめて今の事業に専念してるのでしょうか。
そうですね、保育士歴5年目のときにはすでに「ほいくる」のアイディアがあったので、これを形にしようと決めてたんですが、やはり両方両立というのは難しいと判断しました。どちらも中途半端になってしまうのは子どもたちにとって一番よくないなと思い、当時受け持っていた子どもたちと一緒に卒園しました。
――現場を離れるのはさみしかったですか?
もちろん悩みましたし、さみしくはありましたが、自分一人が保育士として関われる範囲はその保育園やクラスのみ。「ほいくる」のアイディアを元に、ウェブを通して多くの保育士さんと情報を共有することで広がることもあるのではと思い、決断しました。
ちなみに今は、このオフィスを定期的に親子の遊び場「コドモガラクタラボ」として開放しています。ガラクタと呼ばれてしまうような段ボールや牛乳パックなどを子どもが自由に使って遊べる場所です。子どもが受け身になって大人に何かを教えてもらうのではなく、自由な発想でむしろ大人が子どもに色々と教えてもらえる場所。クラスを受け持つのとはまた違いますが、現場を離れた今、子どもと関わる機会を持ち続けるためにも必要なことだと思います。
――リアルな場も大切に。ウェブサービスを展開するという着想はどこで?
私が保育園で勤めていたときに保育の課題を感じて日々悶々としていてどうにかしたい!という思いを、よくパートーナーにぶつけていたんですよね。それをエンジニアだった彼は客観的に見ながら、お互いの強みをかけ合わせれば何かできるんじゃないかと。私が当時パソコンを使うのは、保育園のお便りをワードで作るときくらいだったので、ウェブサイトにするアイディアははじめ全然ありませんでした。
――現在は全国にいる保育士さんの半分以上に使われてるそうですね。
保育士さんの6割くらいの方々に使っていただいています。保育士以外にも幼稚園の先生とか、ベビーシッターさんとか、保育士を目指している学生さんとか、学童の先生とか。ありがたいことに子どもに関係する人に広く使っていただいてますね。
――人気のあるコンテンツはなんですか?
保育って季節と連動しているところがあるので、節分とかひな祭りとか、季節に関連したコンテンツへの人気が多いです。でも、節分だから鬼の面を作りましょうだけではなくて、そもそも節分って何であるんだっけ?ひな人形を飾る意味って何?とか、その裏側にある伝統や文化に大人も向き合える、子どもと一緒に知れて掘り下げて楽しめる記事も配信したりしてます。
――保育士さん以外も楽しめそうです。反応はどうですか?
コンテンツに対しては、子どもとやってみます!とか、大人が普通に楽しんで作ってたりとか。会社に対する保育士さんの反応は、メディアの記事を読んで、私も悶々としてました、同じようなこと考えてましたとか、そういうメッセージをいただくことも増えてきました。現場を離れて少し経つので、はたして今私がやっていることが現場で働いてる保育士さんや、その先にいる子どもたちにつながっているかどうか不安に思うこともあるので励みになります。
大変さを訴えたいんじゃない、命と向き合う現場を知って欲しい
――去年、保育園落ちた人のブログが話題になって保育士さんも思うところがあったのでは。
その時は、保育園の取り上げられ方が、こんなにも保育士は残業や持ち帰りも多くて、クレーマーもたくさんいて大変なのに…というような表面的なところだけピックアップされて。でも、それはあまり本質的ではないと思いました。
残業があるのは保育士に限ったことではないし、残業があるから、有給が取れないから大変なんじゃなくて、保育士さん自身が感じているいる根本的な問題が他にあるだろうなと思っていて。「ほいくる」でも、保育士として社会に伝えたいことのアンケートを取ったんですが、「もっと保育の現場を知ってほしい」という声が多かったんです。子どもに関わるってすごい責任だし、大事な仕事だし、子どもの命に向き合っている職場なので、現場がどうしているのかを知って欲しいと。
――切り取られ方が表面的だったんですね。
保育士がいかに大変かは、みんなが本当に知って欲しいところと少しズレているではないと思います。それくらい責任が大きくて専門的な仕事なのにもかかわらず、仕事に対して見合う価値じゃないと見られているからお給料が低いってことだと思うし、単にお給料が低いって言いたいのではなくて、保育の現場を分かって欲しいという声がそのような切り取られ方をして表に出てるんだと思います。
――なるほど。
保育園が少ない、保育士さんも足りない、待機児童も多い。だから保育士さん増やしましょう、でも保育士さんいないから賃金上げましょうじゃないんですよね。保育士さんの仕事の重要さや子どもの将来に与える影響なんかを考えたときに、その価値としてやっぱり今の賃金おかしいんじゃないのっていうのが、多分保育士さんが感じていることなのかな、と。
――離職率も高いですよね。
高いですが、れも仕事のハードさ以外にも色々あるなと思っていて。前提として、保育士さんって子どもが好きじゃないですか。職業柄、色んな家庭に触れることができるので、家族、子ども、子育てをより身近に感じる人が多いと思うんです。私も実際そうでした。私もいつかこんな家庭を築きたいな、というイメージがしやすい。なので、保育を一生の仕事として考えていくことよりは、自分の家族をつくることへゴールイメージを持ってる人が多いんじゃないかなと。もちろん、保育士をやりたくないって思ってるわけではなく、キャリア視点で考えてなかったんですよね。今は働きながら子育てしてキャリアを積むお母さん多いですけど、一般的な企業と比較して、保育士でキャリア重ねていくイメージは薄いんだろうな。
――雨宮さんもお子さんがいて、本領発揮ですね。
まだ2歳なんですけど、私が保育園に勤めてたときは3~5歳児の担当を受け持つことが多かったんで、逆に赤ちゃんのことは全然わからなくて、産まれたときなんかはどうしたらいいんだ?みたいな。なので、生まれてから今まではまだ初めての経験ばかり。それに保育園では、何かしながら子どもと関わるというよりは、子どもとしっかり向き合うのが保育だったので、日常生活のご飯作りながら、お風呂洗いながら、洗濯物干しながら子どもと関わるスタンスとはまた違いますね。もうこんな時間!?ってなるのは日常茶飯事(笑)。
子どもに寄り添える社会を作りたい
――今後チャレンジしたいことを教えてください。
「ほいくる」は最初の一歩だと思っています。子どもの“遊び”は保育業界に限らず共有できることだと思うので、今後より広く発信・共有していきたいなと思っています。改めて思うのは、待機児童にしても保育の現場にしても子育て環境にしても、大人の都合によるしわ寄せが子どもたちに行ってしまっているなと感じるんです。保育業界でも人が足りないなかで、規制緩和があったのは大人の都合だし、社会全体的にもなんとなく。なので、もっと子どもに寄り添えるような社会を作っていきたいなと思っています。
――具体的には?
日々慌ただしくて余裕がないなか、ついつい子どもを大人の都合にひっぱってしまいがち。でも、大人はみんな子ども時代を通ってきてるわけで、ちょっとした余裕があれば、なんとなく子どもの頃を思い出して共感できたり、少しくらい子どもに寄り添えることもあるんじゃないかなって。子どもの頃の記憶がよみがえるような瞬間って子どもに優しくなれるときだと思うんですよね。今「ほいくる」でも遊びのネタをたくさん掲載していますが、遊びってその瞬間につながるんじゃないかと思います。秘密基地とかやりませんでした?
――公園とかでやりましたね~。思い出すと懐かしいです。
そう、大人でも今思い出したらワクワクするし不思議な魅力がありますよね。ダメ!って言いながらも、自分も昔やってたな、やりたい気持ちもわかるな、そういうきっかけを保育の業界だけではなく色んなところで種が撒けたら、社会的にも子どもに優しくなれる、よりよい社会につながるんじゃないかと思っています。そんな取り組みを「ほいくる」をはじめの一歩としてより広げていきたいと考えています。
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