自民議連が「喫煙は憲法の権利」 受動喫煙防止はどうなっていく? (2017/3/19 JIJICO)
自民党議連が「喫煙は憲法の権利」と主張
厚労省は、昨年10月に、受動喫煙防止対策の強化として、飲食店を原則建物内禁煙とする対策案を発表しました。厚労省はこれをもとに、今の国会で受動喫煙防止対策を強化する健康増進法の改正案の提出を目指しています。
この厚労省の動きに対し、受動喫煙防止議連などは、2020年の東京オリンピックなどに向け、そもそも世界的にかなり遅れている日本の受動喫煙対策を推進すべきだとして支持を表明していますが、反対する自民党たばこ議員連盟は、喫煙を愉しむことは憲法で保障される幸福追求権に含まれるなどと主張しています。
受動喫煙に関わる裁判例
受動喫煙をめぐるこの手の議論は、愛煙家と嫌煙家の二つの立場により大きく意見が分かれるでしょうが、これまでの裁判例においてはどのように判断されているでしょうか。
受動喫煙の問題は、過去の裁判例では、主に職場の安全配慮義務の範疇で議論がなされてきました。その中でも平成16年の江戸川区職員によりなされた損害賠償等の請求事案が有名です。この事案は、江戸川区の職員が、職場である区に対し、自らを受動喫煙下におかないように配慮する義務があったのにこれを怠ったとして安全配慮義務違反による損害賠償を求めたものでした。裁判所は、原告が診断書まで示して受動喫煙による急性障害が疑われると訴えた時期以降も職場が特段の措置を講ずることなく放置したとして、安全配慮義務違反による慰謝料請求を認めました。
さらに、平成21年には、北海道で、職場での受動喫煙が原因で化学物質過敏症になったとして職場を相手取った訴訟で、700万円の和解金を支払う裁判上の和解が成立したことが大きく話題になりました。その後もマンションのベランダでの喫煙について、他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら喫煙を継続し、何らの防止措置もとらなかった事案について、精神的慰謝料として損害賠償が認められた裁判例などがでています。
裁判例の状況だけではどちらが正しいか結論づけることはできない
以上のように裁判例では、一部に受動喫煙に関して損害賠償請求を認める判断がなされているものの、現時点では事案ごとに異なる判断がなされており、受動喫煙による被害が直ちに賠償に結びついているとまでは言い難い状況です。
また、受動喫煙に関しては前述のとおり安全配慮義務に基づく損害賠償請求が多い状況ですが、職場が従業員に対して安全配慮義務を負うことは当然として、では、飲食店の客一人一人に対して当該飲食店が安全配慮義務を負うのかと言えば、これも微妙なところです。
そのため、現在の日本の裁判例の状況だけでは、今回の厚労省案とこれに反対する自民党議連の争いに関し、そのどちらが正しいと直ちに結論づけることはできません。
禁煙を推進する世界的な趨勢が厚労省案の背景に
今回の厚労省案の背景には、世界的な趨勢もあります。国際オリンピック委員会(IOC)や世界保健機関(WHO)は、たばこのないオリンピックを目指す合意文書に調印しており、2012年のロンドン大会でも屋内の禁煙化がなされ、ロシアでも2014年のソチ大会を契機に全土を禁煙化する法案を整備しました。オリンピックの流れをみると、2004年のアテネ大会以後は2018年の平昌大会に至るまで、すべての大会で、開催国は罰則付きの受動喫煙防止ルールを定めているという現実もあります。しかし、現在の日本では、健康増進法も改正労働安全衛生法も、受動喫煙の防止を定めるもののいずれも努力義務にとどまっており罰則まではありません。
最終的には、国民的判断がなされるべき問題といえるのでしょうが、世界的な趨勢からすれば、受動喫煙に関しては、愛煙家が主張する幸福追求権よりも、吸わない市民の受動喫煙による健康被害を防止すべきという施策が優先される流れにあると言わざるを得ないのではないでしょうか。
- 著者プロフィール
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永野 海/弁護士
中央法律事務所
2000年、慶應義塾大学卒業。2005年、司法試験に合格し、2007年に中央法律事務所入所。借金を含む債務問題、事業再生、相続、離婚、契約チェック、損害賠償、交通事故、消費者問題への取り扱いが多く、政事件、知的財産事件、会社更生事件から医療過誤事件(患者側)まで、幅広い分野の経験を持つ。
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