新がん対策の全体目標、新たに「がんになる国民を減らす」との柱を加えてはどうか―がん対策推進協議会 (2016/12/27 メディ・ウォッチ)
2017年度からの第3期がん対策推進基本計画においては、全体目標として現在の(1)がんによる死亡者の減少(2)すべてのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上(3)がんになっても安心して暮らせる社会の構築―という3本柱を改善した上で、新たに「がんになる国民を減らす」という柱を加えてはどうか―。
21日に開かれたがん対策推進協議会に、厚生労働省はこういった考えを提示しました。委員からは、これに賛同する意見のほか、「数値目標は個別項目に落と込み、全体目標はスローガン的なものにすべきではないか」「小児がん、希少がん、難治性がん対策を新たな柱に加えるべきではないか」といった意見も出ており、引き続き検討していくことになっています。
第3期計画の全体目標、改正がん対策基本法の理念をもとに設定してはどうか
我が国のがん対策は、概ね5年を1期とする「がん対策推進基本計画」をベースに進められており(現在は第2期計画)、協議会では2017-21年度を対象とする「第3期計画」の策定に向けた議論が行われています。21日の会合では「第3期計画における全体目標をどう設定するべきか」というテーマで議論が行われました。
現在の第2期計画では、(1)がんによる死亡者の減少(2)すべてのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上(3)がんになっても安心して暮らせる社会の構築―という3本柱で全体目標が構成されています。
厚労省は、第3期計画においては、この3本柱を改善した上で、新たに「がんになる国民を減らす」という柱を加えてはどうかと提案しています。厚労省提案(改善と新たな柱の追加)は、計画の根本理念となる「がん対策基本法」について▼がん患者が、その状況に応じ、適切ながん医療のみならず、福祉的支援、教育的支援その他の必要な支援を受けることができるようにし、がん患者に関する国民の理解が深められ、がん患者が円滑な社会生活を営むことができる社会環境の整備を図る▼それぞれのがんの特性に配慮したものとする▼保健、福祉、雇用、教育その他の関連施策との有機的な連携に配慮しつつ、総合的に実施する▼がん予防の推進や健診の質向上を図る▼専門的な知識・技能を有する医療従事者の育成を図る▼医療機関の整備を進める▼研究を推進する―などといった点を追加した、議員立法による改正内容を踏まえたものです。
ところで(1)の死亡者の減少について第2期計画では「75歳未満年齢調整死亡率の20%減少」という数値目標が掲げられ、これは「2005年の死亡率は92.4から、2015年に73.9まで減少させる」ことを意味します。しかし、国立がん研究センターの調査によれば、2015年の死亡率(実測値)は78.0となり、減少率は15.6%にとどまることが明確になりました(従前の推計値にも届かず)。
この点について、片野田耕太参考人(国立がん研究センターがん対策情報センターがん登録センター室長)は、今後10年間の死亡率減少幅について▼現状の対策を延長した場合には15.6%減少する▼たばこ対策の強化(2020年に男女計の喫煙率を12%まで抑える)でさらに1.7%減少する▼がん検診の強化(受診率を男女とも50%に引き上げ、精検受診率を90%に引き上げる)でさらに3.9%減少する―という研究結果を報告。これを積算すると、今後10年間で最大21.2%の死亡率減少が期待できますが、片野田参考人は「推計には過大評価もあるので、現行の『死亡率20%減少』を維持することが妥当なのではないか」とコメントしています。
委員からは「小児がん・希少がん対策」を全体目標の柱に据えてほしいとの要望も
この厚労省案に対し、委員から明確な反対意見こそ出ませんでしたが、いくつかの注文が付き、引き続き検討していくことになりました。
がん患者・家族でもある桜井なおみ委員(CSRプロジェクト代表理事)や若尾直子委員(がんフォーラム山梨理事長)、馬上祐子委員(小児脳腫瘍の会代表)は、「全体目標の新たな柱に、希少がん・小児がん・難治性がん対策を据えるべき」と強調しています。21日の会合に出席した塩崎恭久厚生労働大臣も「希少がん・小児がん・難治性がん対策」の重要性に言及しています。
この点、婦人科系疾患の予防啓発やかかりつけ医の推進を行っている難波美智代委員(シンクパール代表理事)も、「全体目標に数値を入れると、小児がん・希少がん対策などの重要な施策が抜け落ちる可能性もある。カナダのようなスローガン的なものとすべきではないか」と提案しています。片野田参考人によれば「世界的に数値目標を全体目標から削除する傾向にある。その代わり、個別目標で数値目標を入れ、進捗状況をリアルタイムで評価し、課題があれば介入していく」という状況にあり、カナダの連邦政府は、がん対策の全体目標について▼がんになる国民を減らす▼がんで亡くなる国民を減らす▼がんに関わる国民がよりよい生活の質を享受する―といった目標を掲げるに止めています。個別目標の達成がより重要であり、そこに力点を置くべきとの考えが伺えます。
また、我が国のがん医療の権威の1人である山口建委員(静岡県立静岡がんセンター総長)は、「75歳未満の年齢調整死亡率を全体目標とすると、高齢がん患者対策や難治がん・小児がん・希少がん対策が後手に回ってしまう可能性がある」旨を指摘し、この目標設定は見直すべきと強調しました。山口委員は、このほかにも▼未成年者の喫煙防止を目標に加える▼学会や日本対がん協会などからの意見聴取を行う―よう求めています。
緩和ケアの質を測る「指標」の研究も今後重要に
21日の会合では「緩和ケアの推進」と「がん患者の自殺防止」なども議題に上がりました。
前者の緩和ケアについては、第2期計画でも重視され、第3期計画でも重要テーマの1つとなる見込みです。下部組織である「がん等における緩和ケアの更なる推進に関する検討会」では同日に、▼緩和ケアの質を評価するための指標や基準を確立する▼専門的な人材の適正配置及び緩和ケアチームを育成する▼施設全体の緩和ケアの院内基盤として緩和ケアセンターの機能を強化する▼拠点病院は、拠点病院以外の病院を対象として、緩和ケア研修会の受講状況の把握とともに積極的な受講勧奨を行う▼国民に対する医療用麻薬の適切な啓発、がん診療に携わる医療従事者に対する適正使用の普及を図るための研修を実施する―といった方向性がまとめられました。検討会の福井次矢座長(聖路加国際大学学長、聖路加国際病院院長)は、「緩和ケアの質を評価する指標が明確でない。難しいが、患者・家族の主観面、アウトカムなどを図れるような指標の検討が必要である」とのコメントも寄せています。
協議会では「がん患者以外の緩和ケアも合わせて考えていく必要がある。基礎教育に緩和ケアを盛り込むべき」(門田守人会長:堺市立病院機構理事長)、「すべての医学部に緩和ケア講座・教室を設けなければ緩和ケア体制は5年後、10年後も変わらない」(細川豊史委員:京都府立医科大学疼痛・緩和医療学講座教授)といった指摘も出ています。
また後者の「自殺防止」については、内富庸介参考人(国立癌研究センター中央病院精神腫瘍科支持療法開発センター長)から、「がんと診断されてから1年以内の自殺が多い」ことが報告されました。がんは我が国の死亡原因トップを独走しており、一般国民にとって「がん」告知は極めてショッキングな出来事です。このため「がん=死」と考え、強いストレスから自殺に向かう人も決して少なくないのです。このため内富参考人は、▼最初に接する医療者に対するコミュニケーション・スキル・トレーニングを行う▼チームによる相談支援体制を充実させる▼長期的視点に立った(乳がんサバイバーでは慢性的ストレスによる自殺も少なくない)ケアプランを導入する―といった対策をとるべきと提言しています。
この点、山口委員は「医療スタッフ全員が落ち込んでいる患者に声をかけるような病院の文化を醸成し、早期発見・早期介入をすることで相当程度、自殺は防げる」ことを強調。また、やはり我が国のがん医療の権威の1人である中釜斉委員(国立がん研究センター理事長)は「一度に告知するのではなく、なるべく時間かけて順を追って告知するような配慮が必要である。また、がんサバイバーが元気な姿を見せるなどし、正しいイメージの醸成も必要である」とコメント。さらに、がんサバイバーである若尾委員は自身の経験をもとに「医師との信頼関係の重要性」を指摘しています。
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