債務者の口座を裁判所が特定、民事執行法改正への動き (2016/9/14 企業法務ナビ)
はじめに
法務省は12日、債務者の銀行口座情報を裁判所が銀行等の金融機関に照会して特定できる制度の創生に向けて検討を始めました。売掛金債務や賠償金、養育費等を任意に弁済しない債務者の預金等を強制執行により差押えることを容易にするための制度です。今回は債権を強制的に実現する強制執行手続について概観します。
債権執行とは
売買契約、金銭消費貸借契約、不法行為といった原因に基いて債権を有していても相手方が任意に支払ってくれない場合に強制的に相手方の財産等を差押え、換価して配当等をすることにより債権を実現することを強制執行といいます。民事執行法上強制執行には、その債権の種類(金銭債権、非金銭債権)や執行の対象に応じて不動産執行、動産執行、債権執行、代替執行等いくつか種類に分かれます。その中でも今回は債権執行を取り上げます。債権執行とは相手方に金銭の支払を求める債権、すなわち金銭債権を実現するために、相手方の持つ債権(差押債権と言います)に対して行う強制執行を言います。相手方の持つ債権とは、相手方が第三者(第三債務者と言います)に対して有する債権のことで代表的なものが銀行預金債権です。この預金債権等を差押えて自己の債権を満足させるというものです。
債権執行の流れ
(1)申立て
債権執行を行うにはまず、執行裁判所に対して差押命令の申立てを書面で行います(民執143条、規則1条)。この書面には債務名義と呼ばれる書面を添付することになります。債務名義とは強制執行すべき権利の存在と内容を示す公の文書で、確定判決書正本や和解調書正本、公正証書等が挙げられます。申立てを行う執行裁判所は原則として債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所ですが、これが無い場合は差押えるべき債権の所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所となります(144条1項)。差押えるべき債権の所在地とは第三債務者の普通裁判籍の所在地ということになります。
(2)差押命令
執行裁判所は申立てに理由があると認めた場合に差押命令を発し、債務者と第三債務者に送達します。差押命令は債務者や第三債務者を審尋しないで発せられることになります(145条2項)。これは債権の差押え前に処分されてしまったりすることを防ぐためです。差押え命令が発されると債務者は当該債権の取り立てや処分が禁止され、第三債務者も債務者への弁済が禁止されることになります(145条1項)。差押命令申立てが却下された場合は執行抗告を行うことができます。
(3)換価
差押債権から債権者が満足を得る方法は(1)取立権の行使(2)第三債務者による供託(3)取立訴訟(4)転付命令(5)譲渡命令等があります。取立権の行使とは差押債権者が差押えた債権を直接取り立てることを言います。差押命令が債務者に送達されてから1週間を経過すれば取立権を行使することができます。ただし他の債権者による差押えが競合していない場合に限られます(155条、156条)。差押えがなされた場合第三債務者は弁済が禁止されます。しかしそれにより遅延損害金が生じるのは不合理なので供託を行うことができます。また差押えが競合した場合は供託をしなくてはなりません(156条2項)。転付命令とは債務者からの支払に代えて差押債権の券面額で債権者に差押債権を移転させる執行裁判所の裁判を言います。これがなされると債権者は債務者に対して有していた債権は弁済されたことになり、代わりに差押債権を自動的に取得することになります。
コメント
債権執行は不動産執行や動産執行と違い、強制競売や配当手続を経て換価する必要が無く、差押えがなされれば債権者が直接第三債務者に取立を行い弁済に当てることができます。その点で他の強制執行に比して簡易で迅速な執行方法と言えます。しかし一方で不動産執行の場合は執行すべき不動産を特定する上で登記という制度がありますが、債権執行の場合は債務者がどのような債権を有しているのかを公示する制度は基本的には存在しません。債権執行を行うには債権者が債務者の有する債権を調査する必要があります。債権執行の申立に際しては「差押えるべき債権の種類及びその他債権を特定するに足る事項・・・を明らかにしなくてはならない」とされております(規則133条2項)。そして現在実務上では銀行預金債権の場合口座番号までは必要ありませんが、支店名までは特定する必要があります。銀行は口座を支店ごとに管理しているからです。しかし債権者にとって債務者がどの支店に口座を持っているかまで特定することは困難です。そこで法務省は裁判所を通じて金融機関に情報開示を求めることができる制度の創設を検討しております。金融機関側に過度な負担とならない制度設計や債務者のプライバシーへの配慮等、検討事項は多く、法案の提出は2年後を目処としております。裁判で勝訴しても実際に執行ができず泣き寝入りを余儀なくされてきた債権者にとっては有力な打開策となると期待されます。
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