最高裁が「三角相殺」を否定、民事再生法上の相殺権について (2016/7/12 企業法務ナビ)
はじめに
リーマン・ブラザーズ証券の民事再生手続きで野村信託銀行が負っている債務につき、野村證券がリーマン・ブラザーズに対して有する債権での相殺を主張していた件で最高裁は8日、相殺を認めない旨の判決を言い渡しました。今回は民事再生法上の相殺権と三角相殺について見ていきます。
事件の概要
2008年に破綻した米証券大手のリーマン・ブラザーズの日本法人であるリーマン・ブラザーズ証券の民事再生手続が同年9月に開始しました。リーマンが販売していたデリバティブ取引による約4億3千万円の債務を負っていた野村信託銀行が同グループである野村證券がリーマンに対して有する17億円余りの債権と相殺する旨主張していました。デリバティブ取引における「契約終了日が指定された場合、当事者で相殺できる」とする契約条項を根拠としてものです。これに対してリーマンは本件相殺が民事再生法違反であるとして野村信託に債務の支払を求める訴えを提起していました。一審二審は野村信託の主張を認め相殺を有効としていました。
民事再生法上の相殺権
債務者に破産開始原因が生じたり、事業に著しい支障を来すことなく債務を弁済することができなくなる等いわゆる経営が破綻した場合には民事再生の申立をすることができます(民事再生法21条、23条1項)。再生手続開始決定がなされた場合、再生債務者は個別に債務を弁済することが禁止されます。債権者の債権回収手段としては別途抵当権等の担保権を有する場合にはそれを実行することができますが、それが無い場合には相殺が考えられます(92条)。行使方法は民法と同様で相手方に対する相殺の意思表示となります(民法506条)。一方民事再生法上の相殺権には特有の制約が存在します。まず互いの債権が債権届出期間満了前に相殺適状にならなければなりません(92条1項)。次に相殺の意思表示は債権届出期間内に限り行うことができます。債権届出期間は再生手続開始決定と同時に裁判所によって2週間から4ヶ月の範囲内で決められます。その他にも①再生手続開始後に再生債務者から債務を負担した場合②債務者の危機状態を知ってから債務を負担した場合③債務者の危機状態を知ってから債権を取得した場合等、債権者相互間の公平を欠くような場合には相殺は禁止されます(93条)。
三角相殺とは
相殺とは通常互いに同種の債務を負担している場合に、対当額で消滅させることを言います。簡便な決済手段であり、また相手方の資力に問題が生じた場合にも事実上の債権回収として担保的な機能も果たします。相殺の要件は一般的に①互いに債権を有すること②同種の債権であること③自働債権(相手方の債務)の弁済期にあること④債務の性質が相殺を許すものであることがあげられます。三角相殺とは互いに相対立する債権を有さず、第三者が相手方に有する債権でもって相殺するというものです。このような相殺予約を債権者、債務者間のみで合意し第三者の債権を国が差し押さえた事例で判例(最判平成7年7月18日)は三角相殺を否定しました。実質的に相殺時に第三者の債権が債権譲渡され、それでもって相殺することと変わりがないことから、差押債権者には対抗できないということです。また債権者、債務者、第三者の三者で合意がなされていなかったことも問題となったようです。
本件判決要旨
最高裁は「再生債務者に対して債務を負担する者が、当該債務に係る債権を受動債権とし、自らと親会社を同じくする他社が有する債権を自働債権とする相殺は、合意があらかじめされていたとしても民事再生法92条1項の相殺に該当しない」として否定しました。
コメント
一審二審が相殺を認めたように、従来、三角相殺については三者間で合意があれば原則有効と考えられてきました。それに対して最高裁は民事再生法92条の相殺には当たらないとして、民事再生手続においては合意があっても許されないと判断しました。まず92条1項の条文である「再生債務者に対して債務を負担する」との文言に反すること。そして民事再生手続では他の債権者との関係でも公平・公正な取り扱いが強く求められることから、そういった民事再生法の趣旨に反するものと判断されたものと考えられます。
一方で補足意見では本件のような企業グループ内における相殺的処理の必要性・合理性を承認しても良いとの認識が広く醸成された場合、三角相殺の範囲をより限定的に定める契約書を作成すれば92条に反しないと解釈したり、また立法的に解決することも今後の課題となりうるとして、民事再生手続における三角相殺の可能性を示唆する内容が盛り込まれました。このように将来的には民事再生での三角相殺が可能となる可能性は十分に考えれれますが、現時点では一般的には認められていないと言えます。グループ企業間での三角相殺による決済を行っている場合には、取引相手企業の経営状況を注視し再生手続が開始される可能性が無いか注意を払うことが重要と言えるでしょう。
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