「共通投票所」の課題と可能性―新たな「投票区外投票」制度へ (2016/7/7 東北大学大学院情報科学研究科准教授 河村和徳)
新たな「投票区外投票」制度の誕生
今夏の参院選は18歳選挙権が大きく注目されているが、共通投票所制度の創設や投票所に入ることができる子どもの範囲の拡大(いわゆる、子連れ投票)といった大きな制度改革もなされている。
日本の選挙の原則は、予め指定された投票区内の投票所で投票することである。しかし、我々の日常の生活空間が広がり、そこでは投票できない場合も多く生ずるようになった。不在者投票制度や船員が行う洋上投票制度などは、そうした状況に対応すべくつくられた仕組みである。
中でも、2003年に導入された期日前投票制度は、投票日である日曜日に投票できない有権者だけではなく、投票先を選挙戦前から決めている各候補者陣営の者も利用でき、大規模商業施設にも設置されたりしていることなども手伝って、利用者は回を追うごとに増える傾向にある。
そして公選法の改正によって、共通投票所制度が創設された。共通投票所制度は、簡単に言ってしまえば、現在、期日前投票所の設置されている大型商業施設等で投票日当日も投票できるようにする仕組みである。買い物に行ったついでに投票するという「ついで投票」を促したり、また投票所の風景が多くの人々に目に触れることで選挙への関心を高めたりすることが期待されている。
共通投票所導入に各自治体は及び腰
期日前投票制度の利用者が堅調であるにもかかわらず、今夏の参院選で共通投票所を設置する自治体は、既報の通り、北海道函館市、青森県平川市、長野県高森町、熊本県南阿蘇村の4自治体に留まっている。
設置自治体が少ない背景の1つは、共通投票所創設の制度改正から参院選までの期間が短かったことがあることは間違いない。参院選は「解散」という仕組みがないため、選管は長期的な視野にたって選挙準備を行うことができる。そのため、「共通投票所を利用しようと思うが、もう準備が始まってしまっているので今回は検討を見送る」というところがあったことは想像に難くない。事実、2016年6月4日の高市早苗総務大臣の会見で、次回以降の導入を検討しているところが206あると述べている。
導入を阻む壁(1)初期投資の費用
しかし、共通投票所を導入の壁として立ちはだかっているのは、総務省も把握しているように「二重投票防止」にかかるコストである。投票できる投票所が複数あるということは、既に投票した者が別の投票所で投票する可能性がある。共通投票所を導入するには、投票所間をオンラインなどでむすび、投票記録を相互チェックできる体制を整える必要がある。
オンライン回線がない投票所が多い自治体や有権者数が多い自治体では、回線等を整備し、選挙システムを改修するのに多くの費用がかかる。電話対応ではオペレータの費用がばかにならない。総務省の支援があったとしても、「選挙のためにそれだけの投資をするのはちょっと・・・」と、有権者だけではなく、役所・役場の中からも批判の声もあがるだろう。
導入を阻む壁(2)情報技術に対するトラウマ
「選挙管理はミスがなくて当たり前」の世界である。選挙管理に携わる職員は、トラブルやミスに対してどうしても敏感にならざるをえない。実は、選挙管理に情報技術を使うことにトラウマを持っている選管職員は少なくない。かつて電子投票を導入していた自治体で、投票システムでトラブルが起こり選挙が無効になった事件を、彼らは知っているからである。
一般的な行政では、情報技術を活用した仕組みを使った方が、便利でもあるし、行政改革に前向きである姿勢を有権者にアピールすることができる。しかし、ミスが許されない選挙では、「情報機器の故障」や「職員の誤操作」というリスクを考えると、人の手による方が安全という思考になりがちである。そのため、どこかの先行自治体の取り組みを見てから判断したい、という心理も働きやすい。これも、共通投票所の導入が進まない壁になり得る。
共通投票所導入で投票区の統廃合も
共通投票所が導入されると、どうなるか。投票率アップに期待がかかるが、それは限定的だろう。おそらく期日前投票制度と同様、指定された投票所で投票していた有権者が共通投票所を利用するようになる効果の方が大きいように思える。
仮に多くの有権者が共通投票所で投票するようになったとしたら、投票所の中には閑古鳥が鳴くところも出てくることになろう。来る者がほとんどいないという投票所も出てくるかもしれない。そう考えると、共通投票所の導入は投票区の統廃合を促す可能性があることに我々は留意しなければならない。
共通投票所の導入にあたっては、結果として交通手段を持たない高齢者などの投票環境はむしろ悪化する可能性もある。そのことを踏まえ、地域を巡回する期日前投票所の検討や投票所までの移動支援についても、併せて検討すべきである。
インターネット投票への新たなる一歩
インターネット選挙運動の解禁という新たな動きがある一方、わが国での電子投票の歩みは止まっていると言ってよい。過去の事件の影響で、電子投票に対するトラウマが現場にあることが大きい。ただ、それだけではない。地方選挙で行われてきた電子投票が投票機材のハイテク化に留まり、選挙管理システムの視座が欠けていたことも、歩みが止まった1つの理由である。
筆者もメンバーとして参加した総務省投票環境の向上方策等に関する研究会は、今後、ICTを選挙管理の現場で積極的に利用することを検討すべきと報告している。そして、インターネット等のオンラインシステムで投開票手続きを行うにあたっては、「投票所以外での投票を認める場合の本人確認の確実な実施が必要である」と指摘している。
そう考えると、二重投票防止の観点から投票記録を相互チェックすることを求める共通投票所制度の創設は、将来のインターネット投票に向けた大きな第一歩、と実はみなすことができるのである。
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