参議院議員選挙2016
未成年者の選挙権を守り違反を防ぐため、法整備と運用体制の確立が急務 (2016/6/29 情報セキュリティ大学院大学教授 湯淺墾道)
6月22日に第24回参議院議員通常選挙が公示され、7月10日の投票に向けていよいよ参院選の選挙運動が始まった。
今回の参院選では、選挙権年齢の引き下げの他にも、公職選挙法の改正によって多くの制度改正が行われている。本稿では、その制度改正について紹介することにしたい。
選挙権年齢の引き下げは地方自治法、漁業法にも波及
今回の参院選の最も大きな話題は、選挙権年齢の18歳への引き下げである。2015(平成27)年6月、公職選挙法等の一部を改正する法律が成立し、2016(平成28)年6月19日に施行された。これによって、選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられることになった。諸外国の多くが選挙権年齢を18歳前後としている中で、日本だけが20歳となっていた状況は、ようやく改められることになった。
なお、公職選挙法改正と合わせて、地方自治法、漁業法の改正も行われた。これによって、地方自治体の長・地方議会の議員の選挙、海区漁業調整委員会委員の選挙の選挙権年齢も18歳に引き下げられた。
制度の不備により洋上投票できない水産高校実習生
選挙権年齢の引き下げにより、約240万人の新たな有権者が生まれたが、本来であれば投票できるはずであるのに、制度の不備によって投票できない場合が生じている。それは、漁業実習などで遠洋航海中の水産高校の18歳以上の実習生である。
遠洋航海中の船員の場合は、不在者投票の一種として「ファクシミリ装置」(ファックス)によって航海中に洋上から投票することが認められている(公職選挙法49条7項)。ところが、ここでいう船員は船員法で定める「船員」でなければならない。船員法が規定する船員とは「日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶に乗り組む船長及び海員並びに予備船員をいう」(船員法1条)ので、水産高校の実習生は含まれない。
このため、遠洋航海中の水産高校の18歳以上の実習生は、ファックスによる投票を行うことができないのである。実際に、北海道の水産高校の遠洋航海実習が参院選の日程と重なり、航海中の専攻科の実習生が投票できないという問題が生じている。
選挙運動を行うことができる年齢の引き下げ
今回の選挙権年齢の引き下げと同時に、選挙運動を行うことができない者の年齢も18歳未満に引き下げられた(公職選挙法137条の2)。
従来、公職選挙法では20歳未満の者には選挙運動を禁じていたが、これは1952(昭和27)年の公職選挙法改正によって導入されたものである。20歳未満の者の選挙運動を禁じることになったきっかけは、1951(昭和26)年の地方選挙の際に小学生にも選挙運動をさせたり、小学生に投票所入場券を配布させたりした事例があったためといわれる。
ツイートやシェアも18歳未満は禁止
20歳未満の者の選挙運動の禁止は、2016(平成25)年の公職選挙法改正によりインターネット選挙運動が解禁されたことで、急に問題となった。
最近のインターネット選挙運動は、電子メールや通常のウェブページだけではなく、Twitter、Facebook等の各種のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を利用する場合が非常に多い。これらのSNSにおいては、リツイート、シェア等の形態によって、メッセージを転送したり再発信したりすることできる。
ところが、選挙運動メッセージをリツイートしたりシェアしたりすることも、選挙運動となると解される。このため、20歳未満のSNSのユーザーが、選挙運動メッセージのリツイート、シェア等を行うと、20歳未満の者の選挙運動の禁止規定に違反するという恐れが生じたのである。
今回の改正によって、18歳以上の未成年者が選挙運動メッセージのリツイート、シェア等を行った結果、公職選挙法違反に問われるという恐れはなくなった。
選挙犯罪等についての少年法等の適用の特例
改正公職選挙法では、当分の間の特例措置として、選挙犯罪等についての少年法等の適用の特例を設けることとされている(附則5条)。家庭裁判所は当分の間、18歳以上20歳未満の者が犯した連座制の対象となるような選挙犯罪の事件(候補者の親族による買収等)について、その罪質が選挙の公正の確保に重大な支障を及ぼすと認める場合には、少年法20条1項が規定する検察官への送致(いわゆる逆送)の決定をしなければならないとするものである。
選挙運動を行うことができる年齢を引き下げ、未成年者に選挙運動を許容する以上、候補者の未成年者の親族も選挙運動を行うであろう。そうすると、未成年者の候補者の親族によって買収等が行われる可能性も否定できない。買収等の選挙犯罪は、候補者等の親族によって行われることが少なくないからである。
この場合に、成人が現行法によって大きな処罰を科されることとされている一方、未成年者には少年法が適用されることによって成人よりも軽い処罰を受けるだけで済むとすると、大きな不均衡が発生することになる。これを防止する必要があるという考え方から、このような検察官への送致(いわゆる逆送)規定が設けられたものと思われる。
しかし、少年法の規定では、いわゆる逆送の対象は16歳以上による殺人事件などの重大事件に限られている。これと比較すると、改正公職選挙法の処罰規定は、未成年者にとってはかなり重いものとなっている。たしかに買収等の選挙法違反は、選挙という民主主義の根幹を支える制度をゆがめることになるので、きわめて悪質なものである。しかし、殺人などの重大事件と同列に扱うことが適当かどうかは、議論の余地が残るだろう。
投票環境の改善へ、共通投票所の設置は4自治体のみ
今回の参院選に合わせて、投票環境を改善するための制度改正も行われている。
その一つは、「共通投票所」を自治体が設置できるようになったことである(改正公職選挙法41条の2)。従来、有権者は自分が住んでいる地域において指定された投票所で投票を行わなければならなかった。これに対して、共通投票所は駅やショッピングセンター等の利便性の高い場所に設置し、どの地域の有権者もそこで投票できるようにするという仕組みである。
ただし実際には、今回の参院選で共通投票所を設置するのは北海道函館市、青森県平川市、長野県高森町、熊本県南阿蘇村の4市町村にとどまる。これは、有権者が自分の住んでいる投票所と共通投票所の両方で投票する「二重投票」を防ぐため、共通投票所と既存投票所をネットワークで接続して情報を共有する仕組みが必要となり、その整備にコストがかかることから多くの自治体が二の足を踏んだためである。
「キオスク電子投票」、そしてインターネット投票へ
しかし、投票所と別の投票所をネットワークで接続し、情報を共有することができるようになった意義は大きい。というのは、日本で導入された電子投票が期待されたようには普及しなかった一因は、投票所間・投票所と開票所のネットワーク接続が禁じられていたことにあると思われるからである。投票所で電子投票を行っても、その結果は、開票所に人手で運ばなければならなかったので、結局、思ったほどの開票時間の短縮にはつながらなかったという事例も見られた。
今回、新たに設けられることになった共通投票所の運営経験を活かしていけば、投票所間のネットワーク接続の拡大、投票所と開票所のネットワーク接続等にも発展する可能性がある。そうすると、有権者はどの投票所でも投票できるという「キオスク電子投票」が実現するかもしれないし、将来のインターネット投票の実現に向けた第一歩となる可能性もあろう。
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