【地方創生】 世界のエンジニアを集める……島根県 溝口知事 (2015/9/15 HANJOHANJO)
島根県には、IT業界が注目するものが2つある。ひとつはPHPやPythonと並んで世界中のプログラマーが利用するRubyというプログラミング言語。もうひとつは島根県によるソフトウェア産業の振興策だ。
すでに20年の歴史を持つRubyは、国産ソフトウェアとしては初めて世界的な普及を果たしたプログラミング言語。日本よりも米国での認知度のほうが高いといっていい存在だ。Rubyを開発したまつもとゆきひろ氏は、1997年から松江市に住んでおり、地元のネットワーク応用通信研究所のフェローとして、現在もRuby言語の開発と普及活動を続けている。
また、島根県は地域の産業振興策の中で、IT、ソフトウェア産業で企業誘致やエンジニアの移住・定住などで効果を上げている県でもある。インターネットイニシアティブ(IIJ)といった大手企業の誘致に成功しており、このうち、IIJは、クラウドコンピューティングのためのデータセンターを島根県に建設している。
このように特徴のある島根県のソフトウェア産業振興策だが、島根県がソフト産業に力を入れることになった経緯、その狙い・効果について、県知事である溝口善兵衛氏に話を聞くことができた。
――島根県ではIT企業の誘致に力を入れていますが、なぜでしょうか。
溝口知事:私が知事に就任したのは8年前の2007年です。そのころから地方は人口流出、過疎などの問題を抱えており、産業新興はどの自治体でも大きな課題だったと思います。島根県は古くから機械、精密機器など製造業も盛んだったので、当然これら製造業の設備投資支援や振興策を考えました。ここまでは他の自治体も同じだと思いますが、就任時に島根県情報産業協会を通じて、Rubyの存在も知りました。松江に世界中のエンジニアが使っているソフトウェアの開発者がおり、そのソフトウェアが地元のIT産業を支えている。これを生かす方法はないかと考えました。
――ソフトウェアやITについて思い入れやこだわりがあったのでしょうか。
知事になるまえ、私は財務省、国際金融情報センターなどで仕事をしており、海外で生活していた時代もありました。そのとき、シリコンバレーやインドのバンガロールなどITの先端地域にも訪れています。バンガロールでは「ガーデンシティ」、サンフランシスコではパロアルトなどでは、その環境の良さと多くの企業が活躍する姿に感銘を受けました。日本にもこういう場所ができたらいいとは思っていましたが、Rubyの話を聞いたとき、自然に恵まれた島根県でそれが実現できるのではと思ったのがソフトウェア・IT産業を増やそうと思ったきっかけです。
――どんな支援策があるのでしょうか。取り組みなど教えてください。
製造業は設備投資への融資策や補助金などがまず考えられますが、ソフト産業の場合、設備投資はそれほど大きな額を必要としません。しかし、これらの会社は東京の企業などから受注することが多く、出張なども多くなります。またベンチャー企業も少なくないため、運転資金の支援などもあります。
具体的には、飛行機代など交通費の補助や、誘致した企業の家賃の補助、通信費の補助、人件費の補助、人材確保・育成に関する費用の助成などが受けられます。
企業そのものの誘致だけでなく、エンジニアの移住・定住を支援するプログラムもあります。県外からの転職や移住、起業を考える人に対して、隠岐の島や津和野など県内に泊りがけで視察をしてもらうというプログラムもあります。隠岐の島、津和野というのは、環境がよいというだけでなく、その地域で実際に起業したり拠点を作った人がいます。その人に現地を案内してもらい、仕事の環境など確かめたり、移住や定住について経験者のアドバイスを受けることができます。受け入れに際しては、オフィスや住居のあっせんも行っています。
――かなりきめ細かい施策のようですね。これら支援策の効果はどうでしょうか。
私が知事になった翌年、2008年にリーマンショックが起きています。ソフト産業全体も不景気の影響を受け、都市部は会社が倒産したり辞めたりしたエンジニアが増えました。景気が悪くなったのは地方も同じですが、このとき県では、これらのエンジニアの受け皿として、U・Iターンを積極的に呼び込もうと考えました。先ほど述べた定住策もその中から生まれた取り組みです。
島根県では2007年から2015年の間に31件もの県外IT企業を誘致しました。とくに2014年は11件と一気に企業数が増えました。2007年から2015年の8年間の比較では、IT従事者数は約34%増え、関連の売上高は88%も増えています。毎年開催されるRubyWorld Conferenceでは世界中からRubyエンジニアやIT企業が集まります。今年も11月に「くにびきメッセ」で開催する予定です。
――成果は確実に上がっているということですね。その中で課題や今後の取り組みなど教えていただますか。
ソフト産業の業態を考えると、従来からの請負・下請け、固有サービス提供、パートナー型ビジネスの3つがあると思います。請負・下請けはローリスク・ローリターンが特徴です。大企業や官公庁など大型案件が多いのでボリュームゾーンではありますが、市場としては縮小傾向にあります。この領域の企業に対しては、固有ノウハウを確立させ上流工程をこなせるようにしていく必要があります。
固有サービス提供は、例えば、インターネット上のEC関連のソフトや教育ソフトなど、独自のアプリやシステムを開発・提供するアプリケーションプロバイダ、サービスプロバイダといった業種になります。ハイリスク・ハイリターンながら新しい市場でこれから伸びる市場と位置付けています。ここでは、クラウドや開発プラットフォームなどの新しい技術や環境への迅速な対応に加え、ネットを前提としたマーケティングや販路を強化したいと思っています。
パートナー型ビジネスは、もっとも新しいタイプで、これからの成長分野です。農業や観光などITで付加価値を高めていくビジネスモデルで、ITだけを主役とするのではなく、さまざまな業種、業界と協力して新しい市場やサービスを生み出していくものです。IoT(Internet of Things)などもここに深く関わってくるでしょう。スモールスタート、アジャイルといった新しいビジネスモデル、新しい開発モデルがポイントとなってくる分野でもあります。
以上のような問題に対して、県内の企業やエンジニアが共同で研究開発できる「しまねソフト研究開発センター」を設立しました。センターでは、個別には対応困難な課題解決、先端技術開発を支援と人材育成のセミナーなどを行います。
人材育成については、社会人だけでなく中学生や高校生などこれからの担い手に対する施策もあります。普通高校、専門高校、専門学校などでRubyや組込みプログラミングの講習会や特別授業を展開しています。
――なるほど。県外から企業・人材を集めるだけでなく、地元からも優秀なエンジニアを育てるという中長期の戦略として考えているようですね。本日はお忙しいところお時間いただきありがとうございました。
《中尾真二@HANJO HANJO》
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