「こども家庭庁」創設を考える特別対談―子どもを真ん中においた政策づくりを (2022/8/18 政治山)
2023年4月に創設されるこども家庭庁では「こどもの居場所づくり指針」の策定を掲げています。新たな組織には、今後どのような役割が求められるのでしょうか。これまで民間の立場から「子ども第三の居場所」事業に取り組んできた、認定NPO法人Learning for All の李炯植(り ひょんしぎ)代表理事と日本財団の経営企画広報部 高田祐莉(たかだ ゆり)さんとの対談をお届けします(文中敬称略)。
国を挙げての取り組みが待ったなしの状況
【高田】 日本財団の「子ども第三の居場所」は、2016年に埼玉県戸田市で開所した居場所から始まりましたが、その運営を担っているのが、李さんが代表を務めているLearning for Allです。居場所がスタートしてからここ6年ほどの間に、子どもを取り巻く社会環境は大きく変化してきているように思います。現場の最前線で働かれている李さんはこの変化をどうご覧になっていますか?
【李】 そうですね。日本財団さんの方でも「子どもの貧困の社会的損失推計」のレポートを出されたり、子どもの貧困に関する新書(『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』著:日本財団子どもの貧困対策チーム、出版:文春新書)を出されるなど問題の啓発にも努めていただいていた中で、「子どもの貧困」が本当に社会問題化していくプロセスの最初が2016年だったのではないかと思います。
また、2020年頃から新型コロナウイルスの影響で一斉休校があったり、子どもの貧困のみならず虐待や子どもの自殺なども深刻で、過去最悪の数字になってしまっているのが昨今の状況です。
この課題を解決するために国の動きが非常に前に進んでいることは歓迎すべきことだと思いますし、こども家庭庁に繋がってるのも良いことだと思うんですが、やはりまだまだ予断を許さない状況といいますか、より本質的に問題解決していくための支援がますます必要になってきていると感じています。
【高田】 日本財団が2022年4月に発表した「子どもの居場所に関する政策提言書」でも、まさに今子どもたちが置かれている状況を分析しています。
子どもの居場所の全国展開に向けた提言書(2022年4月)PDFファイル
特にショッキングな数字としては、複数の統計データから引用したものですが、子どもが100人いるとするとのべ34.3人、約3人に1人が貧困や虐待、いじめなど何かしらの困難を抱えているという状況が明らかになりました。このような子どもの複合的な課題に国を挙げて取り組むことが必要だと思います。
居場所事業での良い変化は保護者にも
【李】 子どもへの支援はもちろんですが、家庭支援も非常に重要なところですね。家庭に対するサポートというのは国も目を向けているのは事実だと思いますが、やはり虐待通告件数が増えている中で家庭にかかる負担が上がっているというのは、支援現場から見ても感じるところはあります。
実際コロナの影響で、もう2年ぐらいですね。年収が下がってしまって子どもにご飯を食べさせることができないという親御さんにも出会いましたし、親御さん自身がストレスでどうしても手が出てしまうという相談があったり、その家庭環境の中で親御さん自身の生きる状況というのが非常に厳しくなっているということをひしひしと感じています。
【高田】 そういった保護者支援に取り組んでいるのが日本財団の推進する「子ども第三の居場所」(以下、「居場所」)の特徴であるということが、今回の政策提言書を作る中で改めて明らかになったと思っています。
具体的には、居場所に通うお子さんを持つ保護者305名にもアンケート調査を実施しました。そこで7割を超える保護者の方が「自身の心にゆとりが持てるようになった」「子どもと向き合う時間を安定的に取れるようになった」「安心して子どもと向き合えるようになった」と回答されました。
もともと期待していた子どもへの効果だけでなく、保護者への効果というのが特に目覚ましいものがあると感じています。李さんの運営する戸田拠点では、保護者支援にどのように取り組まれていますか。
【李】 そうですね。子どもたちを支援することで、保護者に余力ができるということは現場でも感じていますし、私たちが意識しているところです。“レスパイトケア”と言われる「小休止」といった意味を持つ言葉がありますが、子どもを預けることが保護者の小休止になります。
私たちが運営する支援拠点によっては、夜にご飯を拠点内で食べることができたり、20時と比較的長い時間までいることができます。そのため、仕事が終わってすぐ子どもをお迎えに行って、ご飯を作って宿題を見て寝かしつけて…と忙しかったシングルマザーやシングルファザーの方でも、預けることで少し自分にゆとりが持てて自分の時間ができる、レスパイトの時間があることは有効だなと思います。
現場でもそういったことを意識し、ご家庭と面談をした上で個別支援計画を作成し、保護者が困った時に相談に乗れる相手として我々が寄り添っていくスタンスでいます。お迎えに来てくれた時に「最近どうですか?」と声をかけたり、少し辛そうな様子であれば「お茶を飲んでいきませんか?」といった声をかけて話を聞くケアもしています。
子どもたちの居場所はそういう場所になれると思いますし、良い結果が政策提言書の中でもきちんと数字として評価されたのは現場レベルだけでも納得しますし、良かったなと思いました。
国や自治体に理解されづらい予算の制度化
【高田】 おっしゃる通り、保護者も含めた包括的な支援を行っていることが居場所の特徴だと言えると思います。しかしこのような居場所事業は「学童とどう違うのか」「寄付を集めて子ども食堂として月に数回実施すればいいのではないか」という声もあり、なかなか予算化・制度化されにくいというのが現状です。
そういった、子どもの居場所の政策化に向けての課題は、この政策提言書を作成する過程でもかなり議論されましたね。
【李】 まず議論に挙がったのが予算ですね。学童の予算と人員はますます減らされ、スタッフ一人あたりの子どもの対応人数が増えていっている現状です。「専門的な知識を持ったスタッフが子どもたちをケア」ではなく、学童のような「ここで友達と遊んでいて」という預かりが主な目的な場合とが一緒に見られてしまうことは、やはり論点としてあります。
しかし我々のやっている居場所というのは生活困窮の世帯を中心に、困難を抱えた世帯や児童相談所に行く手前の子どもたちをターゲットにしていますし、特に地方に行けば困難のある子が入れる拠点もないため、そういった子どものケアは家庭や学校だけではなかなか難しいですね。
今の制度に紐づくとその予算措置が不十分です。そこを国にきちんと理解してもらって動いてもらわないといけないということが中心的な議論になっていたかと思います。
【高田】 国が制度をしっかり作り、自治体が遂行していく体制を整えるということを主眼において、日本財団ではピラミッド型の図を作成しています。
この図では、国と自治体の両方が一体となりこの制度を進めていかなければいけないというところで、それぞれの段階ごとの障壁を明らかにしています。実は、この政策提言書を議論する約2年半の間で、国の事業として新たに「子どもの居場所支援臨時特例事業」が成立し、令和6年に施行される改正児童福祉法にも「児童育成支援拠点事業」が新たに加えられることになりました。また、こども家庭庁では、新たに「こどもの居場所指針」の策定が予定されており、私も期待を寄せているところです。
李さんは今後の国の動きに期待していることはありますか。
【李】 現在は特定の子のみならず、地域にいるすべての子たちのためのユニバーサル(すべてに共通の)な居場所についても、考えていかなければならないというのが政策の射程にあります。しかし今のユニバーサルな居場所が、困難を抱える子どもたちの居場所になるとは限りません。そのため、最も困難な層も対象にして、生活や学習をサポートし、その後に自立できるまで、国や社会が応援していくことが組み込まれた事業が全国に広がってほしいです。
【高田】 ユニバーサルな居場所が増えてきたことで、誰もが居場所というものに抵抗感なく自然にアクセスできるようになったということは、とても良い事だと思っています。ただ一方で、李さんのおっしゃるような最も困難な層を支える居場所は、手厚い人員体制のもとで、対象の子ども一人ひとりとていねいに向き合わないといけません。
そういう意味では、最も困難な層を対象にした居場所は、ユニバーサルな居場所と同じ場所で同時に成立させるのは難しい側面があると感じています。それぞれの居場所の性格を理解した上で、地域の実態に応じてすみ分けや両立の工夫を行うことが重要になってくると思います。
支援に外せない要素は「アウトリーチ」「個別性」「長期伴走」
【高田】 李さんは、特に困難な子どもたちを支援する居場所に欠かせない要素は何だと思いますか。
【李】 たくさんありますけれども、3つに絞ると、1つはまずアウトリーチですね。困難を抱える子どもたちの保護者ほど、援助を求める能力が低い傾向にあります。困っている時に「助けて」と言えない、あるいは情報のアンテナを張ってないので、なかなかこちらから支援情報を発信しても保護者まで届きません。そうしたところにいかにアウトリーチをかけられるかが非常に重要だと思います。
その点、日本財団の居場所で進められたのは、行政も縦割りでなく部署で連携したチームを作ってもらい、担当者を置いて行政から居場所にきちんと繋ぐということでした。まさに官民連携型のアウトリーチのモデルのようなことをされており、実際の事例もたくさんあります。そうしたアウトリーチというのは、困難層を支援する居場所において非常に重要な役割の1つかなと思います。
もう1つが個別性です。同じプログラムをみんなに与えることは、その形から取り残された・取りこぼされた子も多くいらっしゃいますから、不十分です。
実際に貧困家庭といっても、不登校だったり発達障害だったり虐待を受けていたり、外国にルーツがあって日本語は苦手だったりなど、様々な個別性があります。その中で学校等の集団活動の中でなかなか馴染めず孤立したり、自己肯定感が低くなり能力係数も遅れて…という子どもが居場所には来ると思うので、一人ひとりへの個別支援を持つというところが2つ目のポイントかなと思います。
3つめはやはり長期伴走が重要です。この事業はすぐ結果が出るものではありません。子どもの成長はやはり目覚ましいものがありますが、長期で見ていかないと変わらない部分もあります。
先ほどの家庭の支援も含めると、子どもの支援をしながら家庭の環境も上向いていき、徐々に子どものみならず家庭環境もいいサイクルに入り、結果子どもたちが自立に向かって力をつける。その際に周りの環境も調整されて子どもたちにとって能力発揮しやすい環境になっているというのは、長期で支援しないと難しいので、短期1年のプログラムではなくて、複数年しっかりと伴走できるという点が非常に重要なのかなと思いました。
【高田】 非常にわかりやすく整理いただき、納得しているところです。
お話いただいたアウトリーチや個別最適化、長期伴走というのは、現場の方々の試行錯誤の賜物であって、誰もがすぐにできるものではありませんね。やはり専門的な知見の蓄積が重要になってくると思います。
担い手の確保・育成のノウハウを共有し巻き込んでいく
【高田】 日本財団としては、この事業を広く展開していきたいと考えていますが、そのためには多くの担い手が必要です。質の高い居場所支援を提供できる担い手をどのように確保するのかということについて、李さんのお考えをお聞かせいただけますか。
【李】 やはり担い手は確保して育てて行かなければいけないと思っています。個人や受け皿となる団体もそうですけど、事業の展開とともに育てていく必要がこの国にはありますね。
重要になってくる点は、こうした子ども支援のノウハウは社会の公共財だと思っておりますので、それらをどんどん可視化して、国・都道府県・地方自治体が展開していく。日本全国で良い事例が公開されていくことで全国各地で良い支援者・支援団体が育っていくような社会になってほしいです。
しかしこうした事業は自治体の直営で行うのは難しいため、委託を出すことになると思いますが、その結果委託先にのみノウハウが貯まり、委託先団体が変わるとまたノウハウが0からになりますので、それを防ぐ建付けになるといいなと思っています。
【高田】 ノウハウは社会の公共財という考え方は非常に重要ですね。各地で実施されてきた良い事例・ノウハウがどんどん横展開されためにも、情報共有の場が求められていると思います。
今回の政策提言書は一見すると国への要求に思われるかもしれませんが、私は一方的に要求する政策提言ではなく「一緒に取り組んでいこう」という巻き込み型の「政策提案」の思いでいます。国に全部お任せするのではなく、やはり知見・ノウハウといったところは現場にいる運営者が持っていることを大切にしながら、国は国として予算付けや制度づくりなど、現場が進めやすくするための必要な措置をする。そして自治体もしっかり財源確保する努力をしなければなりません。
われわれ日本財団としては、そこをネットワーク化して良い事例を他に伝えたり、自治体や運営者が発信や情報共有する機会を作ったりと、それぞれの立場でできることに取り組んでいくことこそが、居場所の全国化に向けて必要なことではないでしょうか。
効果検証は難易度が高いが重要
【高田】 続いて李さんにお伺いしたいのが、効果検証の現状についてです。日本財団の居場所事業では、EBPM=エビデンスベイスドの政策を実現することを目的に、自治体の協力を得ながら、子どもの学力などについて、居場所に通う子とそうでない子の経年変化を追跡しています。
追跡調査は現在も継続中でまだ結果が出ていないのですが、特に困難な子どもの変化は、支援者が間近で観察していればわかる部分はありますが、結果が数字に表れにくいため我々も苦慮しているところです。戸田市でリスクのある子どもについてデータを活用した支援のあり方が模索されていると伺っていますが、その辺りの最近の動きを教えてください。
【李】 2016年から戸田市では行政の中で部署ごとに縦割りだった情報を統合して、子どものアウトリーチに応用したり効果検証をしたりしています。しかし子どもの変化は目に見える成果がなかなか出ないので、日本財団の子どもに長期伴走した調査研究は先駆的な事例なのではないでしょうか。
まさに今、デジタル庁ができて、子どもたちの行政データを活用した政策作りや予算作りが行われていますが、国の動きにまで繋がった事例として、私も国の有識者会議等で戸田でのデータベースを活用したアウトリーチを紹介しています。今後はやはり、自治体のデータを活用しながらアウトリーチにしていく手法が主流になってくると思います。
しかし、データ収集など自治体の中で制度も法律も職員も新しい業務が難しいというのは構造的に難しいのはわかっているので、子ども政策のノウハウに関して自治体の中できちんと貯めていくことがセットかなと思います。民間の事業者を育てていく・自治体レベルできちんと研修に取り組んでいくなどはあっていいですね。
子どもが「真ん中」の政策を
【高田】 こども家庭庁の創設に伴い、居場所も含め、こども政策の充実が期待されますが、李さんはこども政策の議論において何が大切だとお考えですか。
【李】 子どもを真ん中に置いて、子どものことを第一に考えることですね。子どもの中には家庭環境によって自身の権利が脅かされていたり、子ども自身がトラウマ抱えているケースもあります。そういったことを十分理解した上で真ん中に子どもを置いた施策を作る必要があると思っています。
子どもが真ん中で家庭は次でしょうか。その順番が逆転しないように、並列にならないようにということが重要です。あくまで子どもたちの権利が真ん中にあるだろうなと。
【高田】 おっしゃるとおりですね。最後に政策提言書に込めた思いと、今後の政策への期待をお願いします。
【李】 この政策提言書は、最も困難を抱えた子どもたちを真ん中に置いて、一人ひとりを見逃さずに支えていくという決意が込められたアウトプットになっていると思います。私もその気持ちで委員として参画させていただいておりました。
この政策提言書を元に、いろんな実践が全国に広がることで各種法律制度が変わり、本当の意味ですべての子どもに素晴らしい育ちと学びの環境が整うような、そんな日本になるといいなと願っております。
【高田】 そうですね。現状、困難な子どもは日本全国にいるのに、自治体ごとで首長や担当者の意向で対応が左右されているのが大きな課題となっています。全国の自治体で、国において法制度化された居場所事業を含め、子ども支援の諸制度が積極的に活用され、日本全国で子どもを中心に据えた政策が拡がると良いと思います。
日本財団としては今後もこういった可視化されていない社会課題に光を当て、社会に伝えていくことで、社会の動きを作り政策につなげていくことに積極的に取り組んでいきたいと考えています。
本日はありがとうございました。
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