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子どもと家庭を包括支援する新たな「福祉行政」を目指して―「子ども第三の居場所」美作拠点(前編) (2021/11/8 政治山)

 岡山県美作市では、日本財団およびB&G財団の支援を受けて、2020年4月に1カ所目の拠点となる「子ども第三の居場所」(以下、「第三の居場所」)を開設しており、2022年度には新たに2拠点の設置を予定しています。わずか2年で3拠点の開設を目指す同市の取り組みと、コロナ下でスタートした拠点が果たしてきた役割、直面する課題と今後の展望について、美作市保健福祉部子ども政策課係長の絹田康雄さんと、「子ども第三の居場所」英田拠点マネージャーの松坂里恵さんにお話をうかがいました(文中敬称略)。

「断らない」相談窓口の設置で包括的な支援を

――まず美作市として、子どもの貧困に対する課題認識と対応方針について、お聞かせください。

【絹田】 美作市における取り組みですが、子どもに特化しての対策を行うというよりも生活困窮家庭全般に対する支援を実施しており、各家庭の自立に向けたきめ細やかな対応をしてきました。その指標としては、当市における生活保護者数の推移が、平成24年をピークに徐々に減少してきていることが挙げられます。

 これは、国が平成27年度から生活困窮者自立支援法を実施する5年前から、美作市では「総合相談窓口」というものを設置しており、生活保護から自立に至るまでの支援を、第二のセーフティーネットとして実施してきた成果であると認識しております。

 特に子どものいる困難家庭に対しては、進学就職等の子どもの将来のことを優先に考えた支援方針を意識して取り組んでまいりました。また、保護者に対する就労支援や、障害者年金の取得支援等々、様々な支援をしてきた結果、生活保護者数がピーク時より減少してきております。

 とはいえ、美作市内においても子どもを取り巻く環境、貧困を取り巻く諸問題等は近年ますます顕著になってきており、経済的問題が原因で、児童虐待やヤングケアラーの問題、不登校や将来的な8050問題(編集部注:80代の親が、引きこもる50代の子どもを支える状況)のように、複層的な問題が多く現れてきております。

リモート取材の様子

絹田康雄さん(左)と松坂里恵さん(右)

 このような複層的な問題に対して、この令和3年4月から、美作市においては保健センター内に全世代型包括的な相談窓口ということで、総合相談支援センターというものを設置しました。これは子どもから子育て世代、高齢者に至るまで、相談内容も経済から障害、引きこもりに至るまで、すべての困り事について「断らない」相談窓口として運営を開始し、他の機関と協働で支援を実施しているところです。

 しかしながら現行の児童福祉制度には限りがあり、制度のはざまでサービスを利用できない子どもたちは多く存在します。そのようなときに、将来の自立に向けて、生き抜く力を育むことを目標とした「子ども第三の居場所」事業は、当市にとって大きな社会資源となると感じ、事業の実施に踏み切りました。

 今後も現行の児童福祉制度ではカバーできないサービスを、拠点において1人でも多くの子どもに対して提供し、様々な体験や活動を通じて、生き抜く力を育んでいきたいと願っております。

「できない」を「できる」に変える経験が大事

――今うかがった市の取り組みというところについて、中心になる部局というか部署としては、保健福祉部が行っているのでしょうか?

【絹田】 そうですね、保健福祉部ではこの4月に機構改革がありまして、子どもに特化した部署ということで新たに「子ども政策課」ができました。

 私は昨年までは社会福祉課というところで、先ほど紹介した総合相談窓口で、あらゆる相談を受けて支援をしてきました。生活保護に至るまでのセーフティーネットということで、私自身も直接対応したり関係機関と繋いだりしておりましたが、この4月からは「福祉政策課」ができまして、窓口はそちらが対応しています。

 一方、子ども政策課では要保護児童対策地域協議会や児童扶養手当の対応等、子どもに特化した業務ということで4月からスタートしており、そこにもう一つ「子ども第三の居場所」の担当も行っております。

――市としても手厚く、計画的に取り組んでいることがよく分かりました。そのような中で、この「第三の居場所」の位置づけと施設の概況についてお聞かせください。

【絹田】 今日紹介する、「英田拠点」の施設の概要としては、公民館の一部を改修して、子どもの遊ぶプレイルームであったり勉強する和室、それから子どもが昼食であったりおやつを作る調理室、さらにトイレやシャワールームというものを改修して設置しております。

 現在スタッフは4名で、令和2年度から運営をスタートして、開所日数は233日、延べ1,121人の子どもたちが利用しました。

 こちらは2つの小学校区内の子どもが利用しておりまして、一人親家庭、要支援児童、経済的理由や共働き家庭等の条件に当てはまる世帯について、学校と協議しながら入所を進めております。

 令和2年4月の開所時には6名の子どもの利用でしたが、令和3年度は13人の子どもたちが利用するようになりました。拠点での活動としては、基本的な生活習慣や学習の支援、それからコミュニケーションの支援、子どもたちの心の支援、体力作りなどを行っています。

そば打ち体験

そば打ち体験

【松坂】 子どもの様子ですが、開設当初は笑いや怒りなどの表情のない子も多く、何を言っているのか聞こえないほどの声の小ささや、はっきりしない喋り方をするなど、会話のキャッチボールができない子どもたちがたくさんいて、正直すごく驚きました。

 子どもたちと正面から向き合う中で、「できない」を「できる」にするための取り組みだったり、遊びから学ぶルールなどあらゆる経験を積むことで、表情や感情が豊かになったり、協調性が生まれたり思いやる気持ちが育まれてきていると感じています。

 また子どもたちの成長を目にすることで、保護者の子育てに関する意識が変わってきていることも事実です。

保護者への支援が子どもの成長に繋がる

――子どもたちの支援というところとあわせて、保護者への支援についても教えていただけますか。

【絹田】 定期的に、個別面談ということで保護者の方と話をする機会を設けています。やはり美作市においても核家族化が進んできていて、親から子へ、祖父母から孫へ、という繋がりがなかなか伝わってないところがあって、子育てに苦労している保護者は少なくありません。そういった方々に、私や松坂もそうですが子育てしてきた経験を参考にアドバイスしながら、表面的なことではなくて実践で学んだことを伝えながら、保護者の方にも支援をするようにしています。

 また、いろいろな悩みやストレスを抱えている保護者も多いので、定期的にお話を聞いたりして、ガス抜きではありませんが1時間2時間話を聞いてあげて、そのことによってお父さんお母さんが少しでも落ち着いたら子どもに対する態度も和らげられるのではと考えています。

絹田康雄さん

絹田康雄さん

――拠点での支援によって生活態度が変わっていく子どもたちを見て、保護者の方の反応はどのようなものでしょうか。

【松坂】 写真や動画で、入所時からの記録を撮っているのですが、1年間の変化をまとめて1つの動画にしたものを年度末に保護者の方に見せたのですが、最初はカメラを向けても嫌がったり、逃げたり、手でふさいだり、ビデオを回して話しかけても反応がないなど、そういったことも記録に残っているので、そのころと比べて、年度末の子どもたちの笑顔や、先生とのやりとりを目にすることで、「1年間でこんなに子どもが変わるのか」、と成長を実感してもらっています。

 そうした積み重ねの中で、昨年から継続で利用している家庭の保護者とは、強い信頼関係が築けていると思いますし、保護者の意識も変わりつつあるのかなと思っています。

 家庭と施設とが情報共有・協力することで、子どもの育ちも大きく変わってくるので、非常にありがたいと思っています。

【絹田】 あと昨年度利用した生徒で、不登校でほぼ全部学校を休んでいた子が、8割9割が登校するようになりました。もちろんスタッフの頑張りのおかげなのですが、本当に開設して良かったと思っています。

 それから、要保護児童として登録されている家庭がありますが、昨年施設を利用した家庭の中で、要保護としての登録が外れたご家庭もあったりするので、そういった面で保護者の自立を支援することができたというのは、良かったと思います。

 ときには保護者の方に厳しい言葉をかけたり、子どもたちが悪いことをしたときは叱ったりして子どもたちが泣いてしまうこともあります。その中でもやはり本当にその子どもたちのことを思って叱る、保護者に対しても間違ったことは間違っているとはっきり伝えることで、みんな一緒に成長できるようにと頑張っております。

――不登校の子が登校をするようになったりとか、要保護児童の子がそうでなくなったりとか、その変化があったあと、継続的に子ども第三の居場所に来られるケースは多いのでしょうか。

【絹田】 先ほどご紹介した家庭は、まだ継続して利用されています。まだ小学3年生や4年生なので、今後も引き続き利用していただこうと思います。継続して利用をする世帯が多いという方向ですかね。

【松坂】 市の小学生の人数自体も少なく、なかなか子どもは集まらないのですが、集団で生活するにあたって、人数は多い方がいいので、今のところは継続で利用してもらっています。

――続いて、新型コロナウイルスの影響について、子どもたちの周囲にも大きな影響が出ているかと思います。この点はいかがでしょうか。

コロナ下だからこそ楽しみを見つける工夫も

【松坂】 幸いにも美作市ではコロナの感染の割合が非常に低く、感染拡大もなく、学校の休校などもありませんでした。あいだ拠点もコロナ禍の中での開設だったので、去年と比べてどうということもなく、良くも悪くも普段と変わりません。外で遊ぶ場所もないので、部屋の中を活用しての活動が主になってきます。生活しにくい部分は少なかったのではないかと感じています。

 今年8月末に岡山県として緊急事態宣言とか蔓延防止措置が発令されて、感染拡大を防ぐために夏休みの行事を見直すということはありましたが、コロナだからできないではなく、自然の多いところなので、コロナでも楽しめる行事を考えたりしてきました。

 掃除や消毒、換気に力を入れて、なるべく普段通りに、子どもにストレスを感じさせないようにとスタッフが務めてきました。たくさんの行事をする中での人との間隔だったり、体温を測ったり手指消毒を徹底するなどの工夫もして、現在は何事もなく生活ができているのではないかなと思います。

 遠出はできないですが、楽しめることを自分たちで見つけたり、またスタッフや学生アルバイトの知恵を借りたりして、子どもたちは自分で過ごし方を見つけられたように感じます。

 各家庭に帰ったときには、まだどこに行けないとか、遊べないとかいうことでストレスを感じているのかもしれませんが、子ども第三の居場所「英田拠点」の運営・活動の中では、そんなストレスを感じているようには思っていません。「コロナが収束すればもっと活動の幅が広くなるかな」という話をしたり、「次に向けて楽しみをとっておこう」と話をしたり、子どもたちの気持ちが前向きになるような感じで話をしています。

ソーメン流し

ソーメン流しの準備

――なるほど。そういった事業運営の中で、市としては何か注意されている点とか、連携に困った点などありましたか。

【絹田】 基本的には、市としても感染対策はしっかりしなければならないと認識しています。行事ごとについても、県の方針に沿ってしかるべき対策を実施してきました。実際、そうめん流しなどをするにあたっても、1レーンで家庭ごとに分かれ、細かなところにも配慮しながら、子どもたちの活動をなるべく制限しないように努めてきました。

 緊急事態宣言が出てなかった令和2年度については、そこまで厳しい対応を求められませんでしたが、今年度については緊急事態宣言が8月に発令されました。そのため、当初予定していたバーベキューや魚のつかみ取りなどの計画を変更するなどの対応をしましたが、それほど大きな影響は出ていないのではないかと思います。

――施設への影響だけでなく、市としての全体的な政策、市政運営の中でも、コロナの影響はそれほど大きく受けていない状況でしょうか。

ソーメン流し

ソーメン流し

【絹田】 そうですね。例えば昨年、当時の安倍首相が言われた学校の一斉休校について、美作市では休校しませんでした。もちろん市長の方針というところもありましたが、現場からしても矛盾を感じたと思います。学校は休むけれども放課後児童クラブには行って良いとなれば、放課後児童クラブはそれこそ密になってしまいます。

 そんなこともあって、美作市としては、小中学校や保育園の休校・休園はしませんでした。ただ、やはり賛否両方の意見があって、行かせたくないという家庭については欠席扱いではなくて登校扱いするというような方針では対応しました。

――このような状況が1年半も続くと、子どもたちの中でもコロナに対する受けとめ方とか、例えば感染対策もしなくていいのではないかという意識も芽生えてしまいそうですが、その辺はいかがでしょうか。

【松坂】 そうですね、学校でもマスクは義務付けられているので、マスクの着用は当たり前で、帰ってきたら玄関で手指消毒をすることが習慣づいている感じはしますね。特に夏場は暑いので、汗を拭くのにどうしてもマスクを外してしまうのですが器用に拭いたり、マスクの替えを用意するようになったり、大人よりもスムーズに習慣化できているように感じます。
(後編へ続く)

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