院内学級と普通学級を繋ぐ分身ロボ「オリヒメ」―米子市立就将小学校 上村校長に聞く (2018/11/21 政治山)
院内学級(※1)をご存知ですか?
難病を抱えた子どもが病院内で教育を受けられる院内学級は、閉鎖的になりがちで、同じ学年の子ども同士の交流もなかなかできません。そこで、鳥取県米子市の就将(しゅうしょう)小学校では、オリィ研究所(東京都港区)の分身ロボット「OriHime」(以下、オリヒメ)を使って、院内学級の子どもが普通学級の授業にリアルタイムで参加する取り組みを実施しています。
今回は、その導入に尽力した就将小学校の上村一也校長と、その導入を支援している「つなぐプロジェクト」の今川由紀子さんのお話を伺いました。2本立てでお送りします。
オリヒメの導入、全国から関心が高まる
――就将小学校ではオリヒメの導入から1年経ちましたが、教室内や生徒の様子にどのような変化がありましたか。
導入当初からオリヒメは予想以上に児童に受け入れられていて、今では普通学級の子どもは当然のように慣れ親しんでいます。オリヒメはロボットでICT機器ですが、その導入は、院内学級の児童にとっても、普通学級の児童や先生方にとっても、さまざまな効果があったと思っています。
また、県外からの関心も高まってきており、学校関係者や保護者、病気を持つ子どもの家族からの問い合わせが増えました。先日は、第17回ちゅうでん教育大賞(※2)の「ちゅうでん教育大賞」を受賞し、オリヒメの現状を報告したばかりです。
昨年は1台だったオリヒメを、今年は2台に増やしています。
院内学級の子どもと外の世界をつなげたい
――オリヒメ導入の経緯と期待を教えてください。
私は、本校に着任以来、院内学級の授業の在り方について考えてきました。米子市立就将小学校は、鳥取大学医学部附属病院の院内学級を担当しています。院内学級は、入院をしていて通学ができない子どもに対して、生活のリズムが崩れがちな児童に教師が相談に乗ったり、学習が遅れないようにすることが役割です。しかし、院内学級は病院内にあることからどうしても閉鎖的な空間になってしまいますので、病弱の子どもに外部とのつながりを持てる方法をいろいろ探していました。
そうしたところ、日本財団の難病児支援(子どもサポートプロジェクト)を担当する職員から声をかけていただき、日本財団の助成先で今川由紀子さんが代表を務める「つなぐプロジェクト」のサポートで、院内学級支援のためにオリヒメを無償で貸与していただくことになりました。
病状によっては院内学級にも来られず、さらに病室からも出られないなど、子どもによって状況は違います。そういった子どもにとって、外部との触れ合いは非常に大切なことなのですが、実現するのは簡単なことではありません。しかし、オリヒメを導入して、外部との接触が可能になりました。
ロボットでの交流は学習支援以上の価値がある
――導入してどのような変化がありましたか。
子どもたちはオリヒメを設置してすぐに興味を示し始めます。オリヒメを教室に入れるとすぐにその周りに集まってきます。その様子をオリヒメ越しで見ている院内学級の子どもの大半は、群がる児童の顔をiPadで見て、最初は「怖かった。ドキドキした。」といった感想を持ちます。しかし、子どもの順応力はすごいものですぐに慣れてしまいます。普通学級の子どもがオリヒメに向けて手を振ったりすると、院内の子どもは笑顔になるんですよ。
本校でオリヒメを導入するにあたり、最初に2つの仮説を立てました。
1つ目は「本校または前籍校との交流を行うことで、学校生活のイメージが得られ、退院して地元の学校に通うことへの不安を解消させられるのではないか」
2つ目は「院内学級児童とのリアルタイムの交流を通して、病弱学級に対する理解を深めることができるのではないか」というものです。
結論としてこの仮説は正しかったと言えます。
復学する子どもが一番気にするのが「自分のことを覚えているかな」「何を話していいか分からない」ということです。1年以上入院していた6年生の女の子もそうでした。退院が決まったのになぜか憂鬱な表情をしていて、私が「おめでう」と告げたのですが、返ってきた言葉は「みんな、私のこと覚えているかな」でした。長い入院がもたらした大きな不安です。
そこで、本校の教務主任に彼女の地元の学校までオリヒメを運んでもらいました。オリヒメはコミカルな動きをしますから、地元の学校の生徒もすぐに緊張がほぐれて会話が弾んでいましたね。友達から「早く会いたいね」と声をかけてもらい、すぐに「私も」と答えていました。そばにいる保護者も涙ぐんでいました。
対面では恥ずかしいこともロボットを通すことでストレートに言えたりします。
運動会や学習発表会など学校行事の際にオリヒメをその場所にもっていき、一緒に参加したところ、お母さんから「あんなに治療を嫌がっていたのに、ロボット学習がしたいために、文句を言わずにかんばっている」という話を聞くことができました。
こうしたことで、元の小学校に帰ることへの不安の解消や、治療へのやる気のアップにつながっていると考えています。
また、院内学級への理解も深めることができたと思います。特に顕著だったのが導入時の竹組のケースです。竹組にいたAさんは、もともと本校の児童で、先生が元担任であったことや、同級生がいたことを考慮して1年を通じて交流し続けました。その後4年生になったとき、普通学級の子どもに院内学級の理解度についてアンケートをとり、院内学級の同級生がいない松組と比較したところ、4つの問いに対して、すべて竹組の理解が高いという結果になりました。
こうした結果の違いですが、竹組はAさんから学校での継続的な交流を通して病院のことをよく聞いていたからだと考えられます。
また、今後の活用について3つ目に「オリヒメロボットを自分の分身として、教室の授業に参加させることで、不安が和らぎ、顔を向き合わせての交流ができるようになるのではないか」という仮説を立てました。
本校には教室で授業を受けられない子どものためのホットハートルームという部屋があり、そこで不登校の子どもにオリヒメを使って授業を見られるようしてみたところ、この3年間の欠席数が236日だった子が、今年度は9月まででまだ6日しか休んでいないといった変化がありました。
授業を視聴しているだけでは交流とは言えませんが、オリヒメを使ってコミュニケーションすることで、学習を支援する以上の価値、友達と一緒に体育の授業や見学をする時間を共有、体験できることに大変な価値があると感じています。
できなかったら中止、導入のコツは臨機応変
――導入に当たってのルールや気を遣ったことなどはありますか。
オリヒメ導入に当たって、まず、授業をする前の時間からオリヒメを教室に持っていき、院内学級の子どもと教室の子どもに「ロボット」に慣れてもらう時間を設けています。
またオリヒメを設置する授業については、担任の先生と事前の打ち合わせをします。院内の子どもには、私が直接会ってきてどのような性格なのか、体調の変化はどのようなものか把握し、担任の先生と実施日を決め、授業内容について綿密な打ち合わせをします。先ほどお話に上げたAさんのようにペア学習ができる子どもはそれを中心に、またグループ学習が苦手な子どもには、意見を出せる子どもをグループに入れて流れを作るなど工夫をしています。
しかし、それでも子どもの体調が一番に優先されるので、当日になって体調不良で院内学級に来られないことが分かれば、臨機応変に中止にしてしまいます。せっかく準備したのにという先生の気持ちもありますが、できないときはできないとスパっと切り替える。そういう方針にしています。
また、オリヒメは教室に連れて行くまでの廊下はICT機器ですが、教室に入った途端、生徒の分身として扱うので、その子どもの名前で呼んでいます。また、子どもの前ではオリヒメからは大人の声を一切発しないようにして、必ずその子どもの声のみ発するようにしています。
あるとき、普通学級の児童がオリヒメに向かって「今一番何がしたい」と質問したそうです。そこで返ってきた言葉が「みんなに会いたい」という言葉でした。それを聞いた教務主任は、ストレートに温かい言葉で交流していることに非常に感動していました。
子どものプライバシーがロボットを介して守られる
面と向かっては恥ずかしくて言えないこともオリヒメを介してだからこそ言える点はよいところだと思います。
院内学級の子どもには、治療で毛が抜け落ち入学当初とは様子が変わっていたり、また治療器具を付けたままで顔や環境を見られたくない子どももいます。親御さんの中にも、「普通学級の子どもからはうちの子どもは見られませんか」と最後まで確認される方もいました。そうした意味でも、コニュケーションの手段として大きな役割を果たしていますね。
その子どものプライバシーがオリヒメを介して守られていると言えます。オリヒメのおかげで友達とつながることができるなら、ICT機器は決して冷たいものではないと思います。
※1院内学級は、自閉症・知的障害、肢体不自由、病弱・身体虚弱、弱視、難聴、言語障害などの子が入院中に教育的支援を受けるため病院内に設置されている。特別支援学校から、教師が派遣されて、教育的な支援に当たっている。
※2ちゅうでん教育大賞とは、公益財団法人ちゅうでん教育振興財団が実施する、全国の小・中学校で行われた授業実践の研究および成果をまとめた教育論文を広く募集し、優れたものを表彰する大会。
・難病の子どもと家族を支えるプログラム
・みんなでつくる“暮らし日本一”の鳥取県
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