穴の空いたバケツ状態の「自治体コミュニケーション」、今こそ見直しを (2019/10/2 政治山)
「自治体コミュニケーションの未来を展望する調査2019」より
有限責任監査法人トーマツは今年7月、全国の市町を対象に実施した「自治体コミュニケーションの未来を展望する調査2019」の結果を発表しました。本調査を監修した慶應義塾大学SFC研究所上席所員の岩田崇さんに、調査の目的や、調査結果から見えてきた地方自治体における住民参画や広報・広聴の現状や課題について、お話を伺いました。
――なぜ、どんな目的でこの調査を行ったのか教えてください。
地方行政、地方自治のコミュニケーションが軽視されており、実情と近未来の展望を全国規模で把握できればと考えたからです。
かなり以前から地方行政の中で住民参画、広報・広聴などの住民と行政とのコミュニケーションの重要性は指摘されていましたが、現実には軽視されてきたと言えます。3度目(平成)の大合併の時もそうでした。
全国の市や町の住民参画、広報・広聴の現状と展望が把握できると、自治体コミュニケーションの現状を踏まえた課題解決の緒を見つけやすくなりますし、何よりも問題提起ができると考えました。
――岩田さんから見て、自治体コミュニケーションの現状はどう見えていますか?
近年、スマートシティやSociety5.0といったアプローチで、地方行政のIT化、IoT化は進むような印象がありますが、では実際に、行政と住民とのつながりが意識されているかというと、むしろ住民が置き去りにされている感があります。
社会課題が複雑化するなかで、住民の理解と納得、そして協力が必要不可欠な状況の中で、現状のコミュニケーションは各自治体にとっても理想から離れたものになっていると言えるのではないでしょうか。
――そうした問題認識から調査を?
そうです。私は、『自治体PRM』-住民と議会議員が同じスマホやPCを通じて、共通の情報を踏まえ、設問への回答結果の繰り返しマッチングによって、広域多人数の意思形成を行う仕組み(第11回マニフェスト大賞最優秀コミュニケーション戦略賞受賞)をはじめとした相互理解を実現する方法の研究と開発をしており、自治体コミュニケーションが発展する技術、知財とヴィジョンがあります。しかし、多忙な行政の現場ではどんな発展ができるかを考える機会はほとんどありません。
各地域の個別事例に留まらず、全国的な視点で検証する必要があると考えていた所、有限責任監査法人トーマツのパブリックセクターの加藤さんを始めとするチームの皆様に、問題認識と趣旨へのご賛同をいただき、この調査を実施することができました。
そして565の市や町から回答をいただくことができました。
――この調査からどんなことが見えたのでしょう?
調査の題名のとおり、現状と展望が見えました。それぞれをまとめると――。
現状は「自治体のコミュニケーションは穴の空いたバケツ状態」、展望は「穴の空いたバケツ状態を変えたいと考えている自治体も確実に存在し、近い将来に自治体コミュニケーションに変化が起こる予兆が見えた」と言えます。
――穴の空いたバケツ状態とは?
穴の空いたバケツに水を汲むような作業が、多くの自治体のコミュニケーションで当たり前になっている状態です。調査データが示す重要ポイントは3つあります。
1.自治体のコミュニケーションはいわゆる「広報・広聴」という枠で捉えられますが、この「広報・広聴」について、回答のあった自治体の約8割(77%)が「効果測定を行っていない」と回答しています。これは言いかえれば、“やりっ放し”になっているということです。
2.住民参画については、回答いただいたすべて(100%)の市や町で課題があり、最も多い課題が「参加者の年代の偏り」(79.6%)、次に「参加人数の確保」(63.4%)でした。そして、最も意見収集が困難な住民層を尋ねる問いには、「大学生」(72.5%)、「就労者」(48.2%)「中高生」(40.2%)が上位に挙げられています。こうしたことから、市や町の取り組みに参画してくれる住民が、高齢者に偏り、なおかつその人数も少ないという状況が浮かび上がります。
3.18歳未満への意見表出の場の有無については、50%を超える回答自治体で「ない」と答えています。18歳未満も住民であり、主権者なのですが、意見を言う機会がないことは無視しているも同然です。さらに「ある」と回答している自治体でも、その実情を見ると予定調和の儀式になってしまっている事例も少なくありません。
18歳未満、つまり小学生高学年から中学生、高校生という最も将来を考える時代に、地域経営に触れたり、意見を言う機会がないのに、いきなり地元に残れとか、帰ってこいというのはかなり無理があると思いませんか?その結果として9割以上の回答自治体で、「人口流出について課題を感じている」状態になっています。
まとめると、自治体はコミュニケーションを「やりっぱなし」、住民参加が「高齢者に偏り、人数の確保にも苦労している」、その結果、9割の回答自治体で、地域から「人が流出していることが課題と認識」するに至る、負のスパイラルが起こっていることが見て取れます。
現在の日本各地で起きている、地域の衰退や地域経営に伴う困難さの背景には、この負のスパイラルがあります。
――なぜ負のスパイラルが起こるほど、自治体におけるコミュニケーションは軽んじられているのでしょうか?
地方自治法に広報・広聴について明記がないこと、合併が繰り返される中で、自治体が広域化してきたこと、そして、コミュニケーションの重要性は地方分権改革の前までは、今ほど高くなかったこと、これら3つがまず挙げられます。
いわゆるお役所仕事と呼ばれる仕事をしていれば、コミュニケーションは重要なものとして位置づけられていません。
2000年の地方分権改革までは、大げさに言えば、国や県から言われたことをしていればよかったのですが、分権改革を重ねてゆく中で、各自治体には自立が求められてきました。分権とともに、コミュニケーションを包括的に担当する部署も必要になったはずなのですが、従来のままでの仕事の分け方を続けてきてことによって、担当する部署はなく、「広報・広聴」のままで今日まで来てしまったのではないしょうか。
また、「広報・広聴」を担当された方に問題意識が生まれても、異動してしまいます。コミュニケーションと一口に言っても、各課で行う調査もコミュニケーションですし、行政組織内の情報共有もコミュニケーションです。そういう意味で、重要な仕事にも関わらず、担い手が定義されていないために、どの部局も手が出せずに放置されていると考えられます。
こうした状況の打開には、幹部や首長などのリーダーシップがとても重要です。
――自治体コミュニケーションの穴の空いたバケツ状態は続くのでしょうか?
一概に続くとは言えないと思います。
住民との協働を前提とする自治体運営のコンセプトとして、「自治体3.0」という単語が、行政分野のさまざまな方々から語られるようになっているように、いままでのやり方では、もう現実に対応できないという認識、危機感を持つ方が増えていると感じています。しかし、そうではない認識の方も少なくありません。つまり、放置状態が続く自治体と、負のスパイラルを断ち切ろうとする自治体に分かれてくると予想しています。その結果は、10年後位にかなりクッキリと出てくるのではないでしょうか。
――では、この調査で見えた自治体コミュニケーションの展望は?
「穴の空いたバケツ状態を変えたいと考えている自治体も確実に存在し、近い将来に自治体コミュニケーションに変化が起こる予兆が見えた」ということです。今回の調査でも90%以上の自治体が、住民との双方向のコミュニケーションが政策形成に有効であると回答しています。
その双方向のコミュニケーションにはITはとても効果的なのですが、「IT技術を活用した、住民との双方向の意見交換手段を行政運営、政策経営に活用していますか?」という問には8割以上の自治体が、“活用していない”という回答でした。
一方、IT技術を活用した、新たな住民参画への関心度についての問には、“とても関心がある”“やや関心がある”を合せて約8割(78.4%)の自治体が、関心を示しています。
これらの回答から、IT技術を活用した双方向のコミュニケーションによる政策形成などの住民参画について、一定の潜在需要があることが推察できます。
加えて、今回の調査では、もう少し踏み込んだ問いかけを行いました。「住民がスマートフォンやPCなどから気軽に、地域の課題について学び、共通の情報を踏まえて、住民同士がお互いの考えを俯瞰できる意識調査や、政策形成の手法があった場合、導入についての関心度を教えてください」という問いに、“とても関心がある”“やや関心がある”を合せて7割以上(74%)が、関心を持っているという結果が得られました。文字だけの情報で、これだけの関心が確認できたことは、自治体コミュニケーションに新しい手法が求められていることを意味していると言えます。
ただ、穴の空いたバケツ状態に漫然とITを導入したところで、いきなりで穴が埋まるわけではありません。地方自治、地域経営における理想のコミュニケーションの形がどういうものか考えることが不可欠です。
――理想のコミュニケーションとは?
“双方向のやりとりによって、お互いの信頼関係をつくるコミュニケーション”です。
「広報・広聴」もほとんどが、双方向の設計になっていません。意識調査も双方向の設計ではありません。広報紙を読んだり、調査に回答することで、地域に変化生じた、何かが動いたという実感はほとんど得ることができません。これでは信頼が生まれません。信頼が生まれない状態で「自治体3.0」はとても難しい。Society5.0、スマートシティも絵に描いた餅になります。
各国で先行するスマートシティの取り組みでは、地域のIT化、IoT化が機器の実装面で進んでも、住民から理解や信頼が得られないために取り組みが停滞していることが課題となっています。
――理想のコミュニケーションにはお金がかかるのでは?自治体の多くは余裕がありません。
これまで総合計画にかかる調査や、各部局による調査には余裕がないという自治体でも相応の予算を充てています。現場のお話を伺うと調査を行うことが目的化して調査結果が住民にフィードバックされていなかったり、部局間の情報共有もないまま、同じようなことを別々の調査で問にしていることも少なくありません。つまり、既存の調査予算の再編成で、IT活用も含めた、住民との信頼形成を念頭に置いたコミュニケーションは十分に可能です。住民へのフィードバックも部局間の情報共有も行いやすくもなります。
IT活用という点に着目すると、クラウド化によって、規模が大きくない自治体が相乗りすることによるコストの適正化も図れます。また、国や県が市や町の対応力の格差を埋める役割を担うことも考えられます。基礎自治体と国や県との情報の共有という面でも副次的な効果が期待できます。
――既存の調査などを再編して、双方向の自治体コミュニケーションが実現すると、「自治体3.0」やSociety5.0、スマートシティも具体的になりますね。
そうです。ここには大きなチャンスがあります。双方向のコミュニケーションに基づくコミュニケーション、住民意思に基づく柔軟な政策形成や合意形成など、世界に先駆けて日本の自治体がモデルになれるポジションにあります。住民参加は世界各国の課題でもあります。
こういう話は大風呂敷なものに聞こえてしまうかもしれませんが、たとえば、地元の中高生と議会議員が一緒に、これからの地域のあり方について意見を出し合い合意形成を試みることから始めるのも、小さく始めて大きな効果が見込めるアプローチと言えます。主権者教育としても有効ですし、議会改革の取り組みにもなります。保護者の方をはじめ、大人世代が次世代の考えと向き合う場面としても機能し、若い世代が地元と関わりを持つ最初の一歩となります。
――地方行政の未来に新たな可能性が期待できそうですね。ありがとうございました。
・「自治体コミュニケーションの未来を展望する調査2019」調査概要
・自治体PRMについて
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