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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第44回 「対話」で地域コミュニティーの活性化を~静岡県牧之原市の「地域の絆づくり事業」 (2016/3/31 早大マニフェスト研究所)

関連ワード : 地域活性化 地方創生 牧之原市 静岡 

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第44回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「『対話』で地域コミュニティーの活性化を~静岡県牧之原市の『地域の絆づくり事業』」をお届けします。

絆づくり事業の取り組み

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絆づくり事業の取り組み

「真の住民自治」と地域コミュニティーの活性化を目指して

 憲法92条に謳われている「地方自治の本旨」は地方自治の基本理念、あるべき姿ですが、一般的には、「団体自治」と「住民自治」の2つの意味における地方自治を確立させることと理解されています。団体自治とは、国から独立した地方自治体が、その権限と責任において地域の行政を処理すること。住民自治とは、地方行政を行う上で、住民の意思と参加のもとに決定、実行することです。つまり、団体自治は、地方自治における法制度的な前提、「ハード」であり、住民自治はそれを機能させる土壌や精神「ソフト」とも言えます。

 2000年に「地方分権一括法」が施行され、その後の地方分権改革の流れの中で、財源委譲など不十分な部分はまだありますが、団体自治は確実に進んできました。ハードは整ってきているのです。それに比べ、住民自治は進んできたのでしょうか。昨今の地方選挙の低投票率をみても、地域の自治会の加入率をみても、住民の政治や行政への関心、参加の意識は必ずしも高いとは言えません。

 『自治基本条例』を制定し、住民参加や協働のまちづくりを目指し、自治意識を高めようと模索する自治体は増えてきていますが、地域のことは地域に住む住民が決める、「真の住民自治」の実現は道半ばです。「地方分権」から「地方創生」に、「真の住民自治」を定着させ、新しい地方を創り育てる、それがこれからの「地方創生」のステージになります。

 今回のコラムでは、「対話」による協働のまちづくりを実践する静岡県牧之原市(コラム第38回「対話が創る地方創生」)で行われている「地域の絆づくり事業」を事例に、住民自治の基本単位である地域コミュニティーの活性化の方策を考えたいと思います。

牧之原市の「地域の絆づくり事業」

 牧之原市では、2012年度から「地域の絆づくり事業(以下絆づくり事業)」に取り組んでいます。この事業は、地域の課題の発見や解決に向け、地域と行政が一緒になって、みんなで対話をしながらまちづくりを進めることを目的に、市内10小学校区ごとに置く「地区自治推進協議会」単位で行われています。

挨拶する区長

挨拶する区長

 2012年度は、南海トラフ地震が発生した際に津波の被害が想定される相良、片浜、地頭方、川崎、細江の沿岸5地区では、「地区津波防災まちづくり計画」(マニフェスト学校「マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり 後編」)を、内陸の坂部地区では、「まちづくり計画」の策定が行われました。坂部地区では、2013年度、計画に基づき、(1)「ゆるキャラ・よいとこ祭実行委員会」(2)「高齢者・きずな塾・きらっとさん実行委員会」(3)「マップづくり・道の駅・オーナー制度実行委員会」(4)「ホームページ実行委員会」が立ち上がりました。ゆるキャラ「さかべっち」が誕生、6つの町内会ごとに子どもから高齢者まで世代を超えて楽しく集まることができる居場所がスタートするなど、住民が主体となった事業が動き出しています。

 絆づくり事業の話し合いは、牧之原市の『自治基本条例』に「自由な立場でまちづくりについて意見交換できる対話の場」と位置付けられている「男女協働サロン(以下サロン)」をベースに、「対話」で行われています。また、その運営は、牧之原市の対話による協働のまちづくりを支える「まちづくり協働ファシリテーター(以下市民ファシリ)」が担っています(コラム43回「市民をファシリテーターとしてまちづくりの主役に」)

絆づくり事業の進め方

 絆づくり事業がスタートして4年目になる2015年度には、6地区で「まちづくり計画」の策定と実践、4地区では既に策定済の計画の実践が行われました。サロンには、地区の区長を中心に声掛けされた地域の若者が集められます。新しく計画策定と実践を行う6地区では、以下のスケジュールでサロンを行うことでスタートしました。7月には参加者の思いを聴き合うサロン、8月にはメンバーの親睦を深めるためのサロン、9月には思いをまとめ活動の方向性を決めるサロン、10月には思いを実現するために必要な仲間を集めるサロン、11、12月には集めた仲間と目指したい地域の姿を話し合うサロン、1、2月にはどうすれば実現できるか具体的な計画を練り上げるサロン、そして、3月には地区の皆さんに知らせて具体的なアクションを起こすといったプロセスデザインです。年間のサロンを積み上げて計画を策定して、具体な行動を地域から起こすというものです。

絆づくりサロンの様子

絆づくりサロンの様子

 当然、予定通りには進みませんし、地区ごとのバラつきは出てきます。市民ファシリが、様々なファシリテーションの手法やグラフィックを活用して、楽しい雰囲気でサロンを進行していきます。絆づくり事業のサロンの主催は地区なので、サロンの最初と最後には区長が挨拶し、区長や区の役員は、地区の若者の話し合いを見守り、また一歩踏み出す際にはその後ろ盾となります。

サロンを見守る区長・役員

サロンを見守る区長・役員

対話をアクションに

 サロンでの対話で出てきたアイデアは、それぞれの地区で具体的なアクションにつながり始めています。

 勝間田地区では、1990年代「ふるさと創生事業」として整備された自然と融合した公園「ゆうゆうランド」を拠点として、「ゆうゆうランドで遊ぼう!出会おう!集まろう!」をテーマに、地域の様々な人が交流する事業を行うことになりました。話し合いを重る中で、2月のサロンでは、参加者でプレイベントのアイデアを出すために「未来新聞」を作成し、3月には、実際に「ヤギに来てもらおう」「ローラースライダータイムレース」「カフェコーナー」などを実施しました。

勝間田地区ゆうゆうランドのイベント

勝間田地区ゆうゆうランドのイベント


グラフィックの資料

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グラフィックの資料

 相良地区では、地域に交流とつながりを作ろうということで、地域のみんなで協力して一つのことに挑戦する「茶れんじ牧之原in SAGARA」プロジェクトがスタートしました。3月には、深蒸し緑茶を使い、557人が深蒸し専用の急須で、自分の淹れた深蒸し緑茶を全員で飲むイベントを行いました。将来的には、お茶にまつわることで、ギネス世界記録に挑戦しようと盛り上がっています。

相良地区茶れんじ牧之原のイベント

相良地区茶れんじ牧之原のイベント

 川崎地区では、「次世代をつくる結婚~結婚して牧之原に住むカップルを増やそう!~」といったテーマに取り組んでいます。結婚するためには男女が出会うことから始まる。どんな出会いの取り組みにしたら楽しいか、どんなことをしたいか若者自信が中心になって企画、実施するのが良いということで、「Adventure Planner はぐくむ絆企画室」を設置しました。3月には、キックオフのイベントに独身の地域の若者が男性8人女性6人の14人が集まり、「これなら入ってみたい!○○サークル」をテーマに、その活動を応援する応援隊9人も交えてサロンを開催しました。

川崎地区はぐくむ絆企画室

川崎地区はぐくむ絆企画室

 萩間地区では、地域交通を考えるグループ、ウオーキングイベントを検討するグループなどが立ち上がりました。その中の一つ、耕作放棄地を何とかしようとするグループでは、やる気になったメンバーが、8月のサロンにそばの種を持参、その月のうちに地域内の耕作放棄地にそばの種まきを行いました。メンバーがそばの成育に不慣れだった点もあり、残念ながら収穫することはできませんでしたが、行動してみて分かることがたくさんありました。次年度も挑戦し、自分たちで収穫したそばでそば打ちをしたいとメンバーは意気込んでいます。

 当たり前ですが、地域によって絆づくり事業の取り組みは様々です。その他の地域でも面白い取り組みがたくさん動き出しています。

萩間地区そばの種まき

萩間地区そばの種まき

「対話」で地域コミュニティーの活性化を

 NHKの「白熱教室」にも登場した、ハーバードケネデイースクールのロナルドハイフェッツ教授は、著書「最前線のリーダーシップ」の中で、組織や社会が抱える問題を、「技術的な問題」と「適応を必要とする問題」の2つに分類しています。「技術的な問題」は、既存の知識を適用することで解決することができるもの。そして、誰か上に立つ人、権威ある人が解決するもの。一方、「適応を必要とする問題」は、その道の権威でも専門家でも、既存の手段では解決できないもの。組織や地域社会の至る所で、実験的な取り組み、新たな発見、そしてそれに基づく行動の修正が必要なものだと。

 解決の担い手は、問題を抱える人たち自身で、価値観、考え方、日々の行動を見直さなければならないので、解決の難易度は高いです。先行きが不透明な今、「適応を必要とする問題」が世の中には山積しています。正に、地域コミュニティーの活性化は、「適応を必要とする問題」です。行政や政治家のみならず、住民一人一人がこの問題を自分自身の問題と捉えられるか、いかに当事者意識を持つかが解決の鍵になります。

 牧之原市の「地域の絆づくり事業」の事例は、「対話」により地域コミュニティーが活性化する可能性を示すものです。「地域コミュニティーの活性化なんてどうせ無理だ」という雰囲気が地域にはあります。しかし、対話の場からは、参加者の関係性が生まれ、楽しいアイデアが湧き上がり、よしやってみようといった覚悟が芽生え、新しい行動が起きます。それが対話の力だと思います。

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佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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第41回 地方創生実現に向けた学校との連携~牧之原市と県立榛原高校との「地域リーダー育成プロジェクト」
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