病気や障害を持つ子どもたちの社会を広げる「つなぐプロジェクト」―教育と医療の垣根を超えて (2018/11/29 政治山)
鳥取県の小学校では、気管切開をしている子ども、肢体不自由な子ども、病気や障害を抱え学校に通うことができない子どものために、学校と院内学級をつなぐ分身ロボット「OriHime」(以下、オリヒメ)が導入されています。
その導入の背景には、教育現場と医療現場を繋ぎ、よりよく連携できるように支援し、多くの子どもの未来を切り開くことに奔走する、「つなぐプロジェクト」の今川由紀子さんの存在がありました。
今回は、オリヒメを導入している就将小学校上村一也校長のインタビューに引き続き、「つなぐプロジェクト」の今川由紀子さんにお話を伺いました。
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病気や障害を持つ子どもたちの成長を伝えたい
――「つなぐプロジェクト」の活動を開始したきっかけをお聞かせください。
私が病気や障害を持つ子どもたちを支援する民間団体「つなぐプロジェクト」の活動を本格的に開始したのは2017年4月です。私は、鳥取大学医学部付属病院の広報部署で務めておりました。その中で2016年12月小児在宅支援センター開設にあたり開所記念式典に携わっておりました。
設置された同センターは、日本財団と鳥取県の共同で実施している「日本一のボランティア先進県」プロジェクトの一貫として、難病の子どもと家族の地域生活支援を始めました。
病気や障害を持つ子どもたちの取材をしていく中で、子どもたちのほうが気を遣い、「友だちになってあげるよ」と言ってくれる姿をみて、何かしなければという気持ちが湧いてきたのです。そして、その子どもたちの親御さんは、子どもたちのことを広く伝えたいと言うのです。
「うちの子は、ここまで大きくなりました。医大にはたくさんの子どもが病気や障害と闘いながら、一生懸命生きています。病気や障害を持っていても元気に走り回ることもできるんです」と。
そういった生活は隠したいと一般的には思うかもしれませんが、実際当時者の家族はそうではないことを知ったのです。
そこで、大学病院での広報の経験を生かして、このことを伝えていこうと考え、小児在宅支援センターを支援する形で「つなぐプロジェクト」を始めました。
教育、医療そして子どもとつなぐ
――オリヒメはどのように導入に至ったのですか。その経緯をお聞かせください。
どうしたら病気や障害を持つ子ども達が治療を受けながら、大切な子ども時代を過ごすにはどうしたらいいのか?子どもと社会とつながり続けるためにはどうしたらいいのかを考えて行く中で、日本財団に相談したみたところ、オリヒメという人型の分身ロボットを紹介され、その導入の仲介役になってみたらとお話をいただきました。
日本財団の担当者の方からは、「つなぐプロジェクト」ならオリヒメを教育現場に導入する支援ができると励ましの言葉もいただきましたが、最初は自分が本当にできるか不安でした。
――つなぐプロジェクトは、学校と病院をどのようにつなげていったのですか。
まず、オリヒメを受け入れてくれる学校を探さなければなりませんが、すでに県の教育委員会では日本財団と話が進んでおり、3校の手が挙がっていました。養護学校2校と院内学級を持っている小学校1校です。
実際、私たちがやっていることは、オリヒメの導入に当たって、学校、病院で病気や障害を持つ子どもたちとそのご家族がオリヒメを使えるようサポートすることです。学校現場では、ICT機器としてのメンテナンスから使用方法、院内学級では先生に使用方法を説明し、時には子どもたちが気軽に使えるようサポートをしています。
そこで最初にぶち当たった壁は、教育、医療について無知だったことです。当然ながら、それぞれの領域でそれぞれに役割があり、どのようにサポートをすればいいのか考えました。
オリヒメを使って子どもたちの社会を広げる
――教育、医療、支援の間で、どのように壁を乗り越えていったのですか。
教育現場には学校機関としてのルールがあります。そこでどうやったら私が引き受けたオリヒメを効果的に導入していけるかなと考えました。日本財団の助成はずっとは続かないことも分かっていますし、私が、オリヒメを学校現場に導入するつなぎ役を引き受けたわけですが、私たちの目的は、オリヒメを渡すことではなく、オリヒメを使って子どもたちの社会を広げてあげることです。資金がなくなって、大人の事情でオリヒメ導入を終了することにならないため、どのように導入していくか日本財団と計画しました。
オリヒメの導入目的や性質上、何回使ったからこれだけの効果が出たという数値を測定するのは難しいことです。病気や障害と闘っている子どもたちは体調によっては使えない日もあります。そういう状況では教育現場の人に、何回使ってくれと強いることもできません。また、効果がすぐに出るとは限りません。もしかしたら、子どもたちが成長してから効果が出るかもしれません。仮に今現時点で効果を感じられなくても、子どもたちが成長し社会に出た時、あの時オリヒメで授業に参加できてよかったな。と感じてもらえればという思いもありました。
しかし、助成で導入している以上、何らかの効果が見えないといけません。その点については非常に難しく感じました。
――さまざまな壁がある中、鳥取県がオリヒメの導入に成功した理由はどこにありますか。
学校の先生にオリヒメはどういうものかを理解してもらったことが一つの理由だと思います。そしてもう一つの理由は、役割分担を明確にして活動したということです。
教育・医療関係者ではない私たちつなぐプロジェクトのメンバーは、気軽に院内学級や小学校の教育現場に入ることはできません。私たちができることは、オリヒメ導入にあたり、学校や院内学級の先生、誰より子どもたちがオリヒメを使いやすく、動きやすい環境を作ることだと思い、そこに徹底しました。
オリヒメを生徒の分身として扱うことを徹底
――オリヒメはICT機器、いわゆるロボットですが、それを教育現場に導入するにあたって気を付けたことなどありますか。
オリヒメをただのICT機器として扱わないということです。一見ロボットですが、先生方には、生徒の分身として見てもらっています。そうすることで、普通学級にいる子どもたちのオリヒメに対する態度も変わってきます。この点に関しては、先生の考え方もありますが、就将小学校の先生はオリヒメを児童の分身として扱ってくださいました。
とても印象的だったのが、設置の際、就将小学校の上村校長が「大人の都合のためには頑張りませんが、子どもたちのためなら頑張ります」とおっしゃってくれたことです。就将小学校の先生は上村校長のそうした意思をしっかり理解し、運用に協力してくださいました。
民間企業の支援はまだまだ必要
――今回、鳥取県ではオリヒメ設置にあたり、日本財団という中間支援組織の資金が投入され、県も動き出しましたが、これから他の民間企業がお金を出そうという機運になってくるでしょうか。
そうですね、理解し協力していただきたいと思っています。もっと必要としている人たちが世の中にはさくさんおられます。実際、治療のため病室から出られず、院内学級に出席できない子どももいます。当然、治療が優先ですから、学習が遅れることも想定されます。病室から出られず、テレビなどが社会を知る入り口である子どももいます。
今年、病室から出られない子どもたちのために花火を見てもらおうと、鳥取大学医学部附属病院のご協力をいただき、地元の花火大会の観覧のため、病院屋上にオリヒメを7台並べ、病室の子どもたちにiPadを配りました。そして、オリヒメの目を通して花火を見てもらったことがあります。子どもたちにとって貴重な経験でした。そうした経験を一人でも多くの子どもにさせてあげたいと思っています。
病室から出られない子どもたちは、寝ながらオリヒメを操作して授業に参加できます。行事の際もオリヒメを教室に置いて参加できます。
オリヒメを充実して活用するには、使用頻度を高める必要もありますが、資金も必要です。民間企業の方のご理解とご協力も必要だと考えています。
・難病の子どもと家族を支えるプログラム
・つなぐプロジェクト
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